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第5話
「此方の周辺は学校の寮が多く、高層マンションというと此方しかございません」
二人で不動産に乗り込み、学校の近くで高層マンションを幾つか見せて貰おうと聞くと、一つしかないと返って来た。
不動産の人間のお爺さんはマンションのパンフレットを俺達に見せてくれる。
……そう言えば学校からもこんなマンション見えてたな。んー此処しかないなら此処にするか。
「賃貸も可能なマンションですか?」
「勿論ですよ、此方に価格表が書かれています。この辺りは高校や寮が乱立しているので商業施設になりにくく地価も安いのでそこまで高くありません」
何々、上の階に行くとやっぱり高くなっていくのか。それに加えて部屋数も多くなると。写真だけじゃなんとも言えないな。
「見学できますか?」
「可能ですよ、それでは行きましょうか」
という事でお爺さんに車を出して貰える事になった。アンドルは少し狭そうにしていたが我慢してもらおう。もし買うとしたらもっと大きい車じゃないとダメって事だな。
一応高校の近くの不動産に行ったので、車で五分移動すると目的の場所についた。
入り口のフロントで受付の男性にお爺さんが要件を伝え終え、俺達は下の階から案内された。
取り合えず二階から見る事になったがそれでもかなり綺麗だった。賃貸料は15万。
そこからお爺さんの不動産で取り扱っている部屋を見て回る。勿論ドンドン広く値段も上がっていくわけだ。
「こちらが最上階です。約53坪の4LDKになります。賃貸料は350万です」
……思ったよりも安いと思ってしまう。俺の感性が可笑しくなってしまった。
カジノは人を壊すね、色々な意味で。
「見ろよご主人、こっから外に出られるぜ」
アンドルは言うや否やバルコニーへと降り立ち、外の風を感じ始めた。俺も彼に続いて外に出ると、成る程確かに風が気持ちいい。それに眺めもいい。お値段も払えなくない。というか正直余裕で払える。
「どう気に入った?」
「あぁ、いいとこだと思うぜ」
「俺も気に入ったし、此処にしようかな」
お爺さんに此処を借りる旨を話すと、即決だったからか少し驚きながらも契約を続けてくれた。
契約に必要な物は市民カードとお金だけだったので、不動産に戻って直ぐに終わってしまった。しかも今日から住めるらしい。まだ何も家具が無いから住めると言っても床で寝る事になるけど。
契約を終えて、判子がいらないのには助かった。待ち時間にネットで判子の事を調べたが、この世界では普及していないようだ。殆どの契約には市民カードを使い、荷物の受け取りは専用のカードで代用するとの事。だが頼んだ人しか受け取れないのでちょっと不便だ。
時刻は午後六時、近くの家具店に行くのもいいけれど、どうしたもんか。引っ越しの手続きもしないといけないし。取り合えずまた明日かな……色々と立て込んでるなぁ。
外食をして自分の部屋に戻って来たが、部屋が凄く狭く感じる。というか狭い。
アンドルが入るだけでこうも狭くなるとは、やっぱりさっさとマンションを決めたのは正解だったな。
「明日も午前授業だから、午後までちょっと我慢してな」
「贅沢は言わないぜ」
つまり狭いって事だよな。まぁ俺もそう思う。
「そう言えば従属者って基本的に何して過ごすんだ?」
「それぞれの主人しだいだぜ? オレみたいな戦闘野郎はダンジョンに向わせて稼がせたりするのが常道だな」
「成る程、不労所得を得るのにも持って来いなのか。まぁでもいいや基本自由って事だろ?」
「そう命じられれば自由だろうぜ」
「じゃあ基本自由行動で明日は昼までには戻っている事、それ以降はまた考えるか」
「了解だぜ」
やる事も無いので、今迄の話をアンドルから聞いてみた。
