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第3話 好みの男

『貴方のことを見ていたら』  そう男は呟いて、じっとこっちを見つめる。反応してた。勃起、してる。  酔っ払っていた。それこそ眼鏡をなくすくらいに酔っているから、ちょっと分別がつかなくなってる。常識と非常識のボーダーラインがとてもあやふやな状況にきっとなってる。 「あ、あのっ」  だから、少しくらいおかしなテンションだって、今なら、オッケー、だろ? 「これって……やっぱり」  ゾクゾクとヤバいものが込み上げてくる。  綺麗な顔をしてた。外でぶつかられた時はクソ真面目なシチサンリーマンってだけだったけど、電気が煌々と部屋を照らす中で見たら、整った顔をしていた。それと。 「普通に反応してんじゃん」  それと、良い身体をしてた。 「あ、の……じゃ、じゃあ」 「女に反応しなかったんだっけ?」  コクンと頷くと普段は横にびっちり分けてるんだろう、濡れた髪が重たげに、この男の黒い瞳を隠した。 「……へぇ、けど、ちゃんと今、勃起してる」 「は、はい」  逞しい身体。俺、ガチムチは苦手なんだ。スラッとした筋肉質な身体がいい。腹筋はバキバキじゃなく、でも割れていると嬉しい。騎乗位ン時に自分のペニスから零れた先走りで汚してみたくなる。 「ど、同性愛者、なんでしょうか」  手も骨っぽくていい。 「さぁ……かもな」 「ででででも! あの、貴方が綺麗な人だから、かもしれない! その、女性と言っても、お仕事でそう言うことをしている方に頼んだので緊張してたのもありますし」 「相手がプロならそれこそ勃起するだろ。ちっともだったわけ?」  ちっとも、だったらしい。ほんの少しも無理でお仕事で相手をしてもらっているのに申し訳ない気持ちになったと、俺好みの低い声がボソリと告げる。 「でも、貴方の、その、貴方のことを見てたら、あと、ラブ……ホテル、だと、わかったら、なんというか、えっと」  きっとこの声に耳元で意地の悪いことを囁かれたら、最高だと思えた。 「その……」 「ラブホで、今さっきゲロかけた男とふたりっきりっていうのに、興奮した?」 「違っ! 嘔吐はっ、うわあああっ!」  顔、すげぇ真っ赤。うろたえて、動揺して、わなわなしてる口元だけで、こういうのが不慣れだってわかる。けど、美味そうだと思った。 「違う? こんなガチガチに完勃ちさせておいて」 「うひゃあああ! こ、これは、貴方がとても綺麗な人で、その」  下着の中で窮屈そうにしてたそれを布越しに撫でると、ただそれだけでムクムクと育ってでかくなったのがわかった。 「そのおおおっ」  先端が太くて、くびれて、きっと気持ちイイだろう反り方をした、美味そうなペニスって思った。  これは両者利害一致でいいんじゃね? 言い出したのは向こう。セックスしたくて、中に硬いのを咥えたかったのは、俺。  ほら、合致、だろ? 「俺が? 綺麗? 嬉しいこと、言ってくれんだな」  身体も声も、整った顔も好みだったし。それに、別に、俺は、セックスは愛情がないとしちゃいけません、なんて高尚なことを掲げる気は元からない。 「こんな普通にネコをやるには可愛げのない俺みたいなの」 「ネ……コ……? ぇ、だって、貴方は人」 「ネコっていうのは男同士のセックスで抱かれるほうのことを言うんだよ」 「あ、えっ……」 「そ、俺、抱かれる側で、あんたが」  抱く側、そう囁いただけで瞳の奥の光が強くなった気がした。 「ありがと。綺麗とか言ってくれて」  猫とネコも区別がつかない超初心者を食ってしまうのは多少気がひける、気がしなくもないけど。