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第22話

 夏休みに突入して数日が経った。  テストが終わってからの日々は、皆どこか浮足立っており、やはり長期休暇への誘惑は抗いにくい物だと感じられた。  コウセイやシリルもそれぞれ自由な時間を活かすためにどこかそわそわとしていた。  一旦テストの返却で悲喜交々となったクラスも、直ぐに切り替えて夏休みの話へとシフトして行った。  テストが終わってからは選択授業が無いので、午前授業が続いた。  午後何をすることも無いので、まだ見ていない街をアンドルと街ブラデートをして過ごした。  夏休みに入って直ぐは、宿題とひたすら戦っていた。以前の俺は割と最後まで残っている人であったが、今後の夏を楽しむためにさっさと終わらせた方がいいだろうと知っているので、此方の世界では先に終わらせる人になろうと思ったのだ。  宿題を粗方終わらせて丁度今日、七月分の納税を行いに税務署に来ていた。  四月からなのでもう四回目だ。勝手知ったるとはいかないが、流れや事務的な言には慣れて来た。だが納税が終わり、立ち去ろうとする俺達に、担当の天使さんがニコリと待ったをかけた。 「今回で一定額の税金を支払われましたので、キョウガ・アキヤ様は中級市民に成る事が出来ます」 「えっと」 「勿論このまま一般市民でいる事も可能ですが、どういたしますか?」 「できればもう少し詳しい説明をお願いします」 「畏まりました。それでは一般と中級の違いをご説明いたします」  そう言いつつパンフレットが取り出された。一気に保険会社とか、携帯ショップにいるような感覚になってしまった。  説明を纏めると、先ず税金について。これは双方変わらないという事。  そして中級になると、中級地区という上級市民と中級市民のみが行くことが出来る区画に入る事が出来るという。そこには一般市民では行くことのできない高級店が存在する事や、特別病院で同性同士の子共を設ける事が出来る様にしてもらえたりするとの事。  そして最大の利点が従属者の奪い合いゲーム。  勝負に勝利すると、従属者を相手から自分の者にすることが出来る。  だがこれに関して俺には欠点にしかならない。天使さんにそう伝えると、そう言う方もいらっしゃいますよねと言ってパンフレットをめくる。  そこには、疑似従属者ゲームという物が乗っていた。 「自らの従属者を賭けて万が一負けでもしたら嫌だからやらないという方はキョウガ・アキヤ様以外にも大勢います。そこで造られたのがこの疑似従属者ゲームとなります。このゲームは端末内の疑似従属者を賭けて戦いますので、実際の従属者が居なくなるという事はございません。そしてこの疑似従属者数も本来の従属者数と同様にカウント致しますので、納税の際にお持ちの人数分軽減することが可能となります」  それは有難い! 「現実の従属者ゲームを一回も行なわいという事は出来ますか?」 「はい可能です。実際の使用方法は此方をご覧ください。中級市民の皆様に支給される此方の端末、その設定に従属者ゲームの設定がございます。この設定をオフにして頂ければ、ゲームに参加していない状況となりますので、強制的に参加されるという事はございません。またこのオンオフにつきましては天使のみ変更することが出来ますので、ご自身の誤操作で参加してしまうという事もございません」  成る程、それなら一応は安心という事か。 「ただ従属者ゲームも疑似従属者ゲームも双方戦うのはご自身となります。端末は対戦をサポートをするもので、対戦その物を行う物ではございません。実際の対戦例は……こちらです」  ……えっと、先ずは端末の疑似従属者ゲームの参加をオンにする。  次にお金を入れてガチャを回す、回して出た従属者が自分の疑似従属者となる。  オンにしている状態で中級地区を歩いていると対戦を申し込まれる。申し込まれた側は受けるかどうかを決め、受けるならば勝負方法を返信、申し込んだ側がその勝負方法に納得すれば対戦開始となる。  逆に申し込む方法は、端末から近くの参加者を選び、相手に求める対価を設定して勝負を申し込む。