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第6話 

-薮蛇苺の伏龍- 「……大丈夫か」 「すみません」  丑沢先輩がカーテンを開けて様子を見にきた。僕は鼻にティッシュを詰められて、保健室のベッドで横になっていた。 「…気にするな。災難、だったな」 「すみません。気持ちの整理がまだつかないので。プリザードの方には暫く行きません」  普段多くを語らない丑沢先輩は何て言うだろう。怒るだろうか。ふざけるなと。プリザードの務めを果たせと。そう言われたって、もう心算(こころづもり)は決まっている。 「……律儀だな。…宇佐木は、何も言わないでも、来ないぞ」  丑沢先輩は無愛想な中に小さく笑みを浮かべた。表立って了承はしない。でもありがたかった。プリザードで頼れる人は丑沢先輩しかいないから。 「わざわざありがとうございました。もう大丈夫です」 「………お大事に」  丑沢先輩がカーテンの外に消えていって、扉が閉まるまでを起き上がって聞いていた。"王室"で眠ったつもりで気を失ってしまった僕を縫斗先輩が発見したらしく、丑沢先輩に抱えられて保健室に運ばれたらしい。丑沢先輩は休みのたびに様子を見に来てくれた。プリザードを辞められないとしたら、丑沢先輩への申し訳なさだと思う。 「うっ、ぐふっ…うぅ…」  さっきから隣のベッドから、ただならない音や声が聞こえて、心配になってしまう。呻いたり、啜り泣くような。それでいて嘔吐している。保健室の先生今いないって丑沢先輩言ってたし、時折なんか暇な先生が見に来るらしいけど。隣の人重病ならまずいんじゃないの。 「大丈夫ですか?」  僕のベッドはカーテンで囲まれているから、隣の人は僕の姿が見えない。僕からも。 「うっ…ッひっ…」  返事出来ないとなると本当にまずい状況だと思って、僕はカーテンを開けた。啜り泣くような引き笑いのような声が漏れているベッドもカーテンで囲われ、僕は覗き込む。 「だ、誰…っ」  鈴峰先輩だった。ベッドを蹴って、逃げようとする。枕やシーツが吐瀉物で汚れていた。 「先輩…」  苦しそうに息をして鈴峰先輩は僕を怯えた目で見ていた。何かあった? 「あッ…巽くん…」 「大丈夫、ですか?」  僕は身体を傾けて僕が独り占めしていたティッシュボックスを差し出す。先輩の声は、喉が潰れたみたいに嗄れていた。 「あり…がとう…」  鈴峰先輩はティッシュを取って、手や顔を拭いた。 「あ、い、いいよ!自分でやる、から…」  枕やシーツに付着した吐瀉物を拭こうとして止められる。でも僕はやめなかった。枕カバーを外し、シーツを外していく。 「僕もう大丈夫なんで、隣、よかったら使ってください」  他のベッドはサボタージュの防止で保健室の先生の許可が下りないと布団と枕がない。 「…巽くんは、どうしたの…?」 「鼻血です。えーっと、転んじゃって」  殴られて昏倒したなんて物騒なことは言えなかった。 「そう…大丈夫なのかい?」 「はい。もう元気です」  立ち上がって少しまだふらふらとはしたけど大丈夫。 「先輩は?…大丈夫ですか。風邪?」 「…ちょっと、お腹痛くて…昨日食べ過ぎちゃったかな…?」 「それは大変です。じゃあシーツと枕カバー、適当に洗濯しておくので、休んでください」  保健室の隅にある洗濯機の使い方は知っている。洗剤の場所も。入学早々鼻血で体操着汚したことがあるから。 「でも、まだ巽くんだって…オレはもう落ち着いたし…」 「どう見たって先輩のほうが寝ているべきですよ。気にせず」  鈴峰先輩はふらふらと僕の使っていたベッドへ移る。倒れ込むように寝るものだからびっくりしてしまった。剥がしたシーツや枕カバーを纏めようとしてシャツを掴まれる。 「半々でどう、かな」 「狭くないですか」 「オレは横になれればいいから」  狭くはないが広くもない。馬鹿高い学費を払っているだけあってベッドも1.5人分くらいの広さだ。でも男2人で横になるには微妙な広さ。 「落ちないでくださいね」 「巽くんだって」  鈴峰先輩は横を向いて僕に背を向ける。