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第19話
「……」
「……」
「はぐはぐはぐはぐ」
本日はテスト休み。テストのお疲れとシリルのありがとうイベントで、約束通り食べ放題のバイキングに来ている。
お値段は学生割引が効くのでリーズナブル、ランチという事もありコウセイと俺でシリルの分を割って自分の分を払ってもコウセイは大丈夫という事なので、コウセイお勧めのバイキングに来た。
ざっと見た感じ様々な種類の食べ物が区分けされていた。例えば和スペースであればお寿司屋煮魚煮物等々、イタリアンはパスタやピザなど、お店をぐるりと食べ物が配置されている。
そして、目の前に置かれた皿、皿、皿。
コウセイが持ってきた料理たちが所狭しと並び、俺達はそれに圧倒されていた。
当の本人はご満悦でそれを腹に収めていく
「……ふぅ、じゃあお代わり持って来る」
見る見るうちに無くなった料理たちを補充しに席を立つ。
俺とシリルはそれを見ながら、自分の持ってきた料理を口に運ぶ。
「……あれのペースに巻き込まれないようにしないと」
「……そうだな」
俺達も折角来たのだからと好きな物を取って来て食べている。だがやはり目の前の異様な光景に少し気おされていた。
「コウセイ、その体の一体どこに入ってるの?」
「腹だろ?」
「異空間だろ」
シリルが呆れたという目線をコウセイに送りながら、そう答えた。
どう考えてもその体に入るとは思えないんだけどなぁ。なんか一部スキルが吸収してそうな勢いだよな。
「それで、テストはどうだった?」
「おう! 二人のお陰でなんとかなった、ありがとう」
「どちらかというとシリルのお陰かな。シリルはどうだった?」
「簡単だったろ」
「うっ」
コウセイが少しだけ顔を歪ませる。コウセイにそんなまさかという顔をするシリル。
……シリルって、あんまり勉強好きじゃないというか、そう言う人と友人ではなかったんだろうな。
俺達はまだシリルがどんな人柄かを先に知れたからよかったけれども、ちょっとぶっきらぼうで天才肌でテストでは首位とかだと、確実にすかしてるように見えて嫌煙されてそうだし。
「まぁまぁ終わった事は気にしないで、コウセイはもっと食べなくていいのか?」
「はっ、そうだな。今は食べよう」
食事も食べ終わり、この後はシリルの家に行くことになった。
シリルの家が近いというのもあったのだが、シリルが食べすぎてちょっと辛いそうで、自分からこの近くに実家があるからそこで休ませてくれと申し出た。
コウセイは、あと二回くらいこのまま続けたいという意味不明な供述をしていたがスルーした。一応120分フルで食べてたんだけどなぁ。一体何時間食べるつもりなんだろうか。
シリルの家は確かに近かった。と言っても電車で一本はかかる。
周囲は住宅街のような場所で、商業施設等は見受けられない。マンションよりも一軒家が目立つ区画だ。
その中の一つ、少し塗装の剥がれた家へと入っていく。……周りと比べるとあまり手入れされていないのが分かる。
家の中は特筆する事も無く、普通の一軒家の内装と言った感じだ。机やテレビがあり、一人部屋が幾つかあった。
「両親は共働きで、弟たちは今学校に行ってるから誰もいない」
「「お邪魔します」」
シリルの先導でシリルの部屋へと案内された。シリルのというよりも、兄弟と一緒の部屋らしい。
「悪いけど、ちょっと横になる」
シリルはもう限界と言わんばかりに速攻で横になった。コウセイのペースに充てられた人の末路である。時間制限と元を取りたいという思いと美味しい物をお腹いっぱい食べたいという思いと……目の前のペースに充てられて最後はペースが上がっていたから仕方ない。
「……うわぁ」
少しだけ部屋の中をその場から動かずに見ていると、一角に本が積まれているのが分かったので、シリルに確認して見せて貰った。
貰ったのだが、正直何が書いてあるのかさっぱりだった。
「それ、図書館で借りた武具製造系の本だ」
「……」
コウセイは気になって覗きに来たが、数字や文字の羅列を見てフイと顔を逸らした。うん、俺でもこれは逸らしたくなる。
静かに本を閉じて元の場所に置く。
「シリルはあれ何書いてあるか分かるんだよな」
「勿論。そこにあるのは殆ど基礎理論の本。応用は図書館じゃないから、本屋で軽く立ち読みだ」
「……応用もちゃんと分かるのか」
「当たり前だ」
当たり前では無いんだけどな。まぁシリルの中では当たり前に分かる事なんだろう。俺がシリルと同じ知識を持つまでにはかなりの時間が掛かるだろうし、やっぱり天才肌だよな。若しくは秀才か。そのあたりは分からないけど。
天才肌だとは思っていたけれども、こうやって本を積み上げて一生懸命勉強をしている所を見ると、秀才かもしれいしな。
どっちにしろ凄いという事しか分からない。
