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第20話

 シリルが呆けている間に、清々しい顔をしたコウセイが帰って来た。  感想を聞いてみると、興奮気味に話し始めるコウセイ。なんでも、凄い人と試合が出来た、色々と気づかされるところがあったと詳しく話してくれたが……残念ながら武道の事も分からない!  なので優しく微笑みながら相槌を打っていた。聞き流してはいないので、それでどうにか許してほしい。  そうこうしているとシリルが復活したので、五人で落ち着ける場所へと移動した。  客間に移動して、以前のシリルのように仲間外れだと拗ねられても嫌なので、コウセイにも此処の工房と俺の事を話した。 「最初は、言うつもりはなかったんだけどな」  同情的な心の動きが無かったのかと問われれば、あるだろう。だけれども、やっぱり建前って言うのは必要だ。俺が慈善事業でシリルに手を貸したのではないと分かると、シリルも何処かほっとしていた。この世界で無償でなんて言葉ほど信じられない物もないだろうしな。  コウセイは驚きはしていたが、納得している表情だった。  師匠に自分が助けて貰った時の事を少しだけ聞いており、その時に俺とアンドルの関係が少し出てきたらしい。  落ち着きを取り戻したシリルだったが、契約の話に戻ると先ほどの様相に戻ってしまった。アルガさんは気を利かせて一旦家に持ち帰って考えるといいと言って、契約書の内容を書いてシリルに渡した。  契約は俺がいなくても出来るので、後は当人たちに頑張ってもらおう!  俺は……やる事は無いな!  その後、シリルは無事工房の協力者として迎えられた。名目上は俺の協力者という訳になる。ただ最近放課後になると楽しそうに工房へ向かう様子見ていると、学校をさぼりそうでちょっと不安でもある。  コウセイもアンドルに揉まれてからいっそうやる気を出して、道場の稽古の日以外も自主練に向って行っている。  俺はというと、歴史書をぱらぱら見たりスマホで色々と調べようと思って放置していたことを調べている。  なにせこっちの常識は違う。街の風体が似ているから、何処か俺の常識を当て嵌めてしまいたくなるのがまたなんとも言えない。  春から夏に変わっているからなのか、六月中旬は四月に比べると暑く感じる。  制服も衣替えが終わり、夏に向ってまっしぐらだ。  俺もこの世界に来て二か月半が過ぎた事になる。やはりまだまだ分からない事が多いが、正直調べて分かる事というのはそれほど大事ではない。  だが、スキルの強い者に魅かれるというのは、分からないままだ。感覚的な違いはどうにもならない。  テレビで流れていた春のスポーツ大会をアンドルと見て、ぶっちぎりで一位の方に恋愛的な興味がわくかと聞けば、やはり少しは気が引かれるようだ。  なら、俺よりも強いと思える人が現れたらそちらを好きになったりするのかと聞くと、アンドルは首を振った。  移ろってしまう人もいるだろうが、自分はそんなに簡単な好きじゃないと真剣に話してくれた顔を思い出すと、正直にやけてしまいそうになる。   ただまぁ結局は個人の誠実さが物を言うのは、あっちもこっちも変わらないという事だ。  前世のあっちだって、付き合っているのに自分の好みのタイプに告白されたら今の恋人を捨ててしまう不誠実と言える人はいるだろう。……いや、自分にだけは正直ってやつか。  そんな時期に、一通のメールが届いた。  メールの相手はベイトンだった。珍しい事もあるなという思いよりも、何かあったのか! という心配が先立ち、直ぐに内容に目を通したが何かしらの事件があったわけではないようでほっとした。  ……いや、ベイトンにとっては途方に暮れているという事が文章からも伝わって来たので、彼にとっては事件だろう。  因みに、アンドルの事をベイトンに尋ねてみると、他の従属者達も元々彼の事を知っていたらしい。だが、会った時に騒ぐなという目で見られていたので、もしかしたら主人に知られたくない事でもあるのかと黙っていたとか。  その辺は実力があるからこそ分かるって事か。最初に驚いていたのは俺が若かったからだと思ったが、アンドルが従属者に居る事、アンドルを見れたことに驚いていたのかもしれないな。  メールに返信して、待ち合わせに指定した場所へ行く。  内容を簡単に纏めると、知り合いが従属者に成りたがっているが主人が見つからない。そんな時に自分が従属者になり、主人と会わせてくれないかと懇願されたそうだ。見境が無さすぎではないだろうか。  今まで従属者に成りたいという人は知り合いに居ないので、ちょっと興味もあり会ってみる事にしたのだ。  先方はいつでもいいが早めがいい、というか今でもいいくらいの気迫らしく、ベイトンが俺に助けを求めてきたのだ。ベイトンとしてはもっと落ち着かせてから渡しをつけるか決めたかったが、勢いが凄すぎて無理だったという謝罪が最後に書かれていた。  アンドルは出かけているので待ち合わせ場所に一人で着くと、既にベイトンと例の人物がいた。  ベイトンはいつもの飄々とした態度とは違い、疲れと申し訳なさからか普段見せないような途方に暮れたような顔をしていた。  そんな顔をさせている人物は、何故か執事服を着ているドワーフだった。身長はドワーフの中だと平均くらいだろうか、周囲と比べると低い。だがガッチリはしているので威圧感はあるのだが……このドワーフは他のドワーフと比べると細身だ。