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第3話
-薮蛇苺の伏龍-
校舎裏の生徒会館はあまり人が寄り付かないし、そこから見える広い庭園の中の四阿 はもっと人が寄り付かない。薔薇園の中のガゼボとかきっと人気のスポットだったのかも知れないけど、学園の雰囲気に合わない和風な庭園だから。竹とか生垣の奥のブロック塀の外には、家柄とかプリザードとか関係ない世界があるのに。スーパーマーケットと100円均一ショップ、本屋、ドラッグストア、ホームセンターが密集した商業地が新興住宅地の中にある。
僕は竹でできた四阿にいた。ここなら人が来ない。悪口を耳にせず済む。外の車が走る音を聞きながら外の世界を考えた。下校になれば出られるのに、また翌日にはこっちの世界に閉じこもるから。母が作ったおにぎりを食べながら、少しじわりと視界が滲む。今日は曇りだ。
「少年も孤独を選ぶか」
茅葺き屋根の四阿は人がが寄り付かない、と思っていた。
「あなたは…」
「気にしてるんか、昨日の」
昨日、図書室からの帰りに2年生に絡まれてしまった。無視していたらやめたけど、僕への悪口は止まらなかった。宇佐木さん、それ聞いてたのかな。でもそんな長たらしく僕のことなんて話さないよね。僕のことが不快ならもう口にしなければいいのにどうして。
「何のことですか」
「いや、何もない」
四阿 の2面を囲う竹の壁の裏から、あの胡散臭い変な人が現れた。僕が座っていた下からとことことオレンジ色と白の猫が這い出てきて目の前に回ってきた胡散臭い3年の足元に擦り寄る。
「その猫はペットですか」
「野良だの」
太々しい顔をした猫が胡散臭い3年のチェックのスラックスを毛だらけにして僕を睨む。
「どうして僕に絡むんです」
「そうカッカッするでない。何も害意があるわけではないからの」
胡散臭い人は離れて端に腰を下ろす。野良猫は膝に跳び乗った。
「鈴峰先輩のところに行ったらいいじゃないですか」
「なるほど、彼奴が好きか」
「好きとか好きじゃないとかじゃ…」
ムキになってしまう。この人のことを分かろうなんて無理な話だ。
「よく屋上で1人飯を食うているから、行ってみたら会えると思うがの」
顔立ちは綺麗な人だ。少し鋭さがあるけど、甘い顔してる。青みがかった髪も艶やかだけどちょっと固そう。でも性格に難があるな。僕がプリザードじゃなかったら…僕のいないプリザードを最近空想してしまう。そんなことに耽ったってしかたないんだけれど、僕はつい目を惹く生徒がいると思考が切り替わってしまう。プリザードの選考基準だってもうミスコンテストとかミスターコンテストとかに趣旨が変わってきてる。
「そうですか…」
会いたいけれど。プリザードとはいえ僕は遠慮しない高等部入りの生意気な1年。ただのプリザードなら、それを誇って会いに行った。僕の立場ではプリザードは誇れるものじゃなかった。
「何か憂いがある?」
「ありますよ、それは。でもあなたには関係のないことです」
「それはそうだの」
あっさりと肯定されて調子が狂う。この胡散臭い人からプリザードはどう映っているんだろう。
「関係ないって分かってるなら訊かないでください」
「憂いの有無くらいは気になるもんだのぉ。あると答えたのは己であろ」
僕は言い返す言葉がなかった。
「おっ」
突然胡散臭い人は声を上げて、野良猫を抱き抱えると四阿の竹の壁の後ろへ回った。どうしたのかと思って、胡散臭い人が見ていたほうを見る。ちらりとこっちをみた眼鏡の人物。鈴峰先輩だった。どうして胡散臭い人は隠れたんだろう。友達とか言ってなかったか。
「こんにちは」
鈴峰先輩は弁当袋と思われる物を持って四阿の方へ来た。
「こ、こんにちは」
僕は立ち上がってしまった。鈴峰先輩は困った風に笑う。
「髪縛った人、来なかったかな…オレの名前教えたって言ってたから、会ったことあると思うんだけど」
真後ろに居ますよ、とは言えなかった。隠れたってことはそういうことだ。驚かすとか?ドッキリ的な。
「来てません」
「…そっか。ここでご飯、食べてもいいかな」
「ど、どうぞ!」
僕はスペースは十分にあったのに腰を横に移した。
「ここか屋上か、会館の屋根にいるって前に話していたんだけど、いなかったな」
立体を保つ弁当袋のファスナーを開けて、コンビニでよく見る小さなパフェを取り出した。
「この学園にちなんでプリンアラモード、見つけたから買ったんだ。あの人いないから、よかったら食べて」
この学園に因んで?この学園に因むとプリンアラモードなの?僕は不思議なことを言う鈴峰先輩に疑問符を浮かべた。あの胡散臭い人と釣り合うだけの不思議なオーラがあるんだろうか。
「あ…いえ、そんな…わ、悪いです」
「苦手だったかな。…彼も得意か分からないのに、見つけたらつい、ね。よくプリンアラモードの話したからさ」
この学園に因んで?やっぱりよく分からない。その分からなさを少し分かりたくなって、なんだか胸がきゅんとした。
「あ、じゃあ渡しておきますよ」
「え?」
野良猫が喉を鳴らす音が微かに聞こえている。そうだ、その返しは不自然だ。
「じゃ、じゃあもし来たら、渡しておきます。来なかったら、僕がいただきます」
鈴峰先輩はくすりと笑って鼻の下を指で摩った。胸がやっぱりきゅんとした。
「ありがとう。ごめんね、巽くん…だったっけ」
名前を知られていて、そして呼ばれて僕の顔は火照ってしまった。
「僕の名前、知って…るんですね…」
「虎太郎さんから聞いたんだ巽嵐丸くん」
虎太郎さん?
