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第40話 何か、思い悩んでる?

「えー、それでは、本日の点検、納車の予定です」  毎朝の定例ミーティング、その日の予定をあらかじめメールで送ってあるけれど、口頭でも再度確認の後、各々の職場へと向かう。真紀はたぶん、営業のミーティングが待っていて、俺は整備工場のほうへ。  俺たちが同じ歳、この前、終わった感謝祭や、その後の打ち上げの様子などから、仲がいいっていうのはなんとなく周知のことになっていた。でも、こういう仕事の時は一応離れているのだけれど。  壁のところにいる、真紀の様子がおかしかった。  俯きがちで、誰も気がついていないようだけれど、眉間に皺が寄っている。そして、何か考え事をしている。深く、真剣に、何かを。 「では、以上で朝のミーティングは終わります」  その声と共に、一斉にそれぞれの職場へ向かう。真紀も、その声に数秒遅れで気が付き、顔を上げた。  俺は気になってずっと見つめてしまっていたから、自然と目が合う。目が合って、真紀は、ほんの数秒、表情を厳しくさせたんだ。 「おーい、天見、悪いが、ちょっといいか?」 「あ、はい」  なんだよ。急に。そんな顔して。 「悪いな。あっちのヘルプ、お願いできるか? ちょっと腰が痛くてな」 「はい。チーフ大丈夫っすか?」  声をかけると、苦笑いを浮かべながら、相当痛いんだろう腰の辺りを手で抑えつつ、重石でも付けてるかのように歩いていった。  もう、俺の手は大丈夫。仕事は通常通りに戻った。そんで昇級試験の勉強をしつつ、英単語に関しては真紀に教わって。 「……」  いつもどおりだった、と思う。  数日前に会った時もいつもどおり、食事を一緒にして、少し勉強して、真紀はそんな俺を眺めて、風呂入って。  ――誉さん。すごく、好きです。  そんな、いつもどおりの夜だった。 「どうっすか? 天見さん」 「んー、ここ、っぽいな、劣化してる」  車の中を覗き込んで、不具合に繋がりそうな場所を探し出す。入り組んだパイプの森の中を覗き込んで、目を凝らして。 「ここ、ここんとこか」 「あぁ、なるほど」 「部品交換かもな」 「そっすねー」  随分年季の入った車だった。手を少し中に入れただけで真っ黒だ。 「悪い、部品発注をしていいのか確認頼める? 手、洗ってくるから」  言いながら、おもむろに立ち上がり、爪の間に入って取れない黒ずみを思った。こんな手だけど、真紀はいつも愛おしそうにこの指先にキスをする。お姫様のように可憐なわけでも、王子のように整ったわけでもない指先に。 「手、ばい菌入らないようにしないとですよ。傷」 「……真、ぁ、三國」  整備工場の出入り口、扉のところにある小さな流し、そこに真紀がいて、手にファイルを持っている。 「これを届けに」 「あ、あぁ、さっき言ってた納車の?」 「……はい」  びっくりした。そして、その表情を伺ってしまう。  朝のミーティングの時のまま少し硬くて、少し伏せた表情だった。  じゃぶじゃぶと水の流れる音、それと機械油を落とせる特殊な石鹸のとりあえずでつけたオレンジの香りがふわりと辺りに立ち込める。 「…………なぁ」 「あのっ、天見さんっ」  口を開けたのがほぼ同じタイミングだった。そして、そこに被さるように、俺がヘルプで入っていたスタッフが俺を呼んだ。 「わり、作業の途中だったんだ」  少し逃げ出したくもあったんだ。 「あ、はい。あ、あのっ、いえ……はい」  だって、そんな思いつめたような顔して、苦しそうな顔して、何かと思うだろ。だから、あまりその先を聞きたくなくて、もしかしたら手身近で済むことかもしれないのに、どんなことなのかも訊かずに走ってしまった。  不安、しか駆り立てられなくて、逃げてしまった。  何? なんだよ。何か言いたいことがあるんなら言えよ。あぁ、でもやっぱり聞きなくないかな。何か怖い気がするから、やっぱりいらない。  そんな言い合いを自分の内側で一日繰り返していた。 「誉さん!」  だから、身構えてしまう。 「あのっ」  仕事終わり、いつもどおり、連絡をつけて、二人で常連になった駅前の小料理屋に行き、そこで口を真一文字に結んだ真紀の言葉に身構える。  ごくりと喉を鳴らすほど緊張していた。 「あのっ……」  何? なんなんだよ。 「あの」  だから。 「あの、来月、二日ほど、お休みをしていただけませんか!」  何を言おうとしてるんだよ。 「…………え?」  そんな険しい顔をして、苦しそうに、何を。 「旅行に、一緒に行ってはいただけないでしょうか」 「……」 「や、休みを同じ日に取らないといけないので、貴方はイヤだろうと思うんです。でも、どうにか理由をつけていただいて、その」  何を言うのかと思っただろ。 「二日間、泊まりで旅行を、したいんです」 「…………っぷ」  びっくりして心臓が止まるかとけっこう本気で思ったんだ。 「ぷははははは」 「ちょ、誉さん?」 「わり、なんだ、そんなことか」  俺はてっきり……けれどそれ以上言葉を続けなかった。ただ、ただ、心底ホッとして、ホッとした瞬間、身体中につけられていた重石が全て消え去ったみたいに軽く感じられる。 「なんで笑うんですか!」 「だって」  なんでってそんなの嬉しいからに決まってるだろ。 「なぁ、真紀、それを一日言おうと思ってたの?」 「? はい」  眉間に皺を寄せて、笑った俺に少しむくれた真紀に、今さっきまで緊張でぎこちなく動いていた心臓が楽しげに鼓動してる。 「だって、貴方が職場にはバレなくないって」 「まぁな」 「しかも最近、仲良しだねって言われてしまって」 「あはは、そっちでもそういう認識になってんだな」 「! そ、そちらでもですか?」 「いいよ」  なんでびっくりした顔すんだよ。断るわけねぇじゃん。 「なんか理由付けて有給申請しとく」 「! そ、そしたら、俺は、その日、風邪を」 「いいよ。普通に理由つけて有給申請しろよ」 「でも!」  真紀はウソが下手だから、全部顔に出てるから。その思い悩んでいることも、全てが表情に出ているから、きっと仮病なんて上手くできない。前日辺りはニマニマ笑ってて、どう見たって急に風邪なんてありえないレベルで嬉しそうにしてる。 「いいよ。旅行、真紀と行く」  それに、一泊二日の旅行なんて絶対に行きたいに決まってるだろ。

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