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第25話 可愛くない人
風船くじの準備が忙しいだろうし、整備部はもうすでに入ってきているタイヤ交換の予約に、車体点検にと、手が空かないかもしれないから、受付の女性スタッフにも手伝ってもらおうと思って。
そう言われた。
「どーぞどーぞ、お好きなようにっ! ニコニコしやがって。それなら二人でやればいいだろうが! 彼女は去年入ったばっかだから、ちょうどいいだろっ!」
受付の女性スタッフは基本接客だから、感謝祭の仕切りみたいな仕事は任されない。表のフロアでいつもどおうり接客するだけ。
でも、顧客優先なのは整備士も営業マンも一緒だろうが。だったら、彼女が感謝祭の仕切りやったってかまわないだろ。やればいいだろ。二人で、新人同士、仲良く、やればいいだろうが。
「俺は二回目だっつうのっ!」
「……酔っ払い」
「いいだろっ!」
レンがわざとらしく溜め息をついて、俺の顔を覗き込んだ。
だから、俺は顔を反対方向に向けて不貞寝をする。頭を横たえると少しクラクラした。けっこう酔っ払ってる。自分の身体が揺れてるような感じだ。
「ねぇ、それ、無自覚?」
「……何が?」
「ヤキモチっていうの」
「……わかってるよ」
目を閉じると、一気にアルコールが脳みそにまで沁み込みそうだから、周りを眺めてた。
「わかってるって、え? じゃあ、もしかしてっ」
「……」
「ねぇ、ちょっと!」
わかってる。これはヤキモチで、そんでこれにイライラするのはとてもムダなことだって。
「ねぇってばっ!」
あ、あそこの男、ちょっと、あれ? もしかして、俺と目、合ってる? 誘われたり、してる?
ただ、タチだと思う。あの感じ。
グラスを傾けて、俺をじっと見つめてた。タチネコ合致、だな。
歳はどのくらいだろ。でも体格は好みだ。服脱いだらどうかわからないけど。あと、顔も、まぁ好み。仕事はスーツじゃないからサラリーマンじゃないのかもしれない。仕事後に着替えて来たのかもしれない。すごい視線。ねっとりと絡みつくように、視線に捕まる感じがした。でも、どっちにしても――俺は、しない。
そこにいる男と、セックスはしないよ。できないから。好きな男がいるから。だから、そっぽを向いた。
「ヤキモチだよ……」
やっぱり飲みすぎた。身体を起こすと、少しふらつくする。
「ヤキモチって自覚したのね」
「したした。めぇっちゃ、した。あいつが女性スタッフと並んでるの見ただけでイラついた」
「それって……」
「相当だよ」
自分にもセフレがいたことがある。そう、全部過去形だ。どっかで切れて、また別の男と関係を持つ。セックスの相手はいつか変わる。変わっていく。そんで、そのセックスで繋がった関係に今の俺と真紀も当てはまる。だから、きっとこの関係もいつか終わる。
そのあとのことを想像したんだ。
真紀の相手が俺じゃないセックスを。彼女のせいじゃない。真紀のせいでもない。ただ、誰か別の奴がいつかこの関係か、それ以上に濃くて甘い関係をあいつと持つのかって、想像させられた。
「無駄なのにな」
「え?」
「こんなヤキモチも、それに片想いも」
妬いても仕方のない感情と、想っても届くことのない気持ちと、どっちも無駄なのに。
「え? ちょ、ねぇ! 誉! なんか、あんたっ何かわかってなっ、」
「帰る」
「ちょ、ねぇってばっ!」
無駄だとわかってるのにさ。今、せっかく俺を誘おうとしている男が目の前にいるのに。ほら、きっとセックスできるよ。向こうやる気満々じゃん。上手そうだぜ?
