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第4話 ネコはご馳走をむさぼった
「柔らかい」
そいつは男の中の感触に少し驚いて、でも、手を引っ込めることもなく尻を割り開くと指を入れる。
「ぁっ……ン」
「痛い?」
「ン……へ、き」
ぬちゅくちゅと、部屋にセットされてあった一回分ずつになっているローションを指で中に塗りこめていく。
「あぁぁっ」
中を擦られて思わず声を上げて喘げば、また痛いかと尋ねてくる。痛いわけねぇじゃん。頭がショートしそうなくらいに気持ちイイ。
「……ンっぁっ、そこ前立腺っつうの」
「ぜんりつ……」
「男が気持ち良くなれるとこ。そこ、好き」
自分の手の甲を甘噛みしながら、押し寄せる快楽の波に流されないように堪えてる。後ろに指入れて自分でするのとは全然違う快楽。長い指に好きにされる興奮に腰が勝手に揺れて、ベッドの上で身体がくねる。
「ン、んっ……ぁっ」
シーツを握り締めながら、切なさの増す身体の奥に身悶えて。
「大丈夫? 手、あまり、噛まないほうが」
「ンぁ、だって」
「きつそう。平気?」
久しぶりの心地に疼く身体が熱くてしんどい。
「ん」
汗で濡れて額に張り付いた髪を指が掻き分けてくれるだけでも、甘い声が零れるくらい、身体が火照ってる。
「……ぁ」
欲しくて、たまらなくなる。
「そっちこそ、平気? 男の喘ぎ声とかさ。指どこに突っ込んでんだとか我に返ったり」
「平気、じゃない」
「……」
「頭、おかしくなりそうだ、こんな」
俺が欲しいのは、ネコにしか味わえない快楽。
「いいよ、もう」
欲しいのは、身体の奥、今、疼いて仕方ない場所をどろどろにしてくれるような激しいセックス。
「ゴムの着け方わかる? ここに着けるの」
あんたは? 欲しい?
「ぁ、えっと」
「待って」
握っただけで暴発しそうなくらいガチガチに硬くなってた。先端にゴムを被せると美麗な眉を歪ませてその喉元に力を込める。
「はい。これで大丈夫」
「ぁ」
そして、ペニスの側にもローションの残りを塗りつけた。ただ握って掌で濡らしてあげただけで、苦しそうな顔なんてされたらたまらなくなる。欲しがられることに悦びが増して、今度は俺が喉を鳴らした。
「ここ、それ、挿れて」
「ぁ」
「ここ、わかる?」
自分で孔の口を指で撫でて、広げた。股を開いて、そして、その痛いくらいに張り詰めたペニスの変わりに指を少しだけ中へと挿れる。誘うように何度か出し入れして、甘い声で喘いで。
「来て、奥まで、それ、ちょうだい」
「……っ」
「あっ、ン……すご、ぁっ、これ」
ぶわりと膨れて上昇する快楽の熱。身体の一番奥が歓喜に震えるくらい。
「ぁ、ンっ、あ、ああぁぁっ、ン、んっ……ぁ、もっと、キスも、欲し」
「っ」
「ン、もっとして、好きにしていいから。俺のこと」
息を詰める男の唇に噛みついて歯形が残らないように舐めてしゃぶって、身体の奥、孔の口にもペニスでしゃぶりついて。
「あぁっ、そこ、さっきの」
「前立腺?」
「ン、そ、おっ、そこ、激しいの、好き」
「っ」
「ン、ぁ、んくっ……ン、ぁ」
この男と交わす、全部、キスもセックスも、とても美味くて、それこそ満腹になるまで、いくらでも欲しがった。
まだ、ふわふわする。タクシーを捕まえようと駅前まで歩いて向かってる間も足元が浮ついてた。そしてどうにか乗り込んだタクシーの中で、セックスの余韻が色濃く残る腹を撫で、窓の外を流れる景色を眺めていた。
ホテル代割り勘じゃないけど、まぁ、ゲロぶっかけられたし、服買ってやったし、たしかめる手伝い、してやったんだから、恨まれることはない、よな?
馴染みのあるゲイバーが立ち並ぶあの駅から自宅までだと寸前で大概料金が上乗せになるから、いつもは駅のところで降ろしてもらっていたけど、それも辞めておいた。
あの男のとのセックスが気持ち良すぎて、なんか歩くのもままならなかったから。
やっぱ、ホテル代半分出してやったほうがよかったかな、とか考えたけれど。
何せ、ノンケ童貞の初セックスっていうレアを食ったんだから。さすがに、ちょっと貴重すぎた気がする。
朝になって驚くだろう。記憶は残っていそうだった。途中、意識はしっかりしてたから。けれど、熱に侵された視線はするどくて、あんな雄じみた表情で求められたことは久しぶりすぎて、ひどく乱れてしまった。
止められなかったんだ。貪ってしまった。
悪いことをした、かも、って思いながらも、あの男が朝するだろう驚きの表情を浮かべて、つい笑う。きっと、すごく真っ赤になってるだろうってさ。
何の変哲もないラブホの一角、そんな朝の様子を、思い浮かべてはにやける顔を隠してみたりして。
「おーい、天見、いるか?」
「あ、はい。今、着替えを」
まだ少しセックスの感覚が、あの男の存在感が残ってる。
チーフに呼ばれて、慌てて、着ている途中だったツナギを急いで引っ張り上げた。じゃないと、キスマークが見つかるだろ。昨日、あの男が一夜限りのマナーも守らずつけたセックスの痕跡が。
「はい。なんすか?」
「悪いな。急がせて。おい、三國(みくに)、こっちだこっち」
三國? 知らない名前だ。チーフが更衣室の扉を開けっ放しにして、廊下にいるんだろう「三國」っていう名前の奴を手招いて呼んでいる。
「昨日の作業指示書、それ作業すんの俺じゃなくて天見なんだよ」
「あ、そう、なんですか」
答えた声は低く、少し疲れてるのか掠れてる。
「おい、天見、作業指示書の犯人だ。朝一、特急で頼むな」
「す、すみません!」
「謝るなら天見に謝れなー」
そして、言葉遣いに滲み出る柔らかそうな人柄。まだ姿は見えないけれど。
「は、はい!」
その少し慌てた様子に聞き覚えがある。
「お、おはようございますっ。あの、昨日は」
そう、昨日、散々聞いた声と同じだ。
「昨日は」
昨夜、俺は。
「作業指示書に不手際が」
この男とセックスを、した。
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