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第8話 セックスフレンド

「はぁぁ? あんた、ノンケ食べちゃったの?」 「ちょっ! おまっ」  慌てて口を塞ぐと、友人のレンが鼻息を荒くした。 「食べたとか、変な言い方するなよ」 「変じゃないもーん。だって、食べちゃったんでしょ?」 「……」 「童貞君の、ムスコ」 「だーかーらっ!」  今度は口を塞がれまいと華奢な身体をくねらせ、手から逃れながら、キャハハハと高い声で笑った。 「もぉ、肌ツヤツヤにさせてる気がしたわ」 「してないって」 「……で? どんな男?」 「あー……」  真面目な男だよ。そう答えるとレンが目を丸くする。  まぁ、そうだろ。フツーは。真面目な男がよく知りもしない男と一夜限りのセックスなんてしない。そしてその男と偶然にも再会。なかったことにするでもなく、あの夜のことを口止めするでもなく、二度目のセックスに誘ってきたんだ。  一般的にそんな男は「真面目」とは言わないだろ。 「眼鏡してる」 「ほー、眼鏡かぁ、いいねぇ、そそる」 「背は高い、かな。俺より」 「え? マジで? すごいじゃん。そんで?」 「顔は……」  綺麗な顔をしてる。整っていて、俳優とかにいそうな感じ。キリッとした目元が凛々しくて、たぶん、あれは営業部の女性スタッフにも人気出そう。  ――ぁ。  職場ですれ違った時、小さく声を上げて驚いた顔をしてた。知らん振りしとけよ、と思いながら、知らん振りされないことが楽しかったりもして。  ――ど、どうも。  何か言いたそうに薄っすら開いた口元に、なぜか少し表情が緩みそうになった。もちろん、そのまま他のスタッフと同じ変わりない会釈をして通りすぎたけれど、あいつの視線を感じた。  振り返らず、現場へ向かってしまったから、その時の三國の表情はわからないけれど。でも、何か言いたそうだった。何を言いたかったのか、何を思っていたのかがすごく気になって、背中が妙に敏感な一日になった。 「ねー、イケメン? イケメン童貞?」 「あ、あぁ、まぁ」 「マジでっ? うらやましい! ね、美味しかった?」  レンとは昔からの腐れ縁。どっちもバリネコだから、ここでセフレになることは決してなく、それがむしろ心地良かった。完全な友情関係ってやつだ。恋愛対象が男の俺らにとって、女性はもちろん対象外なんだけれど、向こうはそうじゃなかったりでややこしい。だから、同性で恋愛には決してならないレンとの酒は気が楽だ。お互いにそう思っているんだろう。そして、今でも美人ネコなレンはお盛んだ。細くて、エロくて、美形。最高だろ。  ムラムラしちゃった。  なんて呟けば、その日の相手に不自由はしない。 「でもドラマチックじゃん」 「どこがっ吐かれたんだぞ?」  レンの仕事は商社リーマンだっけ? あまりレンのそっち側の日常、プライベートは詳しくない。このレンがバリバリ仕事をこなす商社マンって想像つかないけれど、 「よかったじゃん。しばらくぶりじゃない? ネコすんの」 「……タチは好きじゃない」 「うちもー」 「お前はいいじゃん。タチに回らなくても相手困らないでしょ」 「……だといいけどねぇ」  俺みたいに育ってないんだから。  口元だけセクシーに微笑みながらレンが指先でグラスの水滴をテーブルに塗りつけてる。白い指は細くて、爪先までしっかり手入れが行き届いてる。まるで水遊びを楽しむように、その指先がカウンターテーブルに水で弧を描いた。 「いいなぁ」 「? レンだって、彼氏いたじゃん。たしか、アパレルの」 「美容師! アパレルの人は暴れるから別れた」  何呑気に爆弾発言してんだ。それ、笑えないと答えたら、まるで反抗期の子どもみたいにわざと笑っていた。 「そんで、その美容師は?」 「別れた」 「ふーん」  理由は特に聞かなかった。男同士でそれこそ本当に愛し合う人もいるけど、そうじゃない場合もあるわけで。もちろん男女だからって、じゃあ、全ての人が付き合ったら確実に結婚まで、なんてこともないから、男女だろうが、同性だろうが変わらないのかもしれないけれど。  男同士の場合、性的欲求解消っていうのが先に来ることも多々あったりする。  じゃなきゃ、ハッテン場なんてものはないだろ。セックス目的の出会いの場なんてさ。出会ってその場で気に入った相手と――そういう即物的な、というか。 「でも、職場っていうのは怖いよねぇ。しかも不慣れなんでしょ? 童貞君」 「あー、まぁ……」  そうなんだ。部署は違えど同じ職場っていうのはとてもまずい。たとえ男女であっても社内恋愛はかんばしくないだろ。 「けど、いいんじゃない?」 「? 何が?」 「セックス始まりだって素敵じゃん! しかも気持ちよかったんだし! 向こうの理由がインポか確かめたかったのが目的なんでしょ? ヤリチンより全然いい! むしろ、いいじゃんいいじゃん!」 「ちょ、おいっ静かに! それにセックス始まりって」  むしろ……その先なんてもんはないだろ。 「久しぶりじゃん! そういう浮いた話題」 「なっ、人をモテないみたいにっ」  だって、あんな顔されたら、そりゃ、なし崩しになりたくなる。あんな必死の顔されて、それを断れるほど、ご立派な理性は持ち合わせてない。 「気持ちよかった?」 「そうね」  初めてっていうわりには気持ちよかったし、初心そうなところも新鮮だったし、顔良し、身体良し、楽しい夜を過ごせたから、二度目のセックスもした。 「イケメン」 「まぁ」  だって、あの男のシチサンがぐちゃぐちゃになったところを見たことがあるのは俺だけだと思ったら、ひどく興奮したんだ。今朝、廊下ですれ違った時のあのすました感じの生真面目男が乱れて、必死に俺の中を抉じ開ける時の、あの顔に。 「いいなー!」  そう、すごく、興奮した。

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