震えていた。寒いのかな。 「寒いですか?」 「ううん…、ちょっと、お腹が痛いだけ」  背を丸める鈴峰先輩の背中を見ながら僕はぎりぎりまでベッドの淵にいた。 「もっと寄って大丈夫だよ。狭いでしょ?」 「はい、すみません」  鈴峰先輩の喋り方が少し変だった。肩だけでなく声も震えている。そんなつらいのだろうか。なんだかキュッと胸が痛んで、鈴峰先輩の腹に手を回してしまった。 「…っ、巽くん?」  びっくりしたようで大きく揺れた。そういえばこのベッド耐荷重大丈夫かなとか別なこと思っていた。 「先輩体重どれくらいあります?」 「61キロくらいかな」  大体100kgから110kgまでは大体のベッドって大丈夫だと思う。でも僕が49kgだから110kg前後だ。多分、大丈夫、多分。 鈴峰先輩の腹に手を当て、ゆっくり撫でながらそんなことを考えていた。 「巽くん?どうしたの…?」 「ああ、いいえ。すみません。つい」  手を離そうとしたが鈴峰先輩の手が上から乗った。 「巽くん」 「は、はい」 「この前は、ごめんね」 「この前?」  何のことだか思い出して、多分僕は宇佐木さんに殴られて記憶も一緒に飛んだのだと思う。そうだ、僕は鈴峰先輩に告白してしまっていた。 「あ!ああ、はい。いや…僕のほうこそ」 「ありがとう」  意味伝わってないんだろうなと思ったけど、でもそうして今ここに至っているならありかなと思う。 「酷い態度をとったなって、分かった」 「いや…本当に気になさらず!」  顔が見えなくてよかったと思う。ちょっと怖い。鈴峰先輩の腹を撫で摩り、あの変な人のことを考えていた。 「巽くんは、宇佐木くんとは仲良いの?」 「宇佐木さんですか?宇佐木さんとは…仲良くないと思います。知り合いなんですよね?」 「うん…まぁ。じゃあ、乾さんは?」  掠れた声で、消え入りそうに訊ねられた。そういえば縫斗先輩、鈴峰先輩にいちゃもんつけてたな。 「仲良くないんじゃないかな。良くはしてくれますけどね。あくまで先輩後輩って関係です…もしかして2人に何か言われました?」  鈴峰先輩は答えなかった。 「かなり自分本位な2人なので、何か言われてもあまり気になさらず」 「うん、ありがとう」  僕の手に重ねられていた鈴峰先輩の手が落ちた。僕の手がイカレていたと思ったけど、やっぱり鈴峰先輩の手が震えていたのだとはっきりと分かった。 「何か、あったんですか」  寝たのかな。鈴峰先輩は何も言わなかった。具合が悪いようだし仕方がない。 「…なんにもない」  眠そうで僕は黙った。動こうにも僕の鈴峰先輩の腹に回した手は先輩の腕の下だ。動いて起こすのが躊躇われて、僕も段々と眠りこけてしまった。 - Tigar and CDD- 「ボキゃ忙しいんじゃ…」  芽依に取っ捕って、腕を引かれる。ボキが地域に開放しとる図書館の児童コーナーの読み聞かせ広場で絵本でも読もうかと思うていた時だった。 「ね、ね、可愛いだよ」 「はぁ?」  保健室に連れて行かれて何されるのかと身の危険を感じておったが、芽依は唇に指を立てて、静かにしろと合図してきよった。芽依はカーテンをそっと開ける。見ろと促された。ボキは芽依に顔を顰めた。芽依は相変わらずふんぞり返っておる。悪趣味だとは思うていたが、覗いたカーテンの先には鈴峰と少年が同じ方向を向いて並んで寝ておった。少年が鈴峰の腹を抱いている。動物の多頭飼いみたいだった。 「ね?」 「ね?じゃない。寝かせとき。悪趣味め」  カーテンを閉めて当初の目的の図書館へ向かう。図書室もあるが図書室はほぼ勉強している奴等の場所で静かすぎて居心地が悪い。しかし、悶々とする。少年が鈴峰とそこまで近くなっているとは。悶々とするが、同時に何か、軽くなった。少年は純真で、ボキには意地っ張りだが素直だからの。鈴峰は、少年とくっつくのがボキはいい。何かまとわりつく不快感と、あの少年の姿が焼き付く。「ねずみさんとヘビさん」の絵本を開いて、なんだか過食の後の胃もたれみたいな感覚があった。いや、これは過食後の胃もたれなのでは?