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第11話
その後、例の常連八人には事情を説明して、アルガ工房は今後アルガ研究所と名前を変える事になった。
出て行った五人については申し訳なく思い、その旨をしっかりと伝えると、彼らはわりと新人で、引っ越す事を強く提案していたので、この件が無くても別れていただろうから気にするなと逆に気を使われてしまった。
脅迫をして来た人は天使に捕まったそうで、今はその人の息子が全て相続したようだ。そのせいで彼らに関連のある場所はひと騒ぎ起きたが、俺達は至って平和だ。
だが、どうしてもこの一件を考えて腑に落ちないことがある。
その最たる事柄が、出来過ぎている事。
余りにも、出来過ぎている。
この思いを確かめる様にルートさんに神様との連絡手段を取得できないか交渉してみた。
そしてなんとか神様とSNSでやり取り可能になったが、時間指定があった。それが五分前だ。神様のアイコンが検索可能になり、フレンドになって俺はこの疑問をぶつけてみた。
『お久しぶりです、上手くやっているようで安心しました。さてこの度の疑問ですが、全てが偶然……なんて都合のいい事はあり得ません。全ては必然です』
『必然ですか?』
『そうです。キョウガさんはアルガという人物に会ってから出来過ぎた物語が始まったと思っていますが、それは違います』
『もっと前からですか?』
『その通りです。キョウガさんの願いは同級生の研究施設に従属者の増加、そして距離の置きたい同級生がいる事でした。本来ならばその時に使用していない天秤が発動するはずも無かったのですが、キョウガさんはスロットをしながら暇になり様々な事を考え反芻しました。その時にスキルが発動したのです』
『ではこの一連の出来事は全て俺が幸運だからこそ起ったと、そう言う事なのですか?』
『その通りです。運良く研究所を手に入れ、運良く従属者が増えて、運良く近づきたくない人物の父親が捕まりました』
『全て運がいいから、ですか。でも本当にそんな事が起るのでしょうか、運と言うのはそこまで万能なのでしょうか?』
『起こります。ギャンブルだけではないのです。全て上手く行くのです。全て、です』
『それは、相手の意思を運で捻じ曲げているのではないのですか?』
『そう言った捉え方も出来ますね。ですが全ては偶然にして必然、彼等は何も気が付かないでしょう。もしそうであったとしても、何も恐れる事はありません。私の箱庭はそう言う世界です。ですが最初に申した通り、何もかもうまくいくなどあまりに退屈です。最初はよろしいでしょう、楽しいでしょう、ですが何時か色褪せて枯れていくのです。もし色の有る世界を行きたいのであれば、スキルを使用しているときに余計な事を考えない事です』
『わかりました』
『それでは時間ですので応答はこれにて終了します』
『ありがとうございました』
画面が切り替わり、まるで先ほどのやり取りが幻であったかのように消えていく。
……どうやら、自分が思っていたよりもこのスキルの影響力は恐ろしいほどに大きい。
距離を置きたい人物というのは、きっとあの初日に従属者を連れてきた人の事だろう。彼の事は何も知らない、ただ面倒臭そうだからお近づきにならないでおこう。そんな俺にとって普通な思考が、運が絡むだけで彼の父親を逮捕させるまでに至った。それはきっと全ての要員が揃うから、その理由でだ。
勿論逮捕された人が悪くない人だったとは思えない。するりとあのような会話が出てくるのだから彼の常套手段なのだろう。だが、不用意にあんなところでいきなり話すだろうか?
話すとしてももっと慎重になるだろう。どうやら従属者も多く影響力も大きい人物だったらしい、そんな人がこんな軽率な行動を取るだろうか?