彼もカジノで借金こさえるまでは普通に主人だったらしく、その時は住む場所とお金だけ与えて基本は放置していたらしい。数だけが欲しかったのだとか。俺もそれでいいかなと思ったりもした、だって楽そうだし。
基本はダンジョンでお金を稼いでいたらしいアンドルだが、パーティーは組まなかったのだとか。なんでも自分と対等にパーティーを組める人がおらず、居たとしても既に自分のパーティーを持っているのだとか。ただ偶に臨時で組んだりはしていたそうだ。
アンドルはAランクとしてガチャに出ていたわけだから、かなりの使い手なのだろう。それならばいっしょに戦える人が少ないのも仕方がない。
「聞いてなかったけど、スキルって何?」
「オレのスキルは『身体強化Lv6』と『双剣術Lv5』だ」
「おぉ二つ持ち」
「そうだぜ、自分で言うのもなんだが戦闘系スキル二つにレベルも高いからな、Aランクも伊達じゃないだろ?」
にやりとした笑いと共に、何処か誇らしげに語るアンドルに一つ頷く。何だろう、ちょっとそう言う表情が可愛く思えるのは、最初の出会いが恐怖だったからだろうか。
「昔映画で見た双剣士がかっこよくてな、ずっと練習してたらスキルが生えたんだ、あの時は滅茶苦茶嬉しかったぜ!」
「努力で習得することもあるんだ」
「稀だがよ」
さすが努力が実ると豪語している世界だけあるって事か。
まぁ俺は既に最大数持っているから関係ない。
「っと、話してたらもうこんな時間か、それじゃあさっさと風呂に入って寝るか」
お風呂は俺が先に入っていいと言うのでさっさと入った。入れ替わりでアンドルがお風呂に入って、気が付く。
「やばい」
バスタオルも一個しかないけど……問題はパジャマが無い事だな。というか服買うの忘れてた! マンションの前に買う物あったじゃん! 忘れてたよ!
仕方ない、布団にくるまってもらうか。俺の掛布団が無くなるが今日は暖かいし風邪は引かないだろう、たぶん。
「アンドル聞こえる」
「なんだ?」
「日用品買うの忘れてた! バスタオル一つしかないし」
「そういやそうだった。獣人用の乾燥機も必要だしな。オレもすっかり忘れてたぜ……」
獣人用の乾燥機なんてあるのか。そりゃあるか、全身毛だらけだもんな。
「取り合えずドライヤーでいい?」
「悪いな」
ドライヤーを貸して直ぐ永遠ドライヤーの音が聞こえてきた。ブレイカー落ちないように気を付けないとな。後スマホとか持ってるのかね? 従属者になったら没収ならそれも買わないと不便だよな。
「必要なもの書きだして行くか」
スマホのメモアプリを開いて思いついたものを打っていく。日用品に家具、それと電化製品だな。
思考がぐるぐる回っていると、お風呂の扉が開き前だけバスタオルで隠したアンドルがやって来た。そうか、短くて腰に回らなかったんだな。
「至らない主人ですまん」
「何言ってんだよ、本当はオレが言うべきだったんだ、お相子だぜ」
「それで、獣人用乾燥機って普通の電気店に売ってるの?」
「いやマンションに付いてたのは確認済みだぜ」
「そっか、でも買う物色々あるなぁ。明日は家具、日用品、家電の順番に見て回るでいいかな? ってか家具って即日届くのか?」
「それならオレの行きつけに行くか? そこなら即日やってくれるぜ。勿論ちょっと値段は高くなるけどな」
「まぁまた稼ぐからいいよ、じゃあ明日はそこから見ていくか。取り合えず好きな部屋一室アンドルにあげるから、もうちょっと落ち着いたら好きにしていい」
「おぉそれは有難いぜ!」
隣にどっかりと座るアンドルの毛はまだ少し湿っていたけれども、これは仕方ないか。
「うーん、ちょっと布団に寝てみて貰える」
「ん?」
首を傾げながらその通りにしてくれるアンドル。だが見るからに狭い。でも床で寝させるってのはいやなんだよな。アンドル的には狭い方が嫌なのか? うーん予備の布団なんてないしなぁ。
「オレは床でいいぜ、ダンジョンに泊まる事もあるしな慣れてる」
「でもなんかなぁ……じゃあ二人で床で寝るか」