「そういや前言ってた試作って出来たのか?」
「まだだ、午後の授業中しかできないし」
「……うーん、じゃあ理論とかだけでもレポートに書けない?」
「ん?」
「いや、その理論をもとに知り合いの工房に造ってもらおうかと思って。現物があった方がいいとは思ったけど、少ない素材で作った作品よりも、そっちのが興味引けそうだし」
「……いいのか? 言っておくが、仲介料なんかは払えない」
「大丈夫大丈夫、シリルからは貰わないって」
「いいんじゃないのか? こんなに勉強してるのに物に出来なかったら悔しいだろ。チャンスがあったら飛び込んでみればいいんじゃないか?」
「……よろしく頼む」
「いや俺から言い出したことだし。それに、もしシリルの腕が買われたら他に取られないように色々動くと思うけど」
「それならそれで有難い。将来の金より、俺は今の金が欲しい」
「なら、決まりだな。じゃあいつまでに仕上げる?」
「理論論文なら粗方作ってある」
「……そうなの?」
「現物を造るのに必要だろ?」
設計図の前段階か。でもあるならば有難い。それならさっさとアルガに紹介してしまおう。今はまだ出来なくても、アルガと一緒に完成させてくれれば……家の戦力が超強化されて笑いが止まらないって訳か。
「明日までには仕上げられる。だから早めでもいいか?」
「……もしかしなくても割と切迫?」
「家はいつでも切迫だ。この家も祖父ちゃんが建ててくれたものだしな」
「……分かったじゃあ明日ね」
「言っといてなんだが、いきなりアポ取れるのか?」
「あぁその辺は大丈夫。基本研究メインの所だから」
「研究メイン!」
おぉ今迄一番の食いつき。コウセイも面白そうに見ている。普段のシリルならそれに気が付いて顔を赤らめるところだが、今は自分の世界へ入ってしまっている。
「それじゃあ俺もついていっていいかな?」
「コウセイも? 勿論いいけど。あぁ強い人ね、忘れてないよ。連れてくる」
「悪いな。道場以外のヤツとも、手合わせしたいからな」
「じゃあ時間と場所は工房に連絡とってからメールするよ」
「よろしく頼む」
「腕がなるな」
ふんふんと鼻息が荒い二人。
和やかに遊ぶ雰囲気でもなくなったので、俺達は解散する事にした。シリルは早速取り掛かりたかったらしいし、コウセイは道場で自己連をしに行ってしまった。
……うーん、俺はデートにでも行くかな。
スマホを取り出してアンドルへと呼びかけた。
翌日、待ち合わせ場所にはまだ誰もおらず、俺達が一番のりだ。
次にやって来たのはシリルだった。初見のアンドルに警戒していたが、彼の知り合いの工房と説明したのと、俺と気を許している間柄の接し方を見て警戒を緩めてくれた。
最期――といっても時間前なので遅刻ではないが――にやって来たコウセイは、アンドルを見て何故か驚きと興奮でいっぱいになった。
「コウセイはなんでそんなに興奮してるの?」
「なんでって本物だろ!」
なんでも、アンドルは探索者達の間で知る人の多い存在だったらしい。勿論探索者を目指していたコウセイも例外ではなく、道端で唐突に憧れの人にあったような状態になっている。
シリルは知らなかったようで、俺と一緒にそんなにか? という顔をしている。ただアンドルは割と慣れた対応だったので、本当にその道の人には有名だったのかもしれない。
でも新たに従属者になった人達は騒いでなかったしな、後で聞いてみるか。
此処で留まっていても仕方がないので、さっそく移動する事になった。
工房に着くと、今度はシリルが興奮気味に視線を彷徨わせていた。
一応正面から入って、元売り場を抜ける。
「アルガー、来たよー」
「おう待ってたぞ! それで、どっちが例の小僧だ?」
奥からどすどすやって来たアルガは、コウセイとシリルを見て俺に尋ねる。
「は、初めまして、シリルです。よろしくお願いします」
「おうよろしくな! だが俺はダメなもんはダメだって言うからな、泣くんじゃねーぞ」
「は、はい」
かなり緊張しているようだ。
シリルはバッグからファイルに入った紙束をアルガへと渡した。
……入り口じゃなくてせめて客室に行ってからにすればいいのに。
アルガも普通に受け取っていたし、彼らの世界では普通の事かもしれないけどさ。
アルガはいつもの少し緩い態度から一変して、即座にその紙束を捲っていく。
「あれで見えてるのか?」
「アルガはあれでもプロ中のプロだぜ? 本職ならあんなもんだ」
アンドルに言われて、成る程と納得する。正直アルガがプロと言われても俺にはそこまで実感が無いが。アルガもきっと俺が思っているよりも凄い人なのだろう。
結局三分ほどでぶ厚い紙束を読み終えてしまった。その間シリルは緊張の面持ちだ。
アルガの手が何処かの資料を探す。
「このページの此処だがよ? 此処はなんでアルヴァールの定理を使わないんだ?」
