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第10話

「うおおおおなんじゃここはあああああああ」  んあ? なんか叫び声が聞こえる。  スマホの画面を見るとまだ朝の七時だった。今日は土日でお休みだからもっと寝ていたかった。  ……外がうるさいなぁ、何の騒ぎだよ。  寝ぐせをつけたままリビングに行くと、アルガさんが騒いでいた。そしてそれを横目にため息をついているアンドル。 「悪いなご主人、起こしてしまっただろ」 「あー、よく考えれば泥酔して朝起きたら知らない天上だったら驚くよな」  漸く働きだした頭でそう結論づいた。起き抜けは頭が固まってるからなぁ、朝は弱いんだ。 「今から説明するからな、シャワーでも浴びてきたらどうだ?」  それならそうしてくるか。家に籠ってるなら別に入らなくてもいいけど、今日はお客さんもいるしな。  お風呂から出ると、リビングの椅子に座っているアルガさんがアンドルに色々と質問している所だった。 「改めておはようございますアルガさん、アンドルも」 「お、おうおはよう、ございます。昨日は迷惑かけたみてぇですまんな。それにしても立派なとこに住んでるな!」 「そうなんですか? 地価が安いって言ってましたよ」 「安いって言ったってなぁ、高層マンションの最上階じゃあ値段も値段だろうがよ」  それもそうなのだろうか? 金銭感覚については以前と乖離しすぎてもう訳が分からなくなってるからなぁ。 「ご主人、紅茶を入れるか?」 「あぁうんお願い」 「へぇ、甲斐甲斐しいねぇ、そう言う契約なんか?」 「いや俺は純粋な従属者だ」 「だはははッ、お前冗談なんか言えるのかよ! 確かにこの家は凄いけどよ、お前さんを通常価格ってそりゃ流石に……流石に……おい」  アンドルはアルガさんを殆ど無視しながら紅茶を入れてくれる。朝が弱いのは既に知られているので、朝のお茶はよく淹れて貰っている。自分じゃ絶対に直ぐに出来ないから有難い。 「もしかしてよ、この部屋も俺が思ってるよか高い?」 「俺の元月収の約二倍だぜ」 「「はぁ!」」  俺とアルガさんの声が重なった。  思わずお互いに顔を見あってぱちくりと瞬きして二人でアンドルを見る。等の本人は俺達に対してそれぞれやっぱりと言う顔をしていた。 「アルガ、この部屋は月350万だ」 「いや安いって言うから150くらいだと思うだろうが」 「正直オレも高い所がいいとは言ったが、最上階を借りるとは思ってなかったぜ」  えぇ! それならそうと言ってくれればいいのに!  「まぁ初日はご主人がかなり不気味に見えたからな」  そう言う事か。確かにぼんぼんでもない俺がいきなりこんな家即決で借りたら警戒もして何も言えないか。でも昨日のカジノを見て、儲け面では安心したってことかな。  自分に置き換えると確かに不気味だよな。自分を買うには最低一億が必要。それをやってのけたのは高校生のしかも寮住まい、ぼんぼんなら親の金でって事になるだろうがその影もない。自力なら寮に住む必要もないから更に意味が分からない。  にもかかわらず高い家に速攻で引っ越す、まるで懐柔して喜んで何かをさせる準備段階に思えるだろうなぁ。 「それは納得したけど、アンドルでも月収170、80万くらいだったのか!」 「そうだぜ。特にダンジョンに潜る奴は多いからな、偶に当たりを引いて収入が何倍かになったりするが、そう言った事も無ければだいたいそのくらいだぜ?」 「えぇ……もっと稼いでるかと思ってたんだけど」  ちょっと待てよ。ダンジョンの事情があったとしても平均がその程度、しかもAランクでその程度ってちょっとおかしくないか? それならもっと割のいいスキルの活かし方もあるだろう。 「おいアンドル、大事なとこ話してねぇじゃねーか」 「あぁ、年に二回個人の突破成績で天使からボーナスがある事か? 確かにあれは税金がかからないからな、かなり助かるがあれは収入にいれないだろうが」 「お前ボーナス幾ら貰ってたんだ?」 「最後に貰ったのは1億1600万だった、全盛期に比べると少ないぜ」  ……納得。  いやいやそれでも俺の稼ぎ異様過ぎるだろうが! でも成る程な、突破階層のボーナスなんかもあるんだな。それならば確かに誰しもが奥へ向かって階層を進んで行くのも分かる。 「カー羨ましいじゃねーの、一億なんて滅茶苦茶な大金だぜ! 一億あったらどんだけ資材買えると思ってんだよ畜生!」 「一般市民の平均月収ってどのくらいか知ってるか?」 「そうだな、20万から50万くらいだと思うぜ」 「おう、そんなもんだろ」 「そ、そうなんだ」  あぁ自分の異常さが数字となって襲って来る!   だがお金は有っても悪くない、しかもこんな世界だ。有難くチートだと誇ろう、もうそれでいいだろう。 「はぁ、それじゃあアルガさん、話題を変えます」  背筋を正して正面に座っているアルガさんを見ると、俺の雰囲気が変わったことに付き合ってアルガさんも真剣な眼差しで俺を見る。 