「変な話なんですけど…、鈴峰先輩の名前はお聞きしたのに、その人の名前、実は知らないんです」
「虎太郎さんらしいや。虎太郎さんも勝手にオレの名前教えたんだから、オレも勝手に教えちゃお。あの人は鳥羽虎太郎さん」
楽しそうに教えてくれたけど、視線が落ちて、泳いで、曇った。何かあった?件 の虎太郎さんは後ろで息潜めてるし。
「もしかして、まずかったですか、名前、教えてもらったの…」
まさかそれがもとで喧嘩したとかないよね?
「全然。虎太郎さん、巽くんのこと、害意無さそうって言ってたし。君のこと結構気に入ってるんだと思うな、あれは」
「え゛」
気に入られている感じは全くしない。
「オレの名前って、もう聞いてるんだよね」
「は、い。鈴峰先輩…」
「そう」
鈴峰先輩は藍色の弁当箱を開けた。
「ここにはよくいるの」
「いいえ…たまたま今日だけ」
弁当箱の蓋に埋め込まれた箸箱から白い箸を取り出しながら鈴峰先輩は訊ねた。クラスに居場所がない。いたとしてもよく知らない女子に囲まれるか、他の人たちに悪口や嫌味を言われてしまう。気にするなとは言ってもらえるけどそう上手くはいかない。食堂もやっぱり上級生の目が怖かった。この前カレーうどんをかけられたのが、故意か事故か分からなかったけど、もし故意だったら立ち直れそうにないから。プリザードの"王室"には極力いたくない。図書室行くのも、昨日みたいにまた絡まれるの、嫌だし。
「なかなかいいところだね。外の音が聞こえる」
車の走る音や、バイクの音とか。庶民が肩を張らずに生きている世界。下校したらそこへ帰れて、珍しさなんてないけど。そう高くもないブロック塀に固く閉ざされている。
「いつもは屋上に?」
言ってしまってから、あ、と思った。
「よく知ってるね。あ、虎太郎さんから聞いたんだな」
たくあんを噛む音が聞こえる。
「ちょっと…傷付けちゃったかも知れなくて。虎太郎さんにとっては、昼休みに少し喋るだけの相手だったかも知れないけど、オレは楽しかったから寂しいなって」
虎太郎さんこの人寂しがらせるとか何事。もやもやが胸の奥に生まれる。黒い煙みたいに。あの胡散臭い人の居場所を言いたさと会わせたくなさ、両方がある。すぐ真後ろにいるのに。出てきたらいいだろうに、虎太郎さん。
「じゃあこのプリンアラモードは…」
「仲直りっていうのは都合がいいかな」
「そんなことありませんよ。…大きな喧嘩…だったんですか」
「すごく可愛い女の子と仲良くしてる姿見て、ちょっとだけ嫌だなって思って。ははは、虎太郎さんが女の子にモテるの、悔しかったのかな」
苦し紛れの笑みを浮べる。鈴峰先輩、僕は、鈴峰先輩のことを蔑ろにした虎太郎さんその人を、僕は、許せません。そんな顔させるんだ、あの胡散臭い変人が。
「次会ったら言っておきます!何してるんですかって」
「そんな…みっともないよ、モテない男の僻みなんて」
何かが僕の中ですとんと落ちた。腑に落ちた。
「こんな話に付き合わせて、悪かったね」
弁当箱の蓋を閉じる軽快な音がする。僕もお弁当作るようにしようかな。
-Ave MariYa-
スミちゃんが見つからない。3年の学生簿を漁る。何人いて何クラスあるんだ。このマンモス校に腹が立つ。だからプリザードに価値があるのか。流石に個人情報までは見られず、何かの拍子で配られたらしき蛍光マーカーの引かれた3年の名簿を捲る。苛々しながら気に入っている"王室"の窓際で違う色のマーカーを叩く。