答えは否だと俺は思う。
だが、どういった心情があったのか、それは起ってしまった。俺の運がいい事に。
俺は今後もスキルを使うだろう。
なにせこれがあるお陰で今こうしてマンションに住んでアンドルと一緒に過ごし、新たな仲間も出来たのだ。これを使わないという選択肢はない。
だがそのせいで……そうも考えてしまう。
出来るだけ思考を排除する。その必要があるが、俺に出来るだろうか。
いや、しなければならない。何かいい対策を考えなくては。
「難しい顔してるな」
目の前にかちゃりと音を立てて紅茶が置かれる。
「ありがとう」
いつもはストレートで飲むが、今日はどうしてか甘くしたかった。
砂糖を入れて、ゆっくりと口に含む。
すっきりとした甘さが、思考のドツボから救い出してくれる。
「何か気になる事がなるのか?」
「気になる事というか、対策しないといけない事だな……アンドル」
「ん?」
「もし自分が幸運を掴むとき、誰かに不幸が訪れるとしたら、その幸運をアンドルは捕まえる?」
「変な質問だな。俺なら掴むぜ、不幸の度合いにもよるけどよ、それでもオレは幸せになりたいぜ」
「そっか」
そう割り切れたらいいのかもな。うじうじと悩むのは悪い癖だ、分かっている、わかっているさ。だがこうも目の前に突き付けられると、どうしようもなく考えてしまう。
「……オレはご主人が何を悩んでるのか分からない。ご主人が一体どこの世界から来たのかも知らない。だがこの世界は弱肉強食、自分の不幸は自分で跳ねのけるしかない。跳ねのけられなかったら這い出すだけだ。そのどちらでもないなら、力が無かったんだ。それはこの世界じゃあ当たり前だぜ」
「……は?」
言ってることは分かる。つまり跳ね返せなかった自分のせいだってことだ。だが俺にはそう割り切れって違う! アンドルはどの世界から来たのか知らないって。
……あれ? そう言えば俺度々この世界ではなんて言ってた気がする。普通はそんな事言わないよな。
「……どうやら俺もてんぱってたみたいだ」
こっちに来てからずっと。
そんな状態でこんなこと起こしてしまったから、パンクしたか。
「それじゃあ本当に違う世界から来たのか?」
「まぁな、内緒だ……って言っても今までそんなに分かりやすく言ってた?」
「度々な。でもそうか、それで色々と納得がいったぜ。考え方の違いとかな。もしさっきの問いが今回の事を言ってるなら気にすることないぜ」
「……ありがとう、それにしてもあんまり驚かないな」
「最初はまさかと自分でも思ったけどな。なんかそれが正解な気がして、ずっと聞いてみたかったんだぜ」
「今後は気を付けないとな」
肩の力を抜いて、もう一口紅茶を飲む。
「なぁ、ご主人の世界はどんな場所だったんだ?」
「そうだなぁ、先ず――」
それからは色々な話をした。今まで話さなかった色々な事だ。
アンドルもそれに合わせて、自分の事を話してくれた。
「そうか、ご主人の世界では男同士って大変なんだな」
「俺の場合はまだいい方だよ、でももし好きになったとしても辛いだけだからな、好きにならない方法を俺は選んでた」
「こっちじゃそんな心配もないぜ! 特にご主人みたいな強い奴はな!」
「そっか、そうだよな」
「そうだぜ、勿論オレもな! もうご主人に首ったけだぜ」
冗談めかしてニヤリと笑うアンドル。
それなら、俺もいいかな。
隣に座るアンドルに椅子を近づける。
「ご主人?」
首に腕を回して顔と顔を近づける。
「じゃあ俺も、好きになっていい?」
「ッ、……勿論だ」
背中に腕が回り距離が無くなる。
唇が触れて、じんわりと心が満たされていく。
先ほどの苦悩など嘘のように溶けて、心がほんわりと温かくなる。
「んっ、……名前で呼んでくれ」
「いいのか?」
「いつまでもご主人なんて他人行儀だろう?」
「そうだな……キョウガ」
どちらからともなく再度口元が重なり、そして少し開いた口から舌を絡ませて、だんだんと行為がエスカレートしていく。
アンドルの手が俺の服を巻くって素肌を撫でる。それが心地よくて、俺もアンドルに身をゆだねる。
「……なぁキョウ――」
唐突なインターホンに二人してピクリと体を揺らす。
一瞬の静寂で、我に返って誰が来たのか画面越しに確認すると、邪気のない笑顔で酒を持っているアルガだった。
流石に萎えた。
後ろからこの邪気の無い笑顔を見たアンドルも微妙な顔をしている。
扉を開けて中に招き入れると、アルガは楽しそうに最近の話をし始めた。
金がなくてどうしようかと思っていた時とは大違いで、毎日好きに研究しながら過ごすのは楽しいという事だ。それはよかったよ。
「なんだよ反応が微妙だな……おっ、まさかいい雰囲気だったとかか? ダハハハハなんてな! ダハハ……は? え? まさかほんとにお邪魔虫だったのかよ?」
「いやー、なんというか」
「そうだ! 物凄くというかあと一歩でベッドだったんだぜこの野郎!」
「そいつは悪かったって! そんなに怒るんじゃねーよ、どうせ二人なんだから後でいくらでもできんだろうがよ」
そう言いながらもバツが悪そうに酒瓶をテーブルに置くアルガ。
それにしてもはっきり言うなアンドルは、流石に俺はちょっと恥ずかしいんだが。
まだやんややんやしている二人を放っておいて、俺は一人おつまみとジュースを持って二人を見ながら先に始めた。
……弱い物が足りなかった、そう思ってしまう世界か。
それならこの光景も、素直に喜び楽しんでもいいのだろうか。
なぁどう思うよ晴。
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