「俺の契約従属者になりませんか、工房の皆さんと一緒に」 「はぁ!」 「最初に言っておきますが、これは同情からではないです。アンドルに話しを聞いて、俺にかなりの利益があるから持ち掛けさせてもらう話です」 「ちょ、ちょっとまてよおい! いきなりそんな話されても困るっての! それによ、確かにお前さんはこんな部屋持てるくらいの金持ちからもしれねぇが、俺達が何人いるかも知らねぇだろうが! そっちは良くてもこっちは泥船には乗らねぇぞ」 「アルガ、昨日オレ達はカジノにいた。中に居たのは半日も無いくらいだぜ」 「それがなんだ」 「ご主人、昨日いくら稼いだ?」 「まだパソコンに読み込ませてないけど、60憶くらいだと思う」 「ッ!」 「よく考えろアルガ、俺は契約従属者じゃない。とすれば一体どこで売られたと思ってるんだ」 「……ガチャか、だがお前クラスのガチャなんぞ」 「一回一億でした」  それを聞いたアルガさんがまたフリーズした。 「聞こえていますか?」 「あ、ああ」 「まだ案ではありますが、契約に際して皆さんは今までとほぼ同じ生活が出来る事をお約束します」 「……どういうことだ」 「昨日仰っていた八人を会員としてそれ以外の方の入店をお断りにしていただいて、残りの時間は新たな武具の開発をお願いしようと思っています。勿論材料費は月初めにでもお渡しします、生活費も勿論お渡しします。開発と八人の応対以外は自由、どうですか? 破格でしょう?」 「確かにそれだけ聞くと何も変わらないように思える。だがな、従属者ってのはそんなほいほいなれるもんじゃねぇ。契約の抜け道を作って俺達に分からないようにするなんざざらだ」 「では納得がいかない場合は契約を追加でどうでしょう。若しくは解放でもいいですが」  昨日あの後少しだけ調べてみたのだが、契約従属者の場合は、既定の金額を主人に払えば契約破棄することもできるらしい。 「勿論破棄の金額は無くてもいいですが……金を積まれて他者に行く可能性もあるので、此処で得た情報は一切どのような手段を用いても俺の従属者かつ工房の仲間以外に伝える事を禁ずるような誓約はかけます」 「あ、あぁそれはいいんだが、こっちに都合がよすぎる。ちゃんと天使の仲介あるんだろうな?」 「勿論です。条件がいいのはさっさと囲い込みたいからです」  寝る前にふと前の世界……は長いから前世でいいか。前世の何かの話で出てきたエピソードを思い出したのだ。  例の新進気鋭の新工房はもしかしたらわざとアルガさんの工房の近くに建てたのかもしれない。そこから客を奪って立ち行かなくなったところを自分の工房に吸収する。吸収後援助を行い自分の持つ工房の技術力を上げる。弱らせて狩る。  これが単なる妄想ならそれでいいが、現実に起こったとしたら。折角の美味しそうなご飯が他のヤツに食べられてしまう。折角合法的に美味しそうなご飯を食べるチャンスが巡って来たのだ、此処は逃せないだろう。それが相手の策の中だったとしてもな。  弱らせている間の管理が杜撰だし、食べちゃってもいいよな? 「一旦工房に帰らせてくれ、そこで皆に話す。今日は全員集まる様に言ってある」 「分かりました。アンドル、一応その天使さんを連れて来て貰っていいか?」 「分かったぜ、直ぐに連れてく」 「早めにね」  それじゃあ各々行動開始だな。  俺はアルガさんと一緒にタクシーに乗り込みアルガさんの工房へと向かう。  道中は俺もアルガさんも一言も話さなかった。というよりも話せる雰囲気では無かった。鬼気迫るような顔をして仕切りに唸っている。俺の提案をどうするのか考えているようだが、個人的には勿論受けてくれると嬉しい。  タクシーで三十分、アルガさんの工房へと到着した。  店ではなく裏の工房の中に入ると、従属者と思しき人達が不安そうにアルガさんと俺を交互に見ている。 「皆集まってんな。今日は大事な話がある――」  そこから坦々とアルガさんが説明している。例の工房が出来た事や知っての通り客が少なくなった事。このままでは立ち行かなくなること、昨日なんとかしようとカジノに行ってやはりだめだったこと。そしてカジノの後に昔馴染に会った事、そこから俺の話へと流れる。 「――こういう訳だ」  説明を受けた彼らは流石に展開についていけなかったようで、半ば放心している者もいれば、今後どうすれば自分にとってプラスなのかしきりに考えている者など様々だ。  総勢十一名、アルガさんを入れて十二名、彼らはしんと静まっている。 「俺はな、これも何かの導き化と思ってよ、受けようと思ってんだよ」  アルガさんがゆっくりと全員に伝える様に口を開いた。 「このまんまじゃあどう頑張ったって従属者行きだ、それなら条件のいい方に付きてぇ。幸いコイツはかなり好条件を出してくれてる、勿論強制はしねぇ、俺に付いて来てもいいって奴は手を上げてくれ」  逡巡の後、一人の手が上がる。それに続いて数人の手が上がった。その数六人、後の五人は沈黙したままだ。 「すまねぇな、俺がふがいないばっかりによ。