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第24話 配慮と遠慮
感謝祭といっても夜店とかがあるわけじゃない。店舗内を風船で飾り立てて、ちょっとしたゲームと景品、あと子どもに配るお菓子を用意しておくくらい。それと試乗車のラインナップを増やして、で、あわよくば商談なんてこともできるかもしれないっていう狙いを含んだもの。
その感謝祭の仕切りはできるだけ若いスタッフが請け負うっていうのが慣わしとしてあるんだけど。
「え? 誉さん、二回目なんですか?」
もう誰もいなくなった営業部の部屋にふたりで居残っていた。過去の感謝祭テンプレをデスクの上に広げて並べながら。
「そう。新人の時に一回やってる。本来なら、うちの整備のほうからは新人がやるはずだけど、お前んとこ、営業はお前が一番新人だろ? だから、俺」
店のイベントとしての感謝祭は業務の一環。就労時間のうちから、この感謝祭の準備の分の時間を切り取ってしまってかまわない。ただ、それが逆に厄介だったりもするんだ。仕事の量はたいして考慮されていないから、就労時間内にこの前準備をやるのは少し大変だったりもする。基本は整備部と営業部から一名ずつ。そしたら不公平だと苦情は出ないだろ?
ただ、それもまた厄介。違う部署、違う仕事内容、その中で仕切りと準備を一緒にやるのは難しくて。俺も、前回はすれ違いに戸惑ったりしたっけ。
けど、お前とならそんなすれ違いは起こらないだろ?
「なんか、二度目だなんて、すみません」
「……いや、別に」
だから、別にいいよ。組むのがお前なら、皆が面倒がる感謝祭の仕切り、やってもいいって思った。連絡先は知ってるし、何より、挨拶程度の仲、じゃないから。
「べ、別にっ、もうどういうのかわかってるからって」
そう考えたら急に気恥ずかしくなった。居残っていることも、ふたりっきりでいることも、全部がくすぐったくなる。
「俺も、誉さんと組めるの、ありがたいです。助かる」
きっと俺だけだけれど、くすぐったい。挨拶程度以上の仲の真紀と職場でこうしているのはたまらなくくすぐったくて、気恥ずかしい。
「けっこう人見知りなんです。営業っていう仕事だと、そういうのなくなるんですけど。って、すみません。そろそろ買い出しに行きますか? あ、そしたら買い物リストを作らないと」
「あ、あぁ」
よく、言うよ。初対面の男にインポかどうか確かめるのを手伝ってほしいって頼む人見知りなんて聞いたことがないけど?
スラスラと買い出しリストに品物を書き連ねていく。とても綺麗な字だった。
「……座ってください」
「いいよ、俺は」
「けど」
「俺、まだ作業服だからさ」
普段は入ることのあまりない営業部の部屋。しかもスタッフもデスクにじっと座ってることなんてあまりないから、誰がどこのデスクなのかなんてわかりっこない。この椅子も誰の物なのか知らない。けど、ここのデスクの人に迷惑だろ。ツナギの作業服のケツは真っ黒に汚れてる。
「じゃあ、先に着替えましょうか。もし、誉さんが平気なら職場じゃなくていつもの小料理屋さんで食事しながら打ち合わせとか」
「あ、あぁ。いいよ。そうしよう。そしたら、この資料も」
「ざざっとスマホで写真撮ります。これ持ち込んで広げたらお店の人に迷惑だろうし。先に更衣室に行っててください」
真紀が私物のスマホを取り出し、デスクに広げた資料を撮影してくれていた。俺はその間に着替えを済ませて、そんで、小料理屋で飯を食いながら、感謝祭の打ち合わせをして、そんで、そのあとは……今日は、ラブホかな。
って、そこまではまだ決まってないだろうが。今日、するかどうかなんて。
「……はぁ」
ひとり、更衣室で溜め息を吐いた。
今日は打ち合わせだろ。
それに、さっきの、仕切りを二回もやらせることになってしまってって、申し訳なさそうにする真紀に対しての俺のリアクション。あれ、大丈夫だったか? 浮かれてなかったか?
けど、こそばゆかったんだ。あいつの職場であいつと二人っきりで話しをしていることがくすぐったくて仕方なくて、テンションがよくわからなくなった。
「……はぁぁ」
「疲れました?」
「! ちょ! び、びっくりするだろっ!」
そっと背後に忍び寄っていた気配に飛び上がると、その肩から脱ぎかけのツナギが滑り落ちていく。腰のところでかろうじて止まったそれを慌てて掴もうと思った手を、捕まえられた。
「ん、ダメ、汚れるっつうの」
抱き締められて、キスされて、指先が痺れる。
「気にしないってば」
あ、敬語が取れかかってる。ただそれだけのことでもゾクゾクできるくらい、簡単にスイッチが入る。簡単に、溢れそうになる。
「ノックはしましたよ」
「ウソっ、ン、ぁっ」
手がロッカーを軽く叩いた。汗をかいた首筋にキスをされて恥ずかしさと、悦びで、手が慌てて扉を叩く。
「聞こえ、なかっ」
「誉さん」
「あっ……ン」
ロッカーについた手に真紀の手が重なる。
小料理屋で資料をバサバサ広げたら迷惑だろうと配慮できる男の、無遠慮なキスに、仰け反って、またロッカーが「ガタン!」と大きな音を立てた。
「どうだ? 新人三國と上手くやってっか?」
「チーフ」
タイヤを運んでいたところで声をかけられた。でかいワンボックスの車はタイヤもでかいから、一苦労なんだ。別に重いわけじゃないけど、いや、重いけど。
「あんま社内でミーティングしてないっぽいけど」
すげぇ。軽々だな片手で二つ持てそうだ。俺も、別にか弱いわけじゃないけど、けど、チーフほどのタフさはない。
「三國、とやりにくかったら」
「平気ですよ」
あぁ、そっか。チーフの中にある真紀と俺の接点は作業指示書がちっとも書けなくてイラつかせたのと、そのあと無理な短納期を言ってきた、あの二回くらいなのかもしれない。俺らは普段、接点をできる限りもたないようにしているから。それが心配になったのもあるんだろう。俺が二度目の仕切り役に抜擢されたのは。
ミーティングをしてないわけじゃない。ちゃんとしてる。昨日もした。ただ場所が職場じゃなくて、時間が就業時間内じゃないだけ。
内容も決めてある。ちょっとしたゲームをさ、楽しそうなのを思いついたんだ。たくさん風船を膨らまして、その風船の口を結ぶ紐の先端にくじをつける。束ねて持っていたら、そのくじの当たりがどの色の風船に繋がってるかなんてわからない。ただ引くだけじゃなくて、風船付きのくじ引き券。きっとカラフルで楽しいと思う。
ちょっと風船を膨らましたり、くじの紙をくっつけたりっていうのが大変だろうけど、でも、いいかなぁって。
「感謝祭は業務の一環だから、遠慮なく時間作れよ?」
「ありがとうございます」
言いながら、チーフが俺の背後を指差した。
「?」
ちょうどよかったな、ってチーフが笑って、痛い腰をストレッチしながらその場を離れて、俺は、チーフが指差したほうを振り返る。
「あ、ほま、天見さん」
そこには、真紀がいた。
「この前話した風船くじの券」
その隣には女性スタッフがいて、屈託なく笑う彼女相手にセフレの俺は胸が軋んだ。
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