室内には落ち込んでいる縫斗先輩がいた。姉の芽依先輩の元カレが実はホモで、姉は当て馬にされたのだとご立腹だったけど今日は1周巡って落ち込んでいる。これで、俺と嵐丸がどうのこうのと言わなくなれば吉だ。
「ああ…いけないよ、もうボクは寝る…」
頭を抱えていたが立ち上がって俺のほうも向かず、出て行こうとした。
「当て馬にされたのは縫斗先輩じゃなくて芽依先輩でしょ。本人が気にしてないならいいんじゃないですか」
俺は名簿のサ行だけ確認して次、次、と捲り、次のページでそれが昨年度の3年だったことに気付きマーカーも名簿も放り投げた。寝たいのはこっちだ。
「気に入らないものは気に入らない。そこに芽依さんは関係ないよ」
双子ってのはよっぽど片割れが可愛いのか?芽依先輩は確かにかわいいけど。頭痛を抑えるように縫斗先輩はまた頭を抱え、額を押さえ、喉を揉んだら、腹を摩って、腰を労わる。結局どこが痛いのか。
「許せないな、あの男」
「弟が姉の元カレに制裁とか今時はくそダサいですよ。ダサいっていうかイタい」
「違うよ、そっちではなく」
「元カレのカレシ?」
縫斗先輩は背を向けたまま頷いた。
「可哀想な話ですね」
「人の姉の元カレに手を出すからイケナイ」
付き合ってられませんね。口にはせず俺は放り投げた名簿とマーカーを拾う。
「どんな寝取り野郎なんです」
大して興味はないけど。やることが潰れてとにかく暇だ。ありがたいことに優秀な後輩が仕事を終わらせてくれた。
「とにかく地味だったよ。どこにでもいそうな、面白みのない人」
珍しく低い声。縫斗先輩、めちゃくちゃ怒ってるな。
「探すのも大変だ」
確かに。俺たちの机がよく見えるように配置された一番大きい群馬さんの散らかった机に名簿とマーカーを置く。プリザードの役目は人探しじゃないんだけどな。
スミちゃんは見つからず、縫斗先輩の探し人も見つからないまま。嵐丸は恋煩いの相手と進展があったみたいだけど。縫斗先輩は相変わらず負のオーラを漂わせている。犬太は触らぬ神に祟りなしって感じだし、群馬さんは多分、分からないだろうな。嵐丸は今日は俺たちに合わせてプリザード仕様の黒のブレザーを着てきていた。総巡回があるから。プリザードが校内回るの。何のためにかは知らない。品行方正で学園の鑑となるように、周りへの喝というか。そんなんで効くと思ってる?おめでたいな。伝統だから?中身がない。まるで嵐丸みたいだ。嵐丸はプリザードアンチだから。でも俺はこの行事に深く感謝した。巡回中にスミちゃんが俺を見つけてくれるかも知れない。俺はもう、スミちゃんは俺を見つけてくれるって気持ちでいっぱいだった。
前に嵐丸と犬太が横並びで、次に俺、後ろが縫斗先輩と群馬さんが並ぶ。行進みたい。他の奴らが廊下空けて、これは嵐丸、明日からのアンチの当たりが強くなるだろうが、まぁガンバレって気持ち。1年と2年の廊下はテキトーに流す。スミちゃん。3年の人集りの中で目立たないスミちゃんを探す。スミちゃんは俺を探してる?俺はスミちゃんを探す。
―それなのに
この総巡回は、学園の華のプリザードが通るために道を開けなきゃいけない。前を通るなんて言語道断。ここは身分社会で、プリザードはその最高峰。一応高等部入りの嵐丸だって、プリザードならデカい顔していいってワケ。
2人の後頭部の少し奥を白制服が横切った。出てきた反対側の人集りに押し返されて、派手に転ぶ。あ~あ、って思った。やっちまったな、こいつって。目の前の2つの後頭部のひとつが動いた。嵐丸だ。派手に転び、俺たちプリザードの花道を阻む白制服に駆け寄った。お優しいこって。