今まで助かったよ、ありがとな」  アルガは申し訳なさそうに笑う。  丁度その時、アンドルが天使を伴ってやって来た。既に事情は話しているのか、天使は契約書を広げて俺達に説明し始める。  そこから更に詳しい内容を詰めて、契約が直ぐに完了した。  こんなに早いものでいいのかと思ったが、今回は双方が既に話し合った後だったのでスムーズに行ったと天使さんも嬉しそうだった。  此処で分かれる事になる五人もアルガさんとの契約を切り終わっている。今後は直ぐにでも従属者契約所に行くことになるだろう。 「では契約書は私が預かりますけど、此方の控えは従属者に成る方は一枚ずつ、そして主人になる方は全員分お持ちください」  天使さんは彼等に新たな従属者カードと、俺の更新された御主人カードと書類を渡してくれた。 「では以上ですね、彼らはこのまま連れて行きます」  出口までの見送りに俺とアルガさんで向かう。  天使さんが出ようとした時、外のドアノッカーが叩かれる音がした。 「なんだ?」  アルガさんの不思議そうな声に、外の人が答える。 「失礼いたします、此方はアルガ様の工房でお間違いございませんか?」  声は若そうな男の物だった。  怪訝そうにしながらもアルガさんが扉を開くと、執事服を身に纏った青年がペコリとお辞儀をした。 「急なご訪問申し訳ございません、私こういう物です」  差し出された名刺を受け取ると、アルガさんの眉間にしわが寄る。 「お前あの工房の支援者の……」 「はい、その通りでございます」  ……まさか本当に来る? いやまだ俺の考えが正解だと分かったわけではない。一体何用なのだろうか。  その後彼が語った内容は、なんというかそれでいいのかと言いたくなる内容だった。  曰く、彼らが支援した工房の近くに同じような工房があり、自分達のせいで此方の工房が経営不振に陥っている。近くに工房があるというのはリサーチ不足で、此方に非があるので援助させてほしい。たださすがに無料で援助すると他の者がうるさいので、一応従属者という形を取らせてほしい、という内容だった。  そもそも経営不振になったのは確かにそうだが、自分達のせいという考えじゃないだろう、この世界。どちらかというと売れなくなったのは自分達のせいだってのがこの世界の考えなので、先ず怪しい。しかも確認不足で非があるから援助したいってのも胡散臭い。最後に他の者ってだれだよって事だ。この世界株式会社でもなければ働いているのは従業員ではない、従属者だ。そんな彼らが主人に意見するなんてありえない。 「悪いが既に俺は従属者だ」  長い説明を途中で聞き流していたように見えるアルガさんがぴしゃりと答えた。  その返答が意外だったのか執事君は目をぱちくりさせて俺を見た。勘はいいのかもしれない。 「失礼ですが貴方様が?」 「えぇ、アルガさんとは俺の友人の友人でしてね。友人がどうにかしたいというので、此方から援助する事にしたのですよ」 「そうだったのですか、ご迷惑をおかけいたしました。此方の件は私どもが責任を持たせて頂ければと思いますので、宜しければ譲渡をしていただけますか?」 「いやいや大丈夫ですよ、此方も此処で手放しては友人に何を言われるか分かったものではないのですよ、それに店は基本的に閉めるつもりですからね、そちらの影響ももうないでしょう」 「ですが此方も面子がございまして……そうですね、しばしお待ちいただけますか? 只今私の主人とかわらせていただきたく思います」  ……そこまでするのか?  それじゃあまるで俺の考えが正しいみたいじゃあないか。もし本当に正解だったらチープにもほどがあるぞ。  執事はスマホで小声で電話を初めて、事情説明が済むと此方にスマホを渡して来た。  スピーカーにして相手と話してみる。声はとても落ち着いた男性の物だが、何故だが上から目線の人物だ。  だが話し合いは長くは続かなかった。完結に言えば相手が脅迫まがいの手を使って来たのだ。しかも可哀そうに天使がいるこの場で。流石に急いで執事が回収して会話を切ったが、既に起こってしまった事は取り消しようがない。  この世界、俺のいた世界よりも脅迫等に対する罰が重い。その分お金で解決させてしまえば緩い。自分の持ち得る力で相手を上から押さえつけて解決するのをこの世界は望んでいる。ある意味最低の世界だが、一方で今回のような脅迫は即刻逮捕となる。 「……ご安心を、既に天使が動き始めました。それでは皆様失礼いたします。そちらの方は参考人としてご一緒下さい」  天使は一礼して足早に去って行った。特にスマホを出している仕草も見えなかったが、天使同士は念話でも使えるのだろうか。 「……なんか色々あったけど、これからよろしくお願いします」 「おう! こちらこそよろしくお願いする」  がっちりと握手をして、落ち着いてもっとちゃんと話す必要があるだろうと思い、今日は帰る事になった。  腑に落ちない靄を残して。

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