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第27話 セフレ失格
セフレの「期日」が切れるのはいつなんだろう。やっぱり、その相手とのセックスに飽きてきたら、かな。
連絡が途絶えがちになったら、かもしれない。冷めて、別に目移りし始めたと感じた瞬間、繋がっていた関係は終わる。それでもって必死にその繋がりにしがみついたりしないのが「セフレ」だろ?
「手、どうでした?」
じゃあ、今は、その「期日」が切れる前なんだろうか? もう切れて途絶えた後なんだろうか?
「すごい大怪我だって、もしかしたら切断かもって」
俺は連絡を絶っていた。無視して、感謝祭の準備もできるだけはしたつもりだけれど、ほとんどが最初の頃だけで、あとは仕事がって言って逃げ回っていた。
関係を終わらせたくなくて、そして、真紀が他に目移りするところを見たくなくて、逃げていた。でも、真紀にとっては「期日」が過ぎて、飽きたんだと受け取られるだろ。
遅かれ早かれやってくる終わりのタイミングが来たんだと思ったはず。
だって、真紀にとって俺はセフレなんだから。
「は? 切断って、話膨らませすぎ」
真紀にしてみたら、これは恋愛じゃないんだから。
「おっそろしいな。普通に切っただけだよ。全治一週間」
手を伸ばして、その手を振り払われるとわかっていて縋るほどの勇気が俺にはない。だから――。
「心配しました」
「……心配してる? そうは見えないけど? 何イラついてん、っ」
コンクリートの壁に押し付けられて、背中がひんやりとした。
「イライラするでしょ。ずっと貴方に避けられてる」
「は?」
「いきなり、急に連絡つかなくて、俺、何かしましたか? したんなら言ってください」
「別に」
「じゃあ、なんで? 飽きましたか? 俺と、セックスするの」
「ちょ、おいっ、ここ、どこだとっ」
「更衣室」
ツナギ服のジッパーを下ろされ、スルリとたやすく真紀の手が中に忍び込む。
「ンっ、おいっ」
「更衣室で、着替えを手伝ってるだけです」
「んあっ」
その手は躊躇うことなく中に着ていたTシャツの下にも潜り込んで、脇腹を大きな掌で撫でた。抗おうと、逃げようとすれば、怪我をした手を掴まれて、ロッカーの扉に押し付けられる。
「っ痛い!」
「だから、着替えを手伝おうと思ってるんじゃないですか」
さらりと撫でられただけでも、息が詰まる。
「ン、やぁ……ぁ」
「着替えを手伝ってるだけですよ?」
「ふ、っざけんなっ、ンンっ」
もう一度、脇腹を撫でられて言いたかった文句の変わりに甘い声が零れた。
「やっ、あぁぁぁっ」
手は悪びれもせずに、脇を撫でて、胸に触れて、乳首を強く摘んだ。
「あっ……ンっ、真、紀っ」
「感じやすい身体、やらしい」
「ん、あっ」
真紀の指で摘まれて、甘い悲鳴が堪えきれず零れた。
「やだっつってる! 手、痛いっ」
強く握られてるわけじゃない。でも、離してはくれない。
「真紀っ、やめっ!」
「……」
「ン、んん」
手は止まらない。乳首を抓って、爪で弾いて、すぐに勃ち上がって。敏感になるまで仕込まれた乳首はコリコリと可愛がられたそうに、真紀の指に甘えてしまう。
着替える手伝いなんて言って、不埒なことをする指に喘いでしまう。
「や、だっ」
「……」
「真紀っ!」
「俺に飽きました?」
「ちがっ」
「じゃあ、なんで避けるんです?」
お前こそ、まだ俺としたい? お前の容姿ならもっと抱き心地のいい相手がいるだろ。セックスだって、恋愛だって、もっと。
なぁ、まだ、俺との「セックス」を楽しんでる?
俺は、そろそろダメかもしれない。もう「セックス」だけじゃ足りなくなって来てる。もっと欲しいものができたんだ。けど、それを口にしたら、きっとお前は目を見開いて、そんなつもりはなかったんだって困るだろ?