「鈴峰先輩…」
俺は、初めて興味を持ってその白制服を見た。廊下に転がる眼鏡。チョコレートみたいな赤茶色の毛。
目の前の後頭部がもうひとつ消え、バリッ、という音で俺は我に帰る。
「犬太くん」
嵐丸の非難する声。
「宇佐木?」
群馬さんが呼んだけど、どうでもよかった。
「ちょっとまずいね、これは」
縫斗先輩の言葉とは裏腹に楽しんでる声もどうでもよかった。スミちゃんの眼鏡踏んだ犬太と、列を真っ先に乱した嵐丸を順に叩 く。犬太は痛がったが、嵐丸は俺を睨み付ける。
「スミちゃん」
転んだままの状態のスミちゃんの顎を掴む。スミちゃんに間違いない。
「君は、」
スミちゃんの瞳に俺が映ってる。何年振り?でもスミちゃんは目を細めた。そうだ、眼鏡。犬太の足元でレンズは割れて、フレームは歪んでいる。犬太、碌なことしないね。目が悪いスミちゃんに顔を近付ける。周りのことを忘れていた。忘れていなくてもどうでもよかった。
「ぁっ」
スミちゃんの唇を塞ぐ。周りがざわめいた。柔らかかった。
「待って?待って!」
縫斗先輩が割り込む。俺は襟を掴まれてスミちゃんから離された。俺と同じように顎を掬い上げる。
「君、寝取りくんだな?」
縫斗先輩が問う。俺の手が伸びる前に、細くてガキみたいな手が縫斗先輩のしなやかな色白の手を取る。
「スミちゃんはそんなことしません」
「鈴峰先輩は寝取りなんてしないです」
嵐丸と声が重なって、睨み合う。周りのざわめきが引いている。同時に顔を逸らした。どうやら群馬さんが周りのやつらに撤収するよう合図しているようだった。片手で俺に叩かれてべそかいてる犬太を撫でている。
「……戻るぞ」
周りの連中が少しずつ教室に戻っていって、群馬さんも犬太を連れてこっちに来た。いつも何考えてるのか分からない目がスミちゃんを冷たく見下ろすからさりげなく俺はその視界に割って入ってやった。
「でも、」
「クラスと名前、教えて。君のツラ、きっちり覚えているからね」
スミちゃんは俺ではなく縫斗先輩をじっと見ていて、ちょっとイラっとした。縫斗先輩に。
「こういうことだってあります、もういいじゃないですか」
嵐丸が俺と縫斗先輩からスミちゃんを庇う。お前スミちゃんの何?
-伊我利比女命 -
面白いことになってきているな、と思った。
鈴峰澄晴の姿を見て、蒼褪めて人垣に消えた芽依さんの元カレを見かけてから。薄情なんだ?どうして助けてあげないの?芽依さんを捨てるなんて、見向きもしないなんて許せない。このつまらない男がそんなにいいのかな。助けてあげればいいのに、なんだかんだあの男もつまらないよ、芽依さん。他の人と少し違う面白い人だなんて、作りものだよ。気を引きたいのか目立ちたいのか分からないけれど、プリザードを前にして、逃げただろう?
相容れない宇佐木ちゃんと嵐丸ちゃんが睨み合う。有り得ない話に思えて有り得ない話ではないみたいだ。ボクは自嘲する。このつまらない男が。芽依さんをフッた男といい、こんなつまらない男を、プリザードの2トップが取り合っている。
―あの、眼鏡の地味な3年、分かります?
宇佐木ちゃんの少し照れた姿が可愛いと思った。まさか探している相手が、こんな何もない貧相な男とは思わず。恋に惚ける嵐丸ちゃんの小さな頭の中を占めていたのがこんな野暮ったい男とは思わず。未練がましいあの男の眼差しも許せない。それとも何、キスやセックスが上手いとか?