勿論人間やエルフ獣人の細身と比べれば厚い方ではあるが、ドワーフの中で見ると細い。俺から見ればガッチリ。  二人に近づくと、ドワーフが立ち上がって俺に向って一礼した。 「悪い……」  ベイトンはポツリと俺に謝罪の言葉を発したので、全然気にしてないから大丈夫とそしてお疲れ様と伝える。  仕切り直して向かい合う俺達、先ずはベイトンからドワーフの紹介があった。  名前はウォーレンさんというらしい。種族はドワーフに違いないそうだ。  ウォーレンさんをチラリと見ると、強面で表情は余り見えない。髪は濃紺短髪なので、顔の強面さが引き立つ。 「ご紹介に預かりましたウォーレンと申します。お手数をおかけした事、誠に申し訳ございません。ベイトンにも改めて謝罪と感謝を」  声は低く、威厳のあるような声色だった。だが纏っているのが執事服なので、個人的には何処かちぐはぐして見えてしまう。 「それでウォーレンさん、お話があるという事ですが」 「はい。私は従属者にして頂ける方を探しております。ですが、条件が合わずこうしてまだ独り身でおります」 「契約従属者になりたいのですね」 「はい。市民が主人を探す紹介所にも行きましたが、条件に合うお方はおらず。久しぶりに会ったベイトンと話しているうちに、貴方様ならもしやと思い、こうして無理を言った次第です」 「因みにその条件とは」 「執事を、させて頂きたいのです」 「執事ですか?」  その程度ならば見つからないという事は無いと思うのだが? 一体何故? 「……執事を従属者にするならば、綺麗どころがいいでしょう。それにドワーフは商人や生産者のイメージがありますから」 「ですが、それだけで見つからない物なのですか?」  どこにでも物好きはいると思う。にも拘わらず今迄一人も見つかっていないというのは、何か理由があるのだろう。 「一番の理由は、執事の適応スキルを持っていない事。そして、探索者としてある程度名が売れてしまった事です。私を従属者にしようという者は、探索者として稼がせようとします。ですがそれを私は望んでいません。執事やメイドを探している者はそもそも家事や事務に向いたスキルを持っている方を欲します。私は、見向きもされません」 「つまり、全く適性の無い職業に憧れを持ち、それを貫きたいという事ですか」 「はい」  成る程、それは確かに難しいだろう。それでもと思うもの好きはいると思うが、そのもの好きに会えなかっただけか。  でも、この世界でもこういう人いるんだな。特に、名前が売れたって言う事は探索者としてそれなりに活躍できる実力があるという事だ。夢は夢と諦めてしまう人が多いだろう。だって頑張った所でスキルが無いのだから。それに、今の方が大切だから。何かしかの理由を付けて、諦めてしまうだろう。だが彼は諦められなかった。ある意味この世界の適性者では無いという事なのだろうな。 「それでも見て下さる方はいたのですが、条件の一つに定期的に探索者として働く事がありましたので、契約することはありませんでした」 「探索者としては、もう働きたくないという事ですか?」 「いえ、勿論新たな主人が探索者なれば、主人を守るためについて行くのは当たり前です。しかし、これは何方にも言った事はありません。なにせ探索者としての私を欲して執事を蔑ろにされる危険がありました、私は執事として仕えたいのです」 「……どうして俺に言ったのですか?」 「貴方様が探索者でないというのは、ベイトンから聞いています」  だから関係ないという事か。契約に際して、もし今後俺が探索者に転身してウォーレンさんを戦場に引っ張り出し始めたら、契約を解除するように盛り込めるしな。 「どうしてそこまで執事にこだわるのですか?」 「……きっかけは昔見た映画でした。ですが、知れば知るほど興味深く、そして憧れが強くなったのです。しかし事務や家事スキルは発現せず、結局元から持っていた武技スキルを活かして生活してまいりました。ですが、やはり夢諦めきれず、こうして主人となってくださる方を探しているのです。掃除洗濯料理からスケジュール管理金銭管理お使い、サポートは全て行います」 「……少し切羽詰まっているように見えるのですが、理由をお伺いしてもいいですか?」 「……こんな話をご存知ですか? スキルが後天的に発現しやすい年齢があると」 「……初耳です」 「スキルが後天的に発現する要因は努力や危機的状況に遭遇する事だと思われていますが、大学の連盟の研究で二つ程新たに分かったことがありました。ほんの小さな確率の偏りでしたが、研究者はこれも重要な要因だとして発表しましたが……結果は直ぐに収束しました。それは、余りにも偏りが小さすぎたからです。検証のしようもありませんでした」 「それが焦る理由ですか」 「はい。その二つと言うのは、状況と年齢です。簡単に言えば、ダンジョンで敵と戦えば探索者に有効はスキルを覚えやすいという事です。私のように探索者ではあるが、探索者以外のスキルを身に付けようとしても、言ってしまえば身に着く確率が下がります。そして年齢、此方は20歳から35歳までに発現しやすい。私は今年31になりました。35歳迄と言いましたが、勿論既に右肩下がりです」  それで焦っているという事か。  チャンスがあるなら逃がしたくない、そう言う思いはわかるけれども。さて、どうするか。

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