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第50話 早く帰ればよかったのに
たとえチーフ代役だとしても、同じ現場で働く作業員。仕事はチームで頑張って支えあっていかなきゃいけないのだから、チームワークは大事だろう? 仕事っていうのは、しっかり作業員全員と向かい合わせでやっていくもんだ。
なぁに、臨時なんだから、いいよ、営業部のほうまで無理に都合を合わせなくたっていいさ。
何が、なぁに、だよ。
チームワークは大事なんだろ? 営業部と整備部は同じ店舗のスタッフだろうが。チーム、じゃないのかよ。
何が、明日からは遅れの出てる作業を進めるし、オーバーホールの作業があるから、もしも歓迎会という素晴らしい席を設けてくれるのなら、申し訳ないけれど、今日はどうだろうか――だよ。
今日は営業は忙しいってわかってて狙ったんだろ?
なびくことは、ない。
隣にならないようにずっと一番動くことのなさそうな、サブチーフの隣に座っていた。サブとしてサポート、陰に徹するのが上手い人で、おとなしくて、温和で、チーフと良いチームだった人だから、たぶん、鴨井みたいな騒がしく明るく人見知りしないタイプは苦手だと思ったんだ。
「チーフのお見舞いに今度行こうと思ってるんです」
「あぁ、いいね。でも僕が代表で行って来るよ。今度の休みにでも行こうかなって思ってたんだ。大勢で押しかけるのはいけないだろうし、快気祝いとか、あの人は気を使いそうだからね」
あの人ならたしかに気を使いそうだ。いつも、部下の様子を気にしてくれたから。整備部の代表としてサブチーフが見舞っても、営業部も含めてお礼をしそうな気がする。あの人はそういう人だから。
そして、この人は案の定、鴨井が少し苦手なようで、若い新人メンバーと勢いのある飲み方をしている姿をただ見守っていた。
「昇級試験はどう?」
「あー、頑張ってます。ちょっと難しいとこもあるんですけど。でも、昇級して、いつかは一級整備士になりたいです」
実技、学科に加えて実績まで加味される難しい資格だ。でも、いつかは取りたいって思ってる。
チーフは酒の席になるとよくこまめに部下のところを回って、話を聞いてくれていた。サブチーフはそんなチーフの本当にサブとして影で支えてる印象がある。淡々と仕事をこなす職人気質な人だ。
「頑張って。君ならなれるよ。チーフが」
「?」
「チーフが君のこと、すごくかってたよ。僕も、君には一級整備士になって欲しいと思ってる」
嬉しかった。真紀に自慢してやりたいなぁって思った。今頃、何してるかな。
時計を見れば、そろそろお開きの時間だ。幹事をやっている新人はおっとりしてるタイプで、力もまだたいしてないせいか、作業一つ一つが大変そうで、更に不器用だから、危なっかしい。今年、感謝祭の仕切りを免れたと思ったら、こんなところでもっと大変な仕切り役をやらされる羽目になる、くじ運がなさそうな奴だった。
そんな新人が大慌てで会費の計算を始めた。二時間半のコース料理に飲み放題付き。先に徴収しておけばよかったものを仕事の終わりがバタついてたから、無理だったんだろ。今、一気に集まってくる支払いにあたふたしていた。
「すんません」
一礼をして、その新人の元へと駆け寄った。
「ほら、金、数えてやるから」
「! 天見さん!」
半泣きになるなよ。まぁ、幹事やったことなんてないんだろうな。店を選ぶのだって、二十人、三十人の大所帯ってわけじゃないんだ。誰か先輩に訊けば、整備部の数人くらいならと融通を利かせてくれる飲み屋を一件二件くらい知ってるよ。きっと、スマホでネット検索とかしたんだろ。そのほうが時間かかるし大変だったはずだ。ここに案内する時だって、ずっとスマホ片手ににらめっこをしていた。
「こっちはいいから、歓迎会の締め」
「あ、はい!」
これじゃ、あんま飲み食いできなかっただろうな。そのくらい、ずっと慌てて動き回っていた。
――お疲れ様です。歓迎会、終わったら連絡してください。迎えに行きたいです。