何気ない一言かもしれない。でも、俺は覚えてる。真紀が言ったんだ。
――好きです。貴方、とするこのセックス。
そう言った。気持ち良くて好きだって。お前が。だから、俺はっ。
「あの人のほうがやっぱりいいんですか? 俺じゃ、やっぱりっ」
「…………え?」
「わかってたけど、でもっ、身代わりでもいいからって」
「ちょ、何、真紀」
「それでもっ……」
何か、なんかおかしなことになってそうで、けど、真紀は暴走列車のごとく止まる気配がなかったから、口を塞いだ。
唇に触れただけじゃダメそうだから、舌を差し込んで、真紀の口の中をまさぐって、濃くて激しいキスをした。そしたら、止まるだろ。言葉も、思考も。
「……ンっ、誉、さ……」
「俺は、誰のほうがいいんだって?」
キスを止めると、唇が唾液で濡れていた。俺が濡らした真紀の唇が質問に答えようと開いて。そんで。
「輪島(わじま)さんです」
そんで、一番、ありえなかった名前を出した。
輪島? 誰だそれ、って一瞬わからなくなるほど、俺の中にはなかった名前で、俺自身も忘れてた名前。
「は、はぁぁぁ? なっ、なんで、チーフ!」
そう、チーフっていう認識しかなかった、チーフの名前は、そうそう、輪島っていうんだった。
「な、なにっ」
「輪島チーフのこと、好きなんでしょう?」
「はぁぁぁっ?」
何言い出したんだ、こいつ。何、切なげな顔で、言ってんだ。
「なんでそうなるんだよっ!」
「だって、輪島チーフには笑ってた」
「上司相手に不機嫌な顔なんてする奴いないだろっ」
「あの笑顔は特別な感じがした。それに、何かとチーフチーフって」
「仕事で一番整備士のレベルが高いんだぞ。何かあれば訊くだろうがっ!」
「輪島チーフも何かと誉さんを気にかけてた」
「部下を気にかけない上司って、ダメだろうが!」
不服そうな顔されたって、こっちにしてみたら、鳩が大砲食らったくらいの衝撃だぞ。なんで、寄りにも寄ってチーフなんだよ。一番ないわ。どう頑張ってもありえないわ。
「ねぇよ!」
「それに、誉さん、年上好きそう」
「は? なんだそれ」
「やらしいし、セックス上手だし、エロ、いし」
やらしいもエロいもほぼ同義語だろうが。
「意味わかんねぇ」
「……」
「ないっつうの」
そんなじろりと睨まれたって。ないっつうの。想像……したらなんか具合悪くなりそうだ。
「じゃあ、好きな人はいないんですね」
「っ」
そこで答えに詰まった。戸惑ってしまった。間近で、真紀が眼鏡なしで見えるこの距離で、ごまかせなかった。
「いるんですか?」
「……」
だって、今目の前にいる。好きな男が今、ここにいる。こんなに近くにいたら、好きって言いたくなる。
「ちょ、離れろって」
「やです」
「っ、ここ! 更衣室だっつうの! それに、俺仕事の最中に病院行ってきたまんまだから、手がっ、お前のシャツが汚れるっ!」
本当に汚しちまう。真っ白なシャツに触ったら黒くしちまう。
「いいよ」
「!」
触ったら汚してしまうってわかってたのに。
「いいよ。汚して」
「……」
「貴方にぐちゃぐちゃにして欲しい」
「!」
「俺のこと、汚して」
「真っ」
手を引っ張られて、シャツに強引に触れさせられた。手を拭くように擦り付けられて、慌てて引っ込めようとしたけれど、その手は思いのほか強引でちっとも振り払えない。
「真紀っ!」
「教えて」
「っ」
真っ白なシャツが。
「好きな人、いるんですか?」
汚れる。
汚れてしまうのに、その手の強引さに眩暈がするほど感じて、俺の手で汚れてく男の顔をした真紀を見てるだけで、見つめられてるだけで、イきそうなほどゾクゾクした。
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