「またな」
上手そうな男とやったら、色々、気持ちイイよ。
通りすぎる時、目配せをしたら声をかけられたかもしれない。でも、俺は俯いたんだ。俯いて、気がつかないフリをした。その気はないと断るために。
「はぁ」
バカだなぁ、って思うよ。
「んで、こんな時に限って、スマホがバッテリー切れなんだろう」
連絡したら、あいつと会えたかな。会って、セックスできたかな。あと、どんくらい、この関係は続くんだろう。あと、何回くらい、あいつは俺とセックスするのを楽しむんだろう。
「って、バッテリー、わざとロッカーに置いてきたの、俺じゃんか」
女とのツーショットで並んで笑ってやがったあいつからの連絡が来ないように、あえて忘れてきた。あいつとの連絡を取れないように。電池が切れたら、はい、終わり。通信不可ですってした。
何も鳴らないスマホなのに、ずっとポケットの中にあるそれに意識を傾けながら駅までひとり歩いていた。
感謝祭まであと一週間。準備のためなんだろう、受付スタッフの彼女と真紀のツーショットをよく見かける気がする。
別に、意識なんてしてない。見たいわけでもない。狭い職場だ。男女のペアは目立つっていうだけ。
彼女、未婚、二十六歳、彼氏は、不明。そこまで知らない。よく気がつくし、営業スタッフからの評判は上々、あと、車の運転が上手い。閉店間際、展示スペースにある車を移動させたりするのに、営業スタッフの手が足りない時なんかは彼女が車庫入れをしたりもする。その時、たしか上手かった。洗車も嫌がらずにやるし、車好きなんだろう。カーディーラー営業マンの彼女にはいいんじゃね? あと可愛い。俺よりずっと、ずーっと。
なんていうへそ曲がりなことを考えて、ひとりで勝手に不貞腐れたりしてる俺は、ちっとも可愛くない。
いや、そもそも可愛くはない。
「おー、お疲れー」
「あ、チーフ、もう終わったんですか?」
「まぁな」
お疲れ様ですと挨拶をすると、隣でチーフが、はぁと溜め息を零した。
「感謝祭のほうはどうだ?」
「あー、はい、なんとか」
「受付の女の子がヘルプで入ってくれてんだろ?」
何気ない言葉にすら、チクリとしたものを感じる程度には重症な片想いだ。そのせいで、ほら、笑い方がぎこちなくなった。それをチーフは愛想笑いと受け取ったんだろう。二回目の感謝祭仕切りをやらせてすまないって申し訳なさそうな顔をした。俺は慌てて、そうじゃないんだと否定するけれど、気遣いがハンパない人だから、否定すれば否定するほど気を使わせてしまう。
「来週、感謝祭が終わったら打ち上げだ。そん時は俺が大盤振る舞いしてやるからよ」
「え? チーフ、そんなこと言っていいんすか? 夏休みに高いホテルに泊まったって」
「あ……」
それで万札に羽でも生えてるみたいにパタパタと何枚も飛んでいったって話してたっけ。避暑地への観光なんて家族でするもんじゃないって溜め息ついてた。いくら渋滞がすごかろうと海で子どもを泳がせておいたほうがよっぽど安上がりだったって。
「あー、そうだったっけか」
「そうですよ」
一日の仕事終わり、重たい足取りで工具を片付けながらの世間話。
「あの、天見さん」
そこに割り込んできたのは、真紀だった。
「すみません。お話し中」
少し疲れてるのか不機嫌そうな顔をしている。
「天見さん、今日、このあと、買い出し一緒にどうですか?」
「……」
不機嫌になりたいのはこっちだ。
真紀の背後に彼女が見えた。背の高い男の後ろにいたらすっぽりと隠れる小柄な彼女が、真紀の後ろにいる。
買い出し一緒に? どうですか? は?
「悪いけど、俺、今日、このあと用事があるから」
ちゃんと言えよ。買い出し、彼女と一緒に行くんですが、本来の係りである貴方も、どちらでもかまいませんが、もしよかったら、どうですか? だろ?
「パス、させてもらうわ」
生真面目なシチサンリーマンなんだから、日本語もちゃんと話せよ。
「お疲れ様」
そちらさんとご一緒に人生初の本物デートを楽しんだらいかがですか? それだけを胸のうちでだけ呟くと、急に重さの増した足に苛立ちながら、更衣室へと向かった。
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