と思わんでもないが、ボキは1日1食少量しか摂らないから過食とは思えんが…。読み聞かせ広場の児童の好奇の目に晒されながらボキはあれこれと絵本を手に取る。だってやることがない。屋上で木彫りの熊でも仕上げるか。最近そういう気になれない。単純作業はくだらんことを考えてしまう。開いた絵本になかなか集中できずにいた。目の前を、高等部の制服が通った。少年より小さい姿。愛くるしい顔と赤茶けた髪。猿渡(さわたり)犬太(けんた)だ。小学校高学年くらいの容姿がやたらと人気でクラスでも騒がしいらしい。大きな目が挑戦的にボキを見た。噂で聞く。プリザード以外を見下す傾向にあると。なるほどの。プリザードとそうでない生徒、世間的にはプリザードの5文字を背負っているかいないかの差で大したことでない。この3年で妙な気位を持つと後が悲惨な感もある。 「犬ちゃん、面白いものを見つけたよ」  芽依にそっくりな男が読み聞かせ広場の前を通って猿渡を迎える。意外と仲が良いのか。子供嫌いそうで自分大好きそうな2人だが、案外合うのか。 「縫斗せんぱい、ほんとぉ?」  猿渡は芽依の弟に抱き付く。それを読み聞かせ広場の前でやる必要は?猿渡がボキを見て、芽依の弟もボキを見た。猿渡は蔑みを向けたが芽依の弟はボキに親しみを込めたような笑みを向けた。芽依はそんな淑やかには笑わんからほぼほぼ同じ顔で、なんだか変な心地がした。 「ほら、行こうか」 「うん!」  ほんの一瞬のことで、錯覚だとも思う。なにせ芽依とは腐れ縁だが弟とは喋ったことがない。芽依と入れ替わるなどとアホなこともしておるようだが、嫌でも芽依と弟の判別が出来てしまう。芽依はよく上を見て考えるが弟は伏せ目がちになる。芽依の弟と猿渡の会話が遠くなっていく。保健室がどうとか言っていた。あの2人の甘ったるい時間も終わりを告げるのか。 -伊我利比女命(いがりひめのみこと)-  芽依さんを追うつもりが、とんだ棚ぼただった。保健室からお人形さんが出ていって、麗しい芽依さんがその後を追おうとして、結局違う方向に行ってしまって、ボクは保健室で2人が何してたのか、知りたくなかったし知ってはいけないと思ったけれど、保健室を覗いてしまった。ベッドがカーテンだ囲まれていること以外特に何もにい。まさか芽依さん、怪我したのか。それともお気に入りのお人形さん?そういえば嵐丸ちゃんが保健室運ばれたけど大丈夫なのかな。嵐丸ちゃんの様子見がてらカーテンを覗き込む。あーあ、って思った。色々と終わったな、って思った。嵐丸ちゃんと泥棒猫が仲睦まじく寄り添って寝ていた。複雑な四角形?それとも大雑把な六角形?嫌だな、こんなへんな関係。いつも図書館で寝ている(けん)ちゃんを呼びに行く。総巡回の一件で、あの泥棒猫を逆恨みしているから。巻き込ませてもらおうか。  保健室に戻ってきて、犬ちゃんは事務用のソファに寝転がる。ボクは嵐丸ちゃんをどうしようか考えていた。縛り上げる?見ててもらう?あまりシュミじゃないかな、プリザードでいえば身内だし。 「縫斗せんぱい?」 「そうだね、無理矢理連れ出そうか」  ぺちんと泥棒猫の頬を叩く。もぞもぞと動いて、数秒後に目が開く。ボクを見て、一気に覚めたようだった。嵐丸ちゃんも起きちゃうかな。 「おいで、遊んであげる」  目を開いたまま、虚ろになった。首を振る。拒否権はないよ。 「ほら、起きて」  またぺちんと頬を叩いた。 「嫌だ…嫌、やめて、お願い…」  ボクは嵐丸ちゃんを一瞥した。まだ寝ている。宇佐木ちゃんに殴られて、可哀想に。これも泥棒猫のせいなのに、嵐丸ちゃんは騙されてしまったんだね、あのお人形さんみたいに。 「随分と仲良いみたいだね。誰のせいで保健室送りになってるのかも知らないのかな?」  泥棒猫はゆっくりと起き上がった。嵐丸ちゃんの腕が泥棒猫の腹部から落ちて、嵐丸ちゃんの瞳が眠そうに開く。 「鈴峰先輩…?」  可愛らしくふにゃふにゃと口を動かして嵐丸ちゃんも起き上がる。 「縫斗先輩…どうしたんですか」 「ちょっとこの人と話したいことがあるのだけれど」 「鈴峰先輩…?」 