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第28話 五十センチ

 言ってしまいたい。言って、俺が触れたせいで汚れたシャツも真紀も、全部自分のものにしてしまいたい。けど。 「いる、んですか?」  セフレが言ったら、引く?  セフレがそんなことを言ったら、終わる? 「誉さん」 「い、るよ」  終わればいい。  だって、もうセフレじゃ足りない。もっともっと欲しいものがあるんだ。きっとそれが欲しくて俺はセフレ失格なことをする。だから、もう終わったほうがいい。これ以上セフレでいられない。 「誰、です?」  終わって欲しいんだ。そんで、今、真っ直ぐ俺を見つめる真紀に、それをくれるかもしれないと淡く、薄く、期待をしてる。もしかしたらって。 「俺の好きな奴は……」  もしかしたら、真紀も欲しいものがあるんじゃないかって。そして、それは俺が今欲しくて仕方ないものと同じなんじゃないかって。  そう、期待したいんだ。 「お前だよ。真紀」  眼鏡越しの瞳が少し大きく見開かれ、俺だけをじっと見つめる。 「う、そ……」  驚いただろ? 「ウソじゃない。ホント」 「だって!」 「本当だよ。俺はっ、ンっ……ン、んっ」  齧り付くようにキスをされた。舌を差し込まれ、絡めとられて、唾液を流し込まれる。くちゅりと舌が口の中で擦れ合わさる音がした。 「ン、んくっ……んふっ」 「ウソみたい。もう一回、言って、誉さんっ」 「ん、好、んんっ……」 「も、っかい」 「んくっ、好、ん」  何度も何度も角度を変えて、少し唇が離れたと思ったら、好きと言えってねだるだけねだって、また深く口付けられる。 「ぜ、んぜん、言えないっつうの」  長くて深くて激しいキスが止まった頃には呼吸が乱れてた。 「だって、貴方が、俺のことっ」 「あっ……ん、ちょっ、真紀っ」 「好きって」 「ちょっ、待っ」 「ウソみたいだ」  首筋にいくつもいくつも走る小さな刺激。ようやく拘束を解いてくれた真紀の首にしがみついて、今度は肌に続けざま落とされるキスに甘く喘いだ。 「お、お前、ちょっと、って、イタタタ」 「ごめっ、大丈夫です?」  キスをいっこうに止めそうにないから、真紀を突っぱねて少しだけ離すと、傷口がズキンと痛んで小さく声を上げてしまう。その声に慌てて、真紀が柔らかい声を出す。柔らかくて、優しい声に胸のところがくすぐったくなるんだ。  なんだこれ。 「真紀」 「は、はいっ」  痛くしたと怒られると思ってるだろ? ちげぇよ。 「俺は言われてないんだけど?」 「?」  ホント、なんだよ。このくすぐったいの。 「お前、俺のことどう思ってんの?」  好きとか、好かれてるのか、とか、そんなのを考え込んで、迷って、躊躇って、モヤっとして、ドキドキして。 「好きです」 「……」 「すごく、好きです」  欲しかった言葉に満たされて、蕩ける。こんな甘ったるい恋愛なんてどうしたらいいのかわからない。わからないけど。 「好っ……ン、誉っさ、ン」  ネクタイを怪我をしていない左手で引っ張って引き寄せると噛み付くようにキスをした。唇に吸い付いて、舐めて、誘って、舌で抉じ開けられるのを待つ、おねだりのキス。 「ん、真紀」 「……知ってました?」 「?」 「さっきもしてくれた。こういうキス。誉さんからしてくれたの、初めてです」  そう、だったっけ?  あぁ、けど、そうかもしれない。いつもどこかで距離を間違えないようにって、気をつけていたから。  セックスの時眼鏡を外す真紀の見える範囲は五十センチ。だから、セックスをする時はいつだって見つけられてしまいそうで、必死に目を剃らそうとしてた。この気持ちを見つけられそうで。 「真紀がしてくれるキス、気持ち良くて好きなんだ」  だからいつもそれでごまかしてた。溢れていつか口から零れ落ちてしまいそうな気持ちを「ナントカが好き」って言葉を付け加えてどうにかして外に出してた。真紀のキスが好き。気持ちイイのが好き。こうやって抱かれるのが、好き。そうやって、零れそうな好きを外へ出してた。  でも、本当に真紀のキスは好きだよ。甘くてやらしくてゾクゾクするほど気持ちイイ。セックスも、声も顔も、身体も。全部、好きなんだ。 「すごく、好き、真紀」 「じゃあ、舌出して」  その声、蕩けそう。 「誉さん」  その視線に震える 「ん、真紀……」  口を開いて、舌を出して、真面目な男が普段はきっちり襟首に巻くシンプルなネクタイを引っ張った。 「ンっ」  そして、差し込まれた舌に蹂躙されながら、抱き締められて、腹の底んとこ、真紀だけが感触を知っている身体の一番奥のところにじわりと熱が滲んだのを感じた。 「好き」  言いながら、もっと口を開いて、まるで雛鳥みたいに真紀の舌も吐息も唾液も欲しがって。 「ン.んっ」  与えられたら、甘えて声を出しながら、それを飲み込んで。 「んんん、真紀っ」  立っていられない激しくて濃厚なキスにずるずると落ちそうになる。でも、真紀の太腿がそれを許さないと太腿の間を割り開く。 「あ、ン」 「俺のキス、好きですか?」 「ン、好きっ」  首筋舐められて、やらしい気持ちがじわりと滲む。 「俺とするセックスは?」 「好きっ」  身体が熱い。触って欲しい。このゴワつく作業服の中で火照って仕方ない身体を、触って? 「じゃあ、俺は?」 「……ン、好き」  したいんだ。 「俺も、貴方のこと、好きです」  真紀と、やたらと甘くて、やらしい、セックスをしたくて、たまらない。 「ぁ、ン、真紀」  だから、自分から、ツナギの中、乱れて捲れ上がったTシャツを怪我をしていない左手でもっとしっかり持ち上げて、ねだるように、乳首を好きな男の前に晒した。 「……して」

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