それもそうだろう。そこには、包装紙やリボンなどのラッピングがされていない、何とも味気ない鍵がひとつあるだけだから。 「……プレゼント、と言っていいのかどうか分からないが」 圭一郎は緊張しながら、ぎこちなく口を動かした。 「一緒に、暮らさないか？」 しん、と沈黙が走った。リョウは依然、目を丸くし、こちらを見つめていた。その表情に、内心ひどくそわそわしながらも、努めて落ち着いた口調で言葉を続ける。 「あぁ、いや。これは俺の部屋の合鍵だが、ここの方が職場から近くていいなら、俺がこっちに越してもいいし、新しく広い部屋を借りてもいい……とにかく、お前と暮らしたい。そうすれば、今日のようなことがあっても、安心だ。それに……」 言葉が途切れてしまう。果たして、これは誕生日プレゼントになっているのか、甚だ疑問だった。だから、居た堪れない思いに陥っていた。……リョウが貰って嬉しいのか、どうか。それを念頭に置いて思案した末の贈り物になったのか。 答えはきっと―― 「……ねぇ、これってさ」 いつの間にか、リョウの目顔がいつにもなく真剣になっていた。全身の神経がピンと張りつめる。 「そういうことだったりする？」 その問いに、圭一郎はゆらりと逡巡した。……どこまで伝えるべきか、否か。……いや、今更なにを悩んでいる。だったら最初から、この合鍵をリョウに見せなければ良かった。能天気に見えて、彼が案外に聡いのを、短くはない付き合いで理解している。彼は察しているのだろう。 自ら外濠を埋めたのだ。ならばもう、突き進むしかない。 「……直前まで、すごく悩んだ」 圭一郎はぼそりと口を開いた。 「俺はもう37歳だ。周りを見てると、まだまだ突っ走っていい年齢なんだろうが、俺としてはこれが最後の恋愛になると思ってる」 リョウから視線を逸らさない。彼もまた、頷くことも相槌を打つこともなく、ただただ圭一郎の瞳を真っ直ぐに見据えていた。 「けど、お前はまだ若い。色んな男と恋愛できる。だから……難しいな……」 言いたいことが纏まらない。いつになく、頭の中が丸められた紙よろしくぐしゃぐしゃになっていた。右手は極寒地にいるかのようにぶるぶると震えている有様だ。情けない。 けれども、そんな圭一郎を前にしてもリョウの表情は硬い。いつもの彼であれば、「どうしたの、大丈夫？」などと言ってくすくすと笑っているに違いない。そうしないということは、きっと、こちらが上手く口にできないことまで推し量っているのだろう。……しっかりしなくては。圭一郎は一度唇を強く噛み、気を引き締めた。 「……俺がお前を縛り続けていいのかどうか、分からなかった。だから悩んだ。悩んだ末に、この答えに行き着いた。……悪い、これは俺のエゴだ。俺がお前とこの先も一緒にいたいと思っての、この合鍵だ」 恋人の誕生日に、あまりにもセンスがないプレゼントだ。いや、もはやプレゼントではなかった。口にした通り、エゴの押しつけだ。 リョウを離したくない。他の誰かに渡したくなどない。自分が独占し続けたい。そんな思いを手のひらの鍵には込めていた。