「ない…ない…。何も話すことなんて…」  嵐丸ちゃんはボクを不審げに見る。 「あるよ…。嵐丸、ちょっと借りていくから」 「え、でも、鈴峰先輩、あまり体調が良くないみたいで、」  嵐丸ちゃん、何?どうしたのかな。ボクに刃向かう?かわいい顔がどうなってもいいの?殴ろうか。宇佐木ちゃんみたいに一発KOできるか分からないけれど。多分一発KOだったと思う。人を殴ったことはないから加減は分からない。 「そうだよね。…どうする?嵐丸ちゃんはああ言ってるけれど、体調悪い?」  嵐丸ちゃんは事情を知らないでしょう?泥棒猫本人に問うしかないな。泥棒猫に返答を求めればこくりこくり頷いた。もしかして嵐丸ちゃんと結託してる?そんなわけないよね? 「また体調が良くなったらではいけませんか」  嵐丸ちゃんはかわいいな。 「ボクはそれでも構わないけれど…君はそれで構わないのかな。後悔しない?後に回したら長くなりそうだ」  俯いて顔真っ白くして困ってる姿、いいな。可哀想に。お人形さんのこと奪るからいけない。 「あああああ!もぉ!お前さぁ、この人誰だか分かってるぅ?プリザードなの。その人から呼び出されてんの、分かんないかなぁ?」  ソファで寝転がっていた犬ちゃんがとうとう待ち草臥れたのか、足音を響かせてそっと開いていたカーテンを豪快に開け放つ。 「犬太くん、なんて口を利くの」 「嵐丸もさぁ、いい子ぶんのやめたらぁ?お高く止まって見えるよぉ」  嵐丸ちゃんは思いっきり不愉快な顔をした。 「縫斗せんぱい、そいつ連れて行ってぇ。犬太がお嵐ちゃん片付けるから!」  犬ちゃんは武闘派だからね。宇佐木ちゃんもだけれど。困るな。嵐丸ちゃんは今日殴られて倒れてしまったばかりだからね。 「あまり派手にやってはいけないよ」 「ちょっと、縫斗先輩?」 「ほら、早く来なさい。勘違いしてはいけないよ、上下関係を」  嵐丸ちゃんの抗議は聞こえない。泥棒猫の頬をぺちんと今度は強めに叩く。まぁ、ビンタだから? 「あ゛、ッぐっ、ぅ」 「巽くっ…」  首絞められて殴られている嵐丸ちゃんと比べたら、痛くないでしょ?嵐丸ちゃんを気にする泥棒猫の手首を固く掴んで連れて行く。どこがいいかな、また水泳部の部室? 「…巽くんは…」 「あっはは、誰の所為だと思って訊いているのかな?誰が二つ返事でついてこなかったのかな?誰が嵐丸ちゃんに庇ってもらったのかな?誰がボクたちのヘイト買ってしまったのかな?」  うん?と首を傾げて泥棒猫を覗き込む。 「…ご、めん…で、でも、巽くん…」  泥棒猫の足が止まってしきりに保健室を気にする。武闘派だからね、本当に。 「あのお人形さんはもういいの?それなら姉に返してくれないかな。…酷いよね。姉のお人形さんをキズモノにして。若いしかわいいし誠実だし、嵐丸のほうがヨかったのかな」  言っていてボクがカッとなってしまった。嵐丸ちゃんが可哀想だ。純情を弄んで。宇佐木ちゃんは少し薄汚れてるから懲りたほうがいいけれど。芽依さんのお人形を奪ったのも、嵐丸ちゃんに鞍替えしているのも気に入らない。 「た、巽くんは…そんなのじゃ…それに…」 「どうだか。君みたいな居るのだか居ないのだか分からない地味な男がプリザードに囲われているのだから、少しは光栄に思うといいよ」 「そんな………」  悲しめ。泣け。お人形を奪られた芽依さんのほうがずっとずっと悲しいんだから。お気に入りのお人形を奪られたら、その先で捨てられてしまったんだから! -Ave MariYa- 「また説教ですか」  群馬さんは真面目な人にだから。面倒臭い。嵐丸を殴ったことだろ。 「……暫く来ないそうだ」  無愛想な顔が俺を責めるように見る。 「へぇ。あいつ、もともとプリザードそんな気に入ってなかったみたいですし、いいんじゃないですか。高等部入りだ、ぶりっ子だって陰口叩かれまくりでしたし。そういう意味ではプリザードが大事(だぁいじ)大事(だぁいじ)にしてる品位ってヤツを損ねるんでしょう」  怒るか?群馬さんは嵐丸贔屓だから。