「ガラルジャの原理と組み合わせたかった、です」
「へぇ、此処でその原理を使うってのか。じゃあこっちはシノハ定理を適応させた方がいいと思うがな」
「そこは――」
完全に彼らの世界に入ってしまった。
意味の分からない名前の原理だの定理だの法則だの、今度は数字が飛び交い始めてしまった。
「……コウセイ、アンドルと稽古してきていいよ。確か庭あったよな?」
「いいのか?」
「俺が此処にいるから、アンドルもお願いな」
「分かったぜ。それじゃあ行くか」
「はい!」
コウセイは思いっきり尻尾を振って庭へと行った。
「あっオーナーこんちはー。ってあちゃーアルガさんこうなっちゃってるのか」
「何か用だったのか?」
「いえまぁいいんです。オーナーはどうしますか? こうなったアルガさんは止まりませんよ」
「じゃあお茶でも飲んで待ってるか」
「それならお供しますよ。僕もアルガさんに用があるので」
という事で工員と二人でまったりとお茶をすることに。どこからか持ってきた羊羹をつつきながら、緑茶を飲む。なんでも休憩中の緑茶と和菓子がアルガの今のお気に入りらしい。
「それにしても凄いですねあの子」
「あぁ言ってることが意味わからないけどさ」
「オーナーと同い年ですか? 末恐ろしいですね。あんなパッパパッパ新しく理論組み直して計算するなんて普通出来ませんよ」
「それに関しては俺は凡人視点だから、一定以上いってると凄さが分からないんだよな」
「そこは人それぞれですね。オーナーはオーナーでヤバいですよね。まぁそれは置いといて、あと少しで終わりますね」
「そうなの?」
「えぇ、あの子合格ですね」
「もしかしなくても試されてたのか」
「実力を見るにはこれが一番ですからね。理解できてればこうやって議論できますけど、ただ使っているだけ、読んだだけならやり直しだったでしょうね」
そう言って微笑ましそうな工員の目線を追うと、バシバシと背中を叩かれているシリルの姿があった。アルガは愉快そうに笑っているし、シリルも少し痛いのか叩かれると表情が歪むが、何処か誇らしそうだった。
「アルガさーん終わりましたー」
「ん? おぉじゃあーっと、三つ目の棚のヤツ頼む」
「はーい」
「キョウガも待たせたな! いやぁーコイツは中々どうして面白い奴だぞ!」
「合格って事でいいのか?」
「おう! ただまぁもっと詰めていく必要もあるけどな。こいつのこれも中々面白そうだしな、今俺達が作ってるのに組み込んでみるかと思ってな」
「アルガがそうしたいならいいんじゃないか? 後はシリルについてか。この場合ってどうなるんだ? 従属者になるって事でもないし、協力者って事になるのか? 共同開発? でもそうなると技術漏洩とかあるのか?」
「あんま知られてねぇけど、まだ学生を工房に入れて働かせたいってんなら、共同開発だな。んでもって誓約課の天使を呼べばいい」
「誓約課?」
「おう、簡単に言えば、お互いの技術は漏らさないって言う制約だな。従属者ならそんな事は一々する必要はねぇ。だが共同開発ならこれだな。まぁ殆ど従属者で済ましちまうし、ガキに唾つけるんじゃなくて働かせようなんざあんまいねぇけどな。なにせ才能あるやつはどうせ自分が主人になるだろうからな」
「成る程……それって俺の立ち合いいるの?」
「いや、俺とシリルだけで十分だ」
「それならお任せ。お給料はいくらにするか。学校終わりで家に帰るまでだけど、大学に行けるくらいの稼ぎは欲しいよな」
「……なんだ、色々訳ありか? 大学の学費はたしか400とかだった気がすんな。全部実費でだけどよ?」
「うーんじゃあ月20万くらいでいいのか?」
「それなら余裕だろ……貯金すりゃあな」
「うっ?」
どうだ? という問いを込めてアルガと二人でシリルを見ると、困惑気味に一歩下がる。
それから何かを考えながら、首を傾げた。
「ついていけてない」
「つまり、シリルをこの工房との共同開発として雇って、月20万くらいのお給料でどうって事」
「……20万、そんなに」
「正直俺は詳しくないから分からないけど、どう? それくらいは払えると思うんだけど」
「普通に考えりゃもうちょい合ってもいいがよ? まぁお手並み拝見ってやつだな。使えそうなら給料を上げる様に頼んでやるよ」
「……いいのかな」
普段よりも弱気な目で俺を見るシリル。いきなりこんな話になれば驚くし戸惑うか。
「勿論」
「……そういや、キョウガとアルガさんはどんな関係なんだ?」
「ん? あぁオーナーと職人」
「従属者でいいじゃねーか。これから家の工房に入るんならそこをぼかしててもいい事なんて一つもねぇ」
「それもそうか。まぁ色々あってさ」
そう言ってシリルを見ると、口を開けてフリーズしていた。
……よほど驚いたんだな。
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