でも、もうこっちも、スイッチ入った後だ。 「嬉しかったから、お礼……ン、ん」  口にしたら、舌の上でまたでかくなった。 「貴方は、だって、本当に、とても美人だと」 「ン、ふっ……ん」  そして、舌に自分から擦り付けて、人の口の中で暴れたいとビクビク跳ねるペニスに、ヤバイくらいに煽られる。  これなら、おっかなびっくりで戸惑ってばかりの童貞だろうが、まぁいいかな。そう思ったのに。 「ん、あ、ふっ……ン」  初フェラ、しかも同性からのフェラに本当はノンケかもしれない真面目君はどんな顔をするだろうかと見上げた。うろたえて真っ赤になってるって思っていたのに、そいつは射抜くように見つめてた。それがたまらなくセクシーだった。  さっきまでのしどろもどろはどこにいったんだよ。  男にフェラを許すその男は完全に雄の顔をしている。雄の発情した顔。 「……気持ちイイ」  食ってしまおうって思ったんだ。初物をいただくなんて、最近じゃなかったから、悪いけど、食って自分を満たしてしまおうって。 「ん、ンンン」  跪いてフェラを楽しんでいた俺の口から自身のペニスをズルリと引き抜き、そして、もっとと欲しがる唇にそいつがキスをした。 「……ン」  唇が触れて、そしてペニスの代わりに舌が舌を撫で擦る。 「ンくっ……ン、ん」  舌がしゃぶられて、きつく窄めた唇で扱くように愛撫され痺れる舌を指が嬲る。そして散々指を咥えさせられて唾液が零れるほど溢れてきたら、また口付けられて、呼吸ごと全部飲み込まれた。 「……ぁ」  たっぷりと濡れて濃密なキスだった。 「ンっ」 「貴方の唇、すごく気持ちイイ」  なんだ、この男。 「もう一度キス、してもいいですか? その、確かめる、から」 「ぁ……」  男のフェラにも萎えず、こんなエロくて濃いキスをほどこしておいて、そこ、ガチガチに硬くさせておいて、何を確かめるっつうんだ。 「あっ……ン」 「乳首、好き?」 「ン、好きっ、もっと、きつく吸って欲しい、ぁ、もっと、ぁ、あああっ」  痛いくらいに吸われて、今度は甘やかすように舌に撫でられて、ペニスの先端がとろりと濡れたのがじぶんでもわかった。 「すごい」 「あ、ンっ……ぁ、あっ」  左右交互にちゃんと可愛がるそいつの頭を掻き乱すように抱き締めて、自分からも乳首をいじめるように男の歯に押し付けた。 「ぁ、んんんっ」  気持ち良くて、ジンジンしてくる。 「どう? 男の乳首を舐めた感想は」  つまらない? それとも。 「興奮、した」 「マジで? じゃあ、ぁ、ちょっ……ン、ぁ」  飢えた動物みたいに男の乳首に貪りつく、そいつが可愛くて、頭を抱いて、濡れた髪に指先を絡めて撫でてやった。それが心地いいのか、たんまりと乳首ばかりをいじられて摘まれ、噛まれて吸われて、甘い声が止まらない。 「あっ……ちょっ! おいっ」 「?」 「キスマークつけただろっ」 「あ、ダメ?」  そんなの知ってるわけないか。何せ、初めてなんだから。 「フツーはな。けど、いいよ、別に」  今はもう、とっかえひっかえで色んな男とするわけじゃないから、セックスの痕跡が別日に影響するかもなんてこと気にしなくていいし。 「仕事着で隠れる場所だし、それより。……なぁ」  声をかけると濡れた髪の隙間からこっちを真っ直ぐに見つめる黒い瞳。 「もっと、しっかり、確かめれば?」 「……」 「あんたが、どこまでしたら萎えるのか、ちゃんと確かめておけば?」  その視線がセクシーで、久しぶりのキスマークにもさ、ひどく興奮したんだ。

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