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第39話 ごちそうさま

 今日は、仕事後、真紀の部屋に来てた。最近ぐっと秋っぽくなってきたから、一緒に鍋でも突付こうって話になって。ひとり暮らしだと、鍋の醍醐味は味わえないから。 「あ、誉さん、つくね食べますか?」 「あ、うん。いる」 「タラは?」 「いる」 「春菊好きですか? もう煮えてると思うから」 「……っていうか、お前、ちっとも食ってないじゃん」  人の分を取り分けるのに忙しくするばかりで、自分のほうにもよそれよ。つくねも、あと、海老も、白菜も。 「……ありがとうございます」 「どういたしまして」  変なの。お互いの皿に盛り合ってる。 「っぷ」  思わず吹き出した。まだ湯気が立ち込める鍋、ホクホクのつくねに海老白菜。小皿を手で持った瞬間、真紀の眼鏡が真っ白に曇ってしまった。 「……笑わないでください」 「だって、なんか、すげ、白眼鏡似合ってるからさ」  口をへの字に曲げて、少し赤みのさした頬は湯気で火照ったのか、照れ臭かったのか、それとももう酔っ払った? 「真紀って、酒、けっこう飲むの?」 「好きですよ。弱いですけど」  だろうな。眼鏡落とすくらいに酔っ払ってたもんなと言えば、また、ムスッとすると思った。 「あまりいい記憶がないんです。酔って」 「へぇ」 「けど、あの日、酔っ払っていてよかったって思いました」  ふわりふわり、湯気が立ち込める向こう側、真っ赤になった真紀が、真っ直ぐこっちを見つめてた。 「貴方に出会えたから」 「……真」 「初めて、良い思い出になりました」  ふわり、ふわり、って気持ちが広がっていく。 「ねぇ、真紀」 「はい」 「今度、また鍋しようか。ほら、さっき、スーパーで塩出汁つゆっていうのあったじゃん、あれ、気になる」 「是非。そしたら、坦々鍋もしたいです」  いいねって同意して、他にも、仕事後一緒にスーパーで何味にしようかと悩みながら眺めた汁の素の種類を言い合う。  今って、家飲みする人が多いからだろうか。種類が相当な数になるんだな。あまり今までは気にしてなかったから、わからなかっただけでさ。あれ全部を食べるとなると、年越したりして。  クリスマス、には行くかもな。もうあと二ヵ月なんだから。 「ふふ……」  同じことを思っていたのかもしれない。 「なんだよ。急に笑って」  真紀が笑って、曇りがちな眼鏡を指で押し上げた。 「鍋、美味しいなぁって思って」  あ、ほら、来た。 「誉さん?」 「……真紀」  ツボ、ごりごりっていうのが来た。眼鏡取った途端に現れる男っぽい傷と目が見えなくなることでどうしてもしかめっ面になる表情、照れ臭そうな苦笑い、そういうギャップがツボを押す。 「なぁ、真紀」  押されたら、誰だって気持ち良くなるだろ? ゾクゾクするんだ。だから――そう誘惑めいた視線と声で名前を呼んで、身体を前に倒す。今日は真紀の服を着てるから、少しサイズが大きいんだ。緩めに開いた胸元なら、それこそ……さ。 「真紀……」 「はい。ご飯、冷めてしまいますね」 「…………」  何、その眼鏡、そういう効果もあるわけ? 湯気で曇りがちな眼鏡をクロスで拭って、掛けなおせば、いつものガチガチスーパーハードな真紀に戻った。 「っぷ、あはははは」 「誉さん?」 「なんでもない。っつうか、食べよ。俺も腹減ったから」 「……はぁ」  気の抜けた返事をした真紀をそのままに俺は、シチサン真紀らしくバランスよく盛ってくれた鍋を食べて、笑って、次はちゃんこもいいかもって、今後される二人鍋の予定に、もうひとつ食べたい味を付け加えておいた。 「エ、エレ」  英語、そうそう英語ってすごい苦手だったんだよ。特に専門的な機械系の単語の英文なんて、まず頭に入ってこなかった。  交換勧告とか翼面圧力とか、の英単語が並んでいるだけで、ギブアップしそうになる。 「エレクトロ……」 「電気絶縁性樹脂シート」 「へ?」  俺がぽかんとしてたんだろう。ベッドに寝っ転がる俺の隣で、真紀が四苦八苦していた工業系英単語を流暢な英語で言いなおした。 「何、お前、英語もできるの?」 「多少は」 「マジで? すごいな」 「大学で国際コミュニケーション専攻してたので」 「へぇ……」  そうなんだ。なんか、見た目から、もっとこう、ガチガチにお堅い文学とかかと思った。 「意外。いいなぁ。俺、苦手なんだ。英語とか。ペラペラじゃん。海外とかよく言ってたのか?」  まだ、始まったばかりの関係性で、お互いの好きなものすらこの間知ったばかり。もちろん、過去なんてものは知りもしない。知ってる過去っていえば、真紀が恋愛、セックス、ともにゼロっていうことくらいだ。あ、あと、案外、辛いものも得意だっていうのはさっき夕飯を突付きながら教えてもらった。 「なんかしゃべってみてよ」  身を乗り出し、そう催促をすると、真紀の使っている、そして今自分からも香っているボディソープの爽やかだけれど少し混じる甘さが二人分重なって濃くなった気がする。 「……そのうち」 「えー、なんでだよ。今」  重なって、そして、覆い被さるような格好になった真紀に、身体が何かを期待する。期待した分、火照って、香りが立ち込めて、もっと。 「ん、ぁっ、ちょ、何、言って。意味が、早くてっ」 「日本語で、あとどのくらいおあずけを守ったら、貴方の中に挿れてもらえるの?」  ホント、恋愛経験ゼロだなんて思えない。つい数ヶ月前まで童貞だった男が恋人をベッドに押し倒して、その耳元で、催促された英語使って誘い文句とか。 「ぁ、ンっ、真紀っ」  しかも、さっき飯の最中だからって「おあずけ」食らってたのはこっちなのに。 「ん、んんっ」 「誉さん。さっきすごく我慢したんです」 「あ、ン、真紀?」 「食事中、胸元チラつかせて」  あ、気が付いてたのかよ。襲って欲しくて、わざと、お持ち帰りされたい子みたいに、誘惑してたの。 「あンっ」  首筋に吸い突かれて、甘い声を上げる。 「あとで、英語みっちり教えてあげるから」 「あっ!」  スルリと遠慮なしで忍び込む手に身体が悦ぶ。 「今は、俺をここに……」 「ぁ、あっ、ン、ローション、も、して、あるっ」  柔らかいだろ? いつも、真紀に抱かれまくって、身体が指だって、ほら、こんなに気持ち良さそうにしゃぶりついてる。だから、ほら、そう差し出すように腰を浮かせると真紀が慣れた手つきでパンツと下着をいっぺんに下ろしてしまう。  そして、膝をつかんで、身体を開かせて。  目が合うだけで興奮する。 「煽らないで。この中に入りたくて仕方ないのに、もう、イきそうになったじゃないですか」 「あ、あああっン」  ずっと我慢してたみたいに唇を食まれながら、押し込まれる、その激しさに煽られ、こっちが翻弄されていた。

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