そのメッセージに思わず笑みが零れた。迎えに行きます、じゃなくて、迎えに行きたいと言うところが真紀らしくて、ただの文字なのに読んだだけでくすぐったくなる。
今、終わったとこ。俺も迎えに来て欲しい。
そう打とうと思ったところで、新人も幹事としてのお見送りを終えたらしい。
「お疲れ。皆は二次会?」
「は、はい。あの、二次会の手配は」
「そこは行きたい人だけでいいだろ」
大人なんだから、そのくらい自分たちでどうにかする。引率っていう幹事は一次会だけやってやれば充分だ。
「す、すみませんでした! あの、色々と」
「いいよ。別に。ちゃんと飲んで食った? お前、幹事だからって、金は払ってんだから」
「ありがとうございます」
「ほら、飴ちゃん」
今さっき会計をしに行ったレジでカゴに入っていた飴をふたついただいてきた。腹の足しにはならないけど、疲れた時には甘いものっていうだろ? 新人は、ただの飴玉ひとつでも、また半泣きになっている。
「お疲れ、俺はこっちだから」
「あ、はい。お疲れ様です。お先に失礼します!」
新人を見送って、ようやくひとりになれたから、さっきの続きを。真紀に、今終わったところだと、連絡を。
「よぉ、お疲れ」
連絡をしたかったのに。
「…………鴨井さん」
「えらいなぁ。新人君の手伝いしてあげる先輩」
なんで、邪魔が入るかな。
「主役の貴方は二次会に行かなかったんですか?」
「んー、まぁ、だって、ほら、ここ」
「……」
職場から程近いところにゲイバーがある。だからこそ、営業部に新人で入った真紀は、歓迎会の帰りに、俺がほっつき歩いていたゲイバーの並ぶ通りをウロウロしていたわけだし。
「一杯一緒にどうかなぁってな」
今、終わったとこ。俺も迎えに来て欲しい。駅前の通りんとこの飲み屋。そこまで打って送ってしまった。
「……お断りします」
ここから移動するかもしれないからって。この人を避けるために、とりあえず駅前のほうに行こうかと思ったんだ。
「それじゃあ、俺は、」
「あれ? カモじゃん。なにぃ? ここでナンパ?」
「げ」
鴨井が、ちょうどとおりがかったらしい知人の男に、とても嫌そうな顔をした。でも、鴨井の表情なんて気にかけることもなく、その知人は親しげに会話を続け、触れる。
どう見てもノンケの男じゃない。鴨井の顎を猫でも撫でるみたいにくすぐって、細い身体をあからさまにしならせて笑う。横顔も美形だった。色白で、細い首、うなじが強調されるようなショートカットに、身体のラインが見てわかるスリムな服装。身体もだけれど、顔も中性的だった。意図して、そうしてるんだと思う。
「最近、仕事仕事って言ってたのに、仕事してないじゃん」
「あー、また、今度な」
レンと同じ、男を誘う術を知ってる。
「えー? なんで? 今から、向こうのお店に行くんだから、一緒に飲もうよ」
「んー、また今度」
そして、きっとセフレ。
「どうぞ。俺はもう帰りますんで」
そうだった。ここから移動するかもしれないから、真紀にそのことを連絡したいんだよ。俺は。
「え、ちょ! 天見!」
じゃないと、ここら辺に真紀が来ちゃうから。そしたら、また、鴨井がいて、真紀にいらないヤキモチを。
「誉っ!」
だからやだったのに。来ちまったじゃないか。
「真紀、わり……」
新人が四苦八苦しててかわいそうだったから手伝ってたんだ。そいつが無事帰るのを見届けてから、真紀に連絡をって思ってて、けど、そこに鴨井が現れて、その鴨井の知人がさ。
「誉。お疲れさ……ま……」
知人が、セフレが来たから、連絡が出来ずじまいだったんだ。
「……ぇ」
真紀が俺を見て、それから、何かちょっかいをまた出そうとしてたんだろうと鴨井を目で諭そうとして、止まった。鴨井のほうを、信じられないものでも見つけたように目を見開いたまま、固まった。そして――。
「三里(みさと)……」
小さい声で、誰かの名前を呟いた。
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