仕方ない、群馬さんも優等生側の人で、俺や縫斗さん、犬太みたいに女子人気でプリザード入りしたわけじゃない。 「……そうだな」  怒るかと思ったが群馬さんは肯定した。 「…だが、……嵐丸ではないな」  それだけ言って群馬さんは黙り、ステープラーで何か留める音が室内に響いた。一発殴ってすぐ倒れるような貧弱を、どうしてそう庇うの。同族嫌悪じゃなくて、同族愛好なの?素直で礼儀正しくて真面目で、同じ優等生側の群馬さんには可愛い弟に映るんだろな。犬太は悪知恵は働くだろうけど馬鹿だから。それでその嵐丸がプリザードをサボると公言したわけで。八つ当たりしてんの?やってられるか。俺は"王室"を出た。くだらない。スミちゃん迎えに行こうと保健室に向かう。 「鞠也せんぱい!」  犬太とすれ違って、挨拶された。やたらと楽しそうだ。呑気で羨ましい。シャツの襟が赤かったけど口紅?保健室を覗いて、スミちゃんを乗せたベッドには誰もいなかった。隣のベッドは使用中で、日差しが眩しくて隣に移ったのかと思った。カーテンを開ける。嵐丸が血塗れになってふぅーふぅー息してた。俺ここまでボコってないんだけど。確か一発で沈めたはず。鼻血ドバドバで片目潰れてるのか目元引き攣ってるし顔中痣だらけ。これはプリザード下されるでしょ。明日には腫れるだろうし。ちょっとこれまずいんじゃないの。 「生きてる?」  嵐丸はずっとふぅふぅ息してる。これマジでヤバいやつじゃないの。誰か呼んでくるか? 「がふっ」  嵐丸は天井を見て虚ろな顔をしていたけど、横向き出して、掌に血を吐きだした。は?病気?嵐丸死ぬのか?下向いたまま固まっている。 「おい」 「ずびばぜっ、…ッ、う、鼻血逆流しちゃって」  鼻を押さえて上半身を起こす。枕を汚したことにショックを受けているようだった。首に絞められた痣が見える。結構ハードないじめ受けてんの? 「俺、一発でケリつけなかった?」 「これはちょっと、野暮用です」  首を押さえながしゃっくりするように喋る。思ったより平然としている。隣のベッドに置かれた箱ティッシュを顎まで真っ赤に汚してるから投げてやれば、大したこともなさげに礼を言われた。 「そんなひでぇいじめ受けてんの?」 「いえ、それとはまた別件で」  片目が半開きで目元を引攣らせて血で汚れた枕カバーとシーツを剥がしてる。っつーかスミちゃんいないのかよ。 「あ、そ。ビックリさせるなっつーの。じゃあな」  こいつには訊きたくなくて、おれは保健室から出て行った。まさかスミちゃんがボコにした?スミちゃんは優しい人だ。いくら小賢(こざか)しい嵐丸でもあそこまでタコ殴りにはしないだろ。スミちゃん教室戻っちゃったかな。クラス訊くの忘れてたな。訊ける状態でもなかった。スミちゃんは誰かに犯されたようだったし。嵐丸?嘘だろ。だがあの傷は?報復と捉えられないか?2人は保健室にいた。可能性が高まってしまう。カッとなって足が保健室へ戻る。俺のスミちゃんを傷付けた!純情なフリをしたケダモノめ! 「忘れ物ですか?」 「歯ァ食い縛れ!」 「え?」  シーツと枕カバーを抱えた嵐丸に拳を振り上げる。歯など食い縛らせる時間は与えず俺の拳はにちゃりと濡れた感触がした。怒りは治まらない。シーツと枕カバーが床に落ちて、またあの貧弱そうな身体は床に倒れる。鼻息を1、2度荒くして、そのたびに鼻血が床に飛んだ。また一発KOか。でもスミちゃんが受けた心の傷はこんなもんじゃない。 「立てよ」  胸倉を鷲掴む。左右両方の鼻から一度は止まった鼻血が吹き出て、口の端も切れてるから口内が真っ赤だった。 「ッ、…なん、ですか、」  半開きの目から涙が出ていた。痙攣していて、これさっさと眼科行った方がいいやつだと他人事ながら思った。 「何回言わすの。スミちゃんに近付くな」  もう一発軽く入れようか?入れまいか。 「…何してる」  群馬さんだ。なんで?あ、そうか。この過保護な先輩は保健室送りの可愛い弟代わりの面倒看てるつもりなんだ。俺の顔に拳が入った。

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