「ベッドがあるなら使えばいいだろうに」
「まぁまぁ」
一応床はカーペットが敷いてあるからな。枕だけ降ろして机を片付けて二人で並んで寝ころぶ。うん大丈夫そうだ。掛け布団は一応俺に掛けてくれたけど、全裸の人に譲られるのは複雑な気分なので半分ずつになってしまう。
「オレは自前の毛皮があるからいいんだよ、いいからかけろって」
「……分かった」
はぁ、なんか少し気が抜けたら一気に眠くなってきてしまった。これは直ぐに眠ってしまうな。
*****
アンドルは隣に寝ている今日主人になった少年の寝顔を見つめていた。
元はと言えば自分が自棄を起こしてカジノなんぞで借金背負ったせいなので愚痴さえも口から出ない程に自分自身に呆れていた。
救いだったのは自分が判定Aランクだった事だ。なぜならAランクならば金持ちに持たれるのは必定、喰いッパぐれる事はないだろう。
アンドルはそんな後ろ向きな思考に囚われていた。
従属者という側面から見れば前向きな思考でも、飼われる事を良しとする思考は彼の中で後ろ向きな事だった。
当選者を見た時、アンドルは多少驚きそして警戒していた。
自分の入っているガチャを回すには最低でも一億は浮いている金が必要だ。それを見た目子供なキョウガが持っていれば警戒もするだろう。
アンドルの中での最初のイメージは金持ちのボンボンであった。アンドルはそう言った何かの傘に入って威張り散らしている輩が大の嫌いだったので、自分の推定が正しければそんな輩に飼われる事になるのだと苦虫を噛み潰したような心持になった。
だがキョウガと共に徒歩移動を開始した時、アンドルはそうでないと知った。ボンボンなら必ず車の迎えを持っているからだ。そうなれば、この少年は一体何者なのか。
カラオケでも、不動産でも、そして自宅ですら、一体この少年が何者であるのか、アンドルには検討が付かなかった。
もし上等なスキルが高レベルになっているのならば、もっと煌びやかな場所に住んでいるはずだし、もっと偉そうであっても可笑しくない。だがこのようなアパートに好んで住んでいるとも思えない。なぜなら一発でマンションを借りてしまったからだ。
何処かちぐはぐで、そして心の中をあまり見せようとしないように伺えた。
だからアンドルは自分から心を開いてみる事にした。
元々彼は一人でいても苦に感じない方であり、そして普段は人が寄って来るほどの実力があったために、近くにいる人間に一歩置かれているような反応は慣れていなかったのだ。
そこで下した決断が、自分から近寄ってみようという物だった。
気になる事がある、ちょっとの不思議がある、そんな探求心にも似た衝動がアンドルの中で動き始めていたのだ。
そしてもう一つの理由は、新たな主人が意外と可愛く思えたからだ。容姿は勿論の事、話してみると一歩置かれているがそれでも見せてくれる笑顔や話し方などは気取ったところが無く、親しみやすい。
アンドルは今日の出来事を思い出しながら、隣で寝ているキョウガの顔を見る。
(見た目よりも随分と大人っぽくあったが、こうして見るとただの邪気の無い子共だな)
そんな事を思っていると、ころりとキョウガがアンドルの近くに転がって来た。一瞬起きていたのかと警戒するアンドルだが、どうやら寝返りを打っただけのようだった。
「んふ」
少し肌寒かったのか、転がった先の毛布に縋りつくキョウガに、びくりと体を揺らすアンドル。すりすりと体に顔が擦りつけられて、全くいけない事などないのにいけない事をしているような気分へと先ほどの感傷など一気に吹き飛ばして変わっていく。
「……」
しかも、まだ会って間もないが可愛く思える程の人物にそんな事をされたのでは、こうなっても仕方ないだろう。
アンドルはそっとキョウガを元の位置に戻し、トイレへと向かった。
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