この時、負けたら同様の対価を相手に支払うので、自分も同様の対価を持っている場合のみ対戦を申し込むことが出来る。例えば、Aランクの従属者を対価とするならば、相手が持っている事に加えて自分もAランクの従属者を持っている事が前提となる。  送った相手が勝負方法を送り返してきて、それに納得すれば対戦開始だ。  対戦に関しては、スポーツなら競技場、俺みたいなカジノで勝負の場合はカジノで、それぞれ場所に在った対戦を天使は推奨しているので、俺が競技場でカジノ勝負をしたところで誰も受けてくれないだろう。  また、中級地区では姿を毎回変えるので、有名になってしまって誰からも相手をされないという事は無い。名前も都度ハンドルネームを変える事が出来るらしい。 「中級地区へは端末から移動を行う事が可能です。このように、自分の足元に転移陣が現れますので、そちらに連れて行きたい従属者を含めて乗って頂ければ移動できます。帰りは転移陣を展開した場所に戻りますので、ご注意ください」 「因みにこの転移陣の大きさはどの程度でしょうか?」 「小柄な方であれば四人程、大柄な方であれば二人から三人程となっております」  それならアンドルとウォーレンを二人とも連れて行くことが出来るのか。  チラリとアンドルを見ると、興味なさげにパンフレットを見ていた。  ……もしかして、アンドルはこう言う説明が面倒くさくて中級市民に成るのをやめたのではないだろうか。そんな気がして来た。  そのほかにも細々としたルールや特典等があったが、個人的には有難いと思う事の方が多かったので、この場で中級市民へランクアップさせて貰った。  端末はブレスレット型をしており、魔力を流して起動すると空中にディスプレイが展開された。  ……あれ? こっちの世界の方が全然技術進んでないか?   もしかして神様が言っていた技術程度は、一般市民の話だったのだろうか? もしこんな便利な物があれば皆使うだろうしな。それこそスマホなんかじゃなくてこっちになるだろう。うんきっとそうだ。  勿論天使さんにSG(従属者ゲーム)はオフにしてもらい、PSG(疑似従属者ゲーム)はオンにしてもらった。  さてさて、折角だから家に帰ってから中級区に行ってみるとするか。  後ろのアンドルは可愛いショタに変わり、ウォーレンは中性的な見た目のエルフへ、そしてウォーレンに見せられた俺は、つり目のケモ耳の半獣人になっていた。ただ着ている物はデザインが同じなので、部屋着で来ないようには気を付けよう。  街並みは同じように見えるが、タクシー乗り場では無人タクシーが走っているので、通常の場所よりも少し進んでいる場所と言った感じだ。  天井がドームのように覆われており、空は見えない。近くの街の案内図には、区分けされている大まかな街並みが記載されていた。  それによると、居住地区が異様に小さく、逆にスポーツのドームやカジノ施設等、バトルするために必要な施設が多く軒を連ねているようだ。 「中級市民区ってこんな風になってるのか」 「私も来るのは初めてです、まるで異世界ですね」  異世界か、俺にとっては元の場所も異世界だから驚きが少ないのだろうか。  無人タクシーに乗ってカジノ施設へと向かう。  窓から街並みを眺めていたが、歩いている人が少ない。殆どの人はタクシーを利用しているようだ。  カジノに到着した。車から降りて上を見上げてその大きさにしばし圧倒されてしまった。  俺が行ったことのある、というかいつも行っているカジノとはくらべものにならない大きさだ。フロントも広くとても柔らかそうなソファーが並んでいるのに、そこに座っている人が二人だけ。  階層ごとに遊べる物が違うようだ。 「何処に行こう……」 「ブラックジャックは分かりやすくて楽じゃないか?」 「確かに、バトルするにしても楽かも」  という事でブラックジャックの階層へエレベーターを使って上がる。途中で天秤を発動させて準備は万端だ。  合図と共に扉が開かれる。中は赤い絨毯が敷かれており、それ以上に煌びやかな見た目が目を覆う。