9 / 27

第9話

 アンドルのカジノカードも作らないといけないのかと思ったが、御主人カードを翳せばアンドルも一緒に入場することが出来た。  カジノは相変わらずで、以前俺が来た時と雰囲気は何も変わっていなかった。  先ずはお金をチップに変えてスロットへ向かう。  スロットは意外と奥の方にあるので、着くまでに遭遇するテーブルゲームも少しだけやっていくことにした。  先ずはポーカー。  先ほどからアンドルの視線が心配そうに揺れているが、此処は一発大丈夫というところを見せて安心させよう。ちゃんと卓に着く前にスキルが発動しているか確認してと。  配られたカードはやはりかなり強い手札だった。だがもしかしたら同卓の人が俺よりも強いスキルを持っているかもしれないので、最初は軽めに押す。  ……俺の勝ちだ。  ならば二回目からは多めにお金をかける。三回ほど勝つとまた視線を感じるようになったので逃げる様に次のゲームへ。  結局俺の一人勝ちで高額スロットの前まで来てしまった。   此処からは慣れた物で、飲み物を飲みながらほっと一息ついてボタンをポチポチ押している。実はアンドルと話して時間を潰すつもりだったのだが、当のアンドルの意識が何処かに行っているようで、隣のスロットに座ってから遠い所を見ている。 「アンドルー、そろそろ戻って来いよ」 「あ、あぁ悪い。ちょっと驚きすぎただけだ。あと惚れ直しただけだ」 「惚れ直したってのはよくわからないけど、暇だからなんか話そう」 「暇って見てなくていい……みたいだな」  スロットを見て、連続で当たりが出ているのを目の当たりにして、少し興奮気味に此方を見る。 「ご主人のスキルは凄いな!」 「ありがとう」  ド正面から褒められると居た堪れないというか、罪悪感がこみ上げてくる……。 「それにしてもだ、確かに変装は必要だったぜ」 「え?」 「ん? 気が付いていただろう、他の客からの視線」 「あぁなんか怖いよな、確かに滅茶苦茶勝ったけどさ」 「……まさか嫉妬の視線だと思ってるのか?」 「違うのか?」 「あー、まぁそれもあるかもしれないけどな……。はぁ、ご主人はどこかずれてるからな。気が付いていなかった? いや価値観が違うのか?」  今度はぶつぶつと自分の世界に入ってしまったのでスロットに目を向ける。一応勝っている確認はしないといけないからな。 「なぁご主人、人を好きになる要因はなんだと思う?」  いきなりの質問にしばし面食らってしまったが、その目が真剣なので俺も真面目に答える事にした。 「そうだなぁ、性格、外見、ふとした時の仕草? 弱ってる時に付け込まれた時、後は死地を共に乗り越える?」 「……一番大事なのが抜けてるぜ」  一番大事なもの? これ以外になにかあるかな? いや、考えても分からないが。 「あぁ一目ぼれ?」 「外れだ。……成る程な、合点がいったぜ。人が惚れる大きな要因三つ、一つは性格、一つは外見、そして力だ。特に最後のが一等強い」 「力? 従属者の数とか?」 「いやそうじゃないぜ。例えば強い魔物を一撃で斃す、スポーツで圧倒的な強さを見せつける……カジノで他を圧倒させて勝つ、とかだな」 「……」 「種類は違うが全て個人の強さだ。その強さを目の当たりにすると、惚れちまうんだよオレ達一般人はな。偶に特殊性癖な奴とか、ご主人みたいなこの括りに嵌まらない奴もいる。だがこの括りに嵌まってる奴はかなりの数いるぜ、八割方そうだと言ってもいいくらいにな」  ……えっとつまり、優しくされて惚れちゃったとか、外見がものすごく好みで惚れちゃったとかと同列に、あの強さ凄い惚れちゃったも入るって事か。 「……って事はあの視線って」 「好感度が爆上がりだろうぜ」 「まじか……」  この世界、思った以上に強さが求められるな。 「と言うか、上級市民がハーレム出来るのって、最悪そいつを取り合って周囲に混乱を来す可能性があるからなんじゃ……」 「今さらなに…………知らなかったのか?」 「……」  目をそらしてスロットを見る俺。隣から深いため息が聞こえてきた。 「そう言う事だぜ。オレは武力で惚れられる方だったが、流石に俺でもご主人みたいな意味わからん事は出来なかったぜ」 「……というと?」 「簡単に言えば死ぬ気で稽古すれば己の武技で到達できる可能性があるのがオレ、どう頑張っても真似できないのがご主人だな。確率って知っているか? って聞かれたって何にも言えないぜ?」  ……まぁ確率には喧嘩売ってるよな。 「だけど努力だけでAは行けないだろ?」 「そうでもないぜ、まぁ当人の頑張りのラインにもよるがな。頑張ったと思うラインが低ければ無理だ。だが俺よりもラインが高ければ、そして武技のスキルを持っていれば……到達出来る可能性もあるぜ。現に剣術しかスキルを持っていない奴で俺よりも強い人を俺は知ってるからな」  身体強化もあるからじゃないかという言葉を察知してか、牽制で教えてくれた。そうか、並大抵な努力では済まないが、それでも到達できる希望がある。自分もあぁなりたいという願望を抱ける。  だけど俺のスキルはどうだ? 俺と同じように運を味方につけるスキルを持っていなければ先ずお話にならない。努力で運を味方につけるってどうやるのか不明。目の前で起こっているよくわからないが強い事だけは分かる。 「未知の強さに痺れるって感じかな?」 「それもあるだろうぜ、正直ご主人以上に別格な奴を俺は知らないけどな。だからさっきから頭が沸いてるような感じがするぜ。もしこの関係じゃなくて互いに市民同士なら、どうやってお持ち帰りするか考えるほどにな」  おどけて言うアンドルだが、その目は少し真剣だった。  ……これは、本当に仮装魔道具買って正解だったな。 「まぁ今のオレには不可能だがな」 「それはそうと教えてくれて助かった、まさかそんな事があるとは思っていなかったからなぁ」 「今度からカジノは一人で行かない方がいいだろうぜ、おっかない奴に襲われるかもしれないしな」 「そうだな、今度からもアンドルにお願いするよ」  スマホを確認するともういい時間だったので、最後のボタンを押して終了。   器械で換金してエントランスへと戻る。エントランスは入って来た時よりも人がいた。ノートパソコンで今日の収支を計算している人もいれば、勿論一喜一憂している人達もいる。  だがそれさえも出来ずに、机に突っ伏して負のオーラを背負っている人もいた。  あれはかなり負けたようだな……。此処が酒場ならやけ酒決定だろう。 「あ?」 「どうしたのアンドル」 「あ、いや、あの突っ伏してる奴、知り合いに似てると思ってな」 「……」  突っ伏している男が首だけ此方に向けて目を見開いた。というか俺達の会話聞こえてたのか? それとも本当にアンドルの知り合いで、知り合いの声を聴いてそちらに顔を向けて見たってところかな? 「ご主人、知り合いだ……何してるんだアイツ」  突っ伏していた男は立ち上がって足早に此方に向ってくる。  歳は分からないけれども中年くらいか、茶色の髪を短髪にしたそこそこ太っているように見える男性だ。 「久しぶりだなぁアンドル!」 「アルガ、こんなところで油売ってていいのか?」  どうやら彼はアルガさんというらしい。アンドルが呆れたような目線を送ると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。 「客がいなくなった」 「腕が落ちたのか?」 「馬鹿言え! 俺の腕が落ちるわきゃねぇだろうが! ……近くに同じ工房が建っちまってな、そっちはバックもしっかりついてる新進気鋭の店だ。俺の店に来るのは常連共だけになっちまってな。その中でも一等金を落としてった男も来なくなるしなぁ」  アルガさんは半目で睨むようにアンドルを見たが、今度はアンドルが鼻を鳴らした。 「従属者に落ちた」 「おまっ! はぁ!」  流石に衝撃的だったのか素っ頓狂な大声を出してた。  だが慌てて周囲に手を頭の後ろに回して平謝りを行う。 「……飯行くか、そっちのも」  そっちの呼ばわりされたが頷いて置く。なんかこっち見てひそひそと噂話されているような状態になってしまったからな。もうちょっと声量を落としてほしかったよ。  カジノを出てから少し行くと、大衆向けのレストランに入るアルガさん。店員さんも慣れた様子で接しているのでよく来るお店なのだろう。ニ三やり取りすると、二階へと案内された。  二階は完全個室のようで、その中の一室に俺達三人で座る。対面にアルガさん、隣にアンドルだ。 「ふぅ、そんじゃそっちのに先ずは自己紹介だな。俺はアルガ、しがない武具工だ」 「キョウガです、アンドルの主人になりました」 「ほぉ若いのにやるようだな」 「残念ながら俺は戦闘はそんなに」 「はぁ、そうか。それでお前なんで落ちたんだ」 「……酒とカジノで借金を負ってな」  流石に言い出しずらかったのか、いつもよりも少しだけ声が小さかった。 