「鈴峰先輩、歩けますか?」
嵐丸ちゃんが鈴峰澄晴の身体を支える。ボクは歪んだフレームを拾って、その地味な顔面に掛けてあげることにした。
「よく似合っているよ」
レンズは割れている。フレームもまた耳に掛けると目元から大きく外れた位置にレンズを嵌める部分がくる。
「…ありがとうございます」
戸惑いながら、そいつは笑う。つまらない。怒って喚けばいいのに。泣けばいいのに。
「気安く触んな」
嵐丸ちゃんを押し退け宇佐木ちゃんが鈴峰澄晴との間に入った。その光景に頭痛がする。分からない。
「……縫斗」
「ああ、大丈夫だよ。戻ろうか」
やっていられないよ。隣に来た群馬くんとその脚にしがみついて鈴峰澄晴を睨み付ける犬ちゃん。"王室"へ戻ろうとするけれど、群馬くんは動かない。
「……嵐丸、…宇佐木、戻る、ぞ」
「ええ~、あいつには何のおトガめもないのぉ~!」
犬ちゃんが騒ぐ。そうだよね。そうだよ。だってボクら、プリザードだよ?その行く手を阻んだ。何のお咎めも無しなわけ、ないだろう?それだけではなく、芽依さんのお気に入りのお人形を奪ったのだから。
「……ここは生徒の廊下、だ。……プリザード専用の廊下など…ない」
と、群馬くんは言うけどきちんと総巡回というひとつの行事をこなせなかったこと、とても気にしているよね?消化不良だ。それはボクも。
「でも、」
「嵐丸、行けよ」
その男がそこまでいいのかな。分からないよ。
「…では鈴峰先輩、また、後ほど」
嵐丸ちゃんは物分かりがいいから戻ってきた時に頭を撫でてあげた。嵐丸ちゃんはなんだ?って顔をしていたけれど、ボクの機嫌だね。
「宇佐木ちゃん」
「数年ぶりの再会なんですよ。大目に見てくれません?」
ボクと嵐丸ちゃんは群馬くんを見上げた。
「……例外は認めない」
ガキだと思う。多分宇佐木ちゃんは自分で思っているよりずっとガキ。鈴峰澄晴のほうから宇佐木ちゃんから離れて行った。その様を自分できちんと見るべきだ。宇佐木ちゃんは舌打ちして戻ってきた。群馬くんは大変だな。
"王室"に戻って群馬くんは宇佐木ちゃんを殴った。暴力は反対だったけれど、仕方ないなと思った、今日は。げんきんかな。でも宇佐木ちゃんはすぐに指示に従わなかったから。
「群馬さん、あなたが縫斗先輩と並んで最年長なのは分かりますが、誰がプリザードの長だなんて決めたんです?」
頬を押さえることもなく宇佐木ちゃんは群馬くんを睨み上げるけれど、群馬くんは何も言わずにいつもの席に着いた。群馬くんが全部、仕事割り振って行事のあれこれ大まかに決めて、喋るの苦手だというのに他の部活や委員会に掛け合って、駆けずり回っていたことを知らないのならそれは、それを近くで見ていたボクが彼等を甘やかしたんだな。群馬くんは黙って事務作業に入ってしまった。文化祭は近隣住民の理解とか、素人が飲食物提供するわけにいかないから講師を呼んだりしなければいけないわけで。
「質問に答えてくださいよ」
「……誰も決めていない」
プリザードが壊れていきそうだ。5人でそれなりに上手くやってきたつもりなのだけれど。あの男のせいだ。鈴峰澄晴。
「2人とも、落ち着いて…」
「真っ先に出て行ったお前は黙ってろ」
犬ちゃんは我関せずという様子で、事務椅子に座ってくるくると回っている。君も宇佐木ちゃんに殴られていたからね。
「その件については申し訳ありませんでした。でもここでお2人が喧嘩したって…仕方ないじゃないですか!」
嵐丸ちゃんは偉いな。陰口だの反発だのは多いけれど君こそプリザードのあるべき姿だと思うよ。
「暴力で解決するべき話じゃないです。宇佐木さんもちゃんと譲歩してください」
「はいはい、イイコちゃん。素晴らしい演説だケド、"少年の主張"は中学3年生までだから」
拍手をして宇佐木ちゃんはまともに取り合わない。
「いい子とかいい子じゃないとか、そんなのどうだって…でもプリザードになった以上、ちゃんと、しないと……投票してくれた人だって…」
「そんなだから小生意気だって陰口叩かれるんだろ。高等部入りが負い目なら媚びへつらってりゃいいんだよ」
「………いい加減にしろ、宇佐木。嵐丸は、間違ってなかった…殴って悪かった…な」
宇佐木ちゃんみたいなタイプは、素直に謝られるのも神経逆撫でるから厄介だと思うよ。とても。何はともあれ、あれが悪い。あの男が。
「体 良く押し付けられた雑用なんてやってられっかよ」
宇佐木ちゃんが脇を通って、意外と優しい香りが遅れて鼻を掠める。犬ちゃんの呆れた溜息が聞こえた。その隣でじっと一点を見つめていた嵐丸ちゃんの頬が光った。
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