豪華なシャンデリアが下がり、光も煌びやかに反射するように設計されているようだ。  物珍しく見ながら中に入ったから、隣からくすくすという笑い声が聞こえてきた。  チラリと横を見ると、苦笑いをして去って行った。  ……お上りさん丸出しだったか。でもこんな空間に来たら圧倒されるのは仕方ないと思うんだがな。  エリアに入って三歩目、ブレスレット型の端末が少し震えた。魔力を流してディスプレイを展開させると、対戦の申し込みが五件! いや今増えて六軒になっていた! 「……初心者だとバレてカモにしようって魂胆か? 可哀そうだぜ」 「……えぇ、哀れみを禁じえません」  うんまぁ俺もそう思う。  取り合えず全員にブラックジャック一回勝負を申し込む。すると六件全員合意で帰って来た。画面では対戦予約となっており、最初の人が終わり次第次の人になるという事らしい。  ディスプレイに表示されている卓に移動すると、既に対戦相手が待っていたので卓に着く。  目の前に配られたカードを開けると、ブラックジャックが完成していた。  隣の人は違うようなので俺の勝ちだ。ディーラーが俺の勝ちを宣言すると、ディスプレイでも勝利画面と獲得従属者が書かれていた。それとは別に勝ち金もブレスレットに入った。  どうやら、中級市民区ではカードではなくこのブレスレットでやり取りを行うようだ。 「流石だぜ」 「惚れ惚れ致します」  全員突破したことで、後ろから二人の感嘆の声が聞こえてくる。胸は張れないが、それでも少しだけ嬉しかった。  画面を見ると、新たに対戦が申し込まれていたので、同じ条件で了承。 「よぉ、後ろから見てたぜ、俺とも頼むわ」  愛らしい顔のウサギ獣人の皮を被った誰かが楽しそうに俺に語り掛ける。俺もぺこりと会釈を返す。  配られた手を開けて目を見開く。  ……ブラックジャックじゃない。  いや、そうである事の方が少ないけど、さっきまでは全部ブラックジャックであったので、驚いてしまった。ちらりと相手を覗き見ると、目と目が合った。相手も何処か驚いているような、先ほどの軽い気配ではなく警戒するように此方を見る目に変わった。  互いにカードをもう一枚求める。俺の手元に来たカードはエース。これで21だ。  開かれた手札は相手が20であるので俺の勝ちだ。 「マジかよ! ただのビギナーじゃないと思ってはいたが、まさか俺様が負けるとは」  その言葉で、なぜか増えていたギャラリーが騒ぎ始める。  一体何事かと思って目の前の人物を見ると、そんな事はお構いなしにニコニコしていた。 「マジでスゲーよお前! あ? あぁもしかして後ろの奴らの事が気になってんのか。ありゃ俺様のフォロワーって言うと分かりやすいか?」 「フォロワー?」 「俺様のファンって事だな」 「ファン? でも姿が違うんですよね?」 「マジモンのビギナーか。おっと、卓を開けるぞ、あそこで座ろうや、奢ってやるからよ」  ルンルンなウサギの後について飲食コーナーに入って座ると、トロピカルな果物が刺さっている飲み物が目の前に置かれた。 「さーてさてビギナー君、先ずはこの俺様の紹介をしてやろう! 俺様の名前はイッケイ。上級市民だ! どーだ! 驚いたか!」 「上級市民って此処で遊んでもいいのですか?」 「あったりまえだろ! 偶にこうやってスターが目の前で遊んでやれば、ファンは喜ぶって事だ」  ウインクしながら答えるイッケイさんに、ちょっと引く。今までこういうノリの人と付き合ったことが無いからな。 「えっと、中級市民のキョウです」  取り合えず本名じゃなくして見るが、それならもっと別の偽名の方が良かったか。 「キョウな! それでさっきの答えだがー。俺様みたいな上級市民は姿を変えることなくこの地区に顕現できるって訳だ」 「上級市民の特権ですか」 「特権って程でもないけどな!」  成る程、だから誰もが彼が彼であると分かってみていたという事か。上級市民ならば、憧れていても可笑しくないもんな。中級市民に成ったばかりの俺には、ちょっとよくわからない世界だけれども。

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