「ダンジョンにしか興味が無かったお前がねぇ」 「俺にもいろいろあるぜ、それよりもアルガはどうしてカジノなんかに居たんだ。客が来なくたって武具造ってたお前が」 「武具は造った所で殆ど売れねぇさ。それにこのままだと何人か従属者を手放さないといけなさそうでな」  世知辛い話になって来たな。元の世界で言うと、この経営不振でリストラか。だけど流石にどうしようもないな、此処で俺が出資したところで、同じところに居るならば先は無さそうだ。同業者のいない場所に新たにお店を開くとかしないと難しいかもしれないな。 「カジノで一発狙ったんだがやっぱダメだったわ。そんな時にお前さんがいたから最近どこの店にいってんのかと思ったら……そっちもそっちでって感じでよ」 「オレは自業自得だぜ、心配してもらうのもな。それで、その新進気鋭の工房はどうなんだ」 「……悔しいがいい出来だった。しかもかなり良質で希少な材料も使ってやがる。流石デカイところがバックで出資してると出来るモンがちげぇ」  途中届いた料理やお酒を飲みながら二人の会話は続く。俺は勿論ノンアルコールだ。  話に割り込むのも気が引けたので、黙って料理をつついている。  話の中で移転はしないのかという話題が出たが、それはしたくないらしい。今まで来てくれた常連を大切にしたいんだとか。移転すると来れない人もいるからどうしてもしたくないと。  その常連の人数の話になったが、八人程度らしい。前はもう少しいたようだけれども、皆新たな工房に移ってしまったらしい。残って今でも定期的に来てくれるのが八人との事。  流石に八人じゃあな。一人頭いくら使うのか分からないけれども、流石に一回何百万という金が動く訳でも無さそうだしなぁ。 「はぁ、金さえありゃあ、あんな若僧どもによぉ!」  でろでろに酔ったアルガさんはさっきからそればかりだ。アンドルも少々面倒臭くなってきたのか相槌がおざなりになって来た。 「アンドル、アルガさんて本当にお金があればいい物作れるの?」 「腕はあると思うぜ、正直俺が渡り歩いた武具工房の中では一番だ」  ほーん、アンドルのかなりのお墨付きかぁ。そうだなぁ、ちょっと自分でも引くような提案思いついたけど、これってどうなんだろうか。 「ねぇアンドル、この人に俺の従属者になってと言ったら了承すると思う?」 「止めといた方がいいぜ。……やさしさは美徳だが見境なく救えるもんじゃないぜ、こんくらいで同情してちゃむしり取られるぞ」 「あぁいや同情が無いって言えばウソになるんだけど、なんていうか勘? なんだけどさ、最後のアンドルの一押しで確信したというか。この人達を囲い込んだらかなりの利益が見込めそうだなと思って」 「利益?」 「そうそう、先ずこの人と工房の人を全員従属者にすることで俺の税金免除額が増える。それに、今後戦闘系の従属者も入れてダンジョンに行って貰うなら、専用の工房ってのは有ると楽だし隙が無くなる。それに、お客さんを会員制にしてその八人だけに売買を行って、他の時間は全部研究に打ち込んで貰ったら……凄く面白い事になりそうだなと思って」 「……腕は確かだからな。今はこんなだらしない格好してるが、コイツ大学なんかは速攻単位取って二年早く卒業したらしいぜ」 「取り合えずマンションに持って帰ってお酒抜けたら提案してみるかな。でもなってくれると思う?」 「そうだな、契約従属者なら、なるかもしれないぜ?」 「契約従属者?」 「あぁ、本来は基本的に主人のいう事は絶対だ。主人も無体な事以外は命令できる。だが契約従属者ってのは、従属契約するときに更にお互い了承して契約内容を足して行く。例えば日に何時間しか働かないとか、自由の時間がどれくらい欲しいとかな」  ……それってもはや雇用契約に近いか? いやだが契約以外の事柄は命令できるんだよな。  でも確かにそれなら行けそうか?  タクシーを呼ぼうとしてスマホを取り出す時に、ふとネックレスをつけっぱなしにしていることに気が付いた。そう言えばカジノでの出来事だったからなとスキルを消そうとしてはたと気が付く。  ……もしやこの出会いや天啓のような勘はこれの仕業か?  それならば……もし契約が結ばれれば俺にとってかなり運がいい事が起きるって事か。  神も言っていたもんな、全てが思い通りになるって。  ……取り合えずスキルは外そう。運の力で相手に契約を了承させるのは気が引ける。

ともだちにシェアしよう!