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第52話 正直者と卑怯者
あぁ、って、思ったんだ。
いつも酒で失敗するって言っていた。あれは、三里のことがあったからだ。自分が優柔不断だったから、そんなもんか、で頷いてしまったから、三里を傷つけた。あの時、キッパリハッキリさせていればよかったのに。そんな後悔が真紀を生真面目で四角い性格にした。そして、今でもずっと申し訳なく思っている。
なくしてしまった眼鏡の代わりにあいつがかけていたのは子ども用のものだった。俺は、あの時笑ったけれど、あったんだ。そんなに頻繁に変えないものなのか? って疑問だったけれど、あった。大学生の頃にかけていたものが。もう折れてしまって使えなくなったけれど。だから、あの子どもの頃のしかなかった。
全部、真紀の言った言葉、した行動、その全部が物語っていた。
呪いだ。
傷ついた三里の放った言葉は真紀には鋭すぎて、人を傷つけたと真紀が自分を呪うためのお札になった。
――ひどい。
そう言われて、真っ直ぐで、正直な真紀は自分に呪いをかけた。
「……」
俺は、真面目じゃないし、真っ直ぐでもない。正直者でもない。だから、ごまかしてしまった。
その言葉は呪いの言葉じゃないって。
「天見、悪い。タイヤの在庫管理、今のうちにしておきたいんだが」
「……」
「一緒に倉庫に来てくれるか?」
鴨井が俺を呼んでいた。
「まさか、三里と三國が知り合いだったとはなぁ。にしても、輪島さん、本当に真面目だな。在庫、ちゃんと整理整頓されてるわ」
これじゃ、在庫管理が数分で終わっちまうって笑っている。
「あの後、どうしたんですか?」
「……気になるか?」
「いえ、別に」
真紀が現れてしまったけれど、セフレの三里は鴨井を誘ってた。
「あのまま別れたよ」
どうして、いらないといった返事をするんだ。
俺は、セックスしていて欲しかった。真紀のことは昔のことだからと、割り切って、今の相手とセックスしていて欲しかったんだ。
「……そっちはどうよ」
「……」
「ふーん」
どうして、したくない返事を読み取るんだよ。
しなかったんだ。セックスはしなかった。真紀は俺に三里のことを話すと、そのまま俺を送り届けた。おやすみなさいと、穏かに笑いながら、帰っていったんだ。
「……なぁ、天見」
「……」
あぁ、って思ったんだ。
「本気で、俺に乗り換えないか?」
「……」
あぁ、三里は真紀のことをまだ思っている。誰が見たってわかるくらいに。
「って、愛し合ってる二人の間に入る、クソ邪魔くさい横恋慕キャラらしく言わせてもらうけど」
だから、わかってる。気がついている。けれど、真紀みたいに素直じゃない俺は、知らないフリをしたんだよ。わざとだ。わざとわからないことにして、真紀には教えてやらなかったんだ。あいつは少し鈍感なところがあるから、俺が教えてやらなければ、きっとずっとわからないって思ったから。
「なぁ、三國って、あれ、経験あんのか? 男、だけじゃなくて、女も含めて」
全くすれていない。鴨井が俺をナンパした時の下手くそな遮り方からしてみても、不慣れなことは容易にわかる。
「他を……知らないわけだ」
そうだよ。真紀は他なんて知らない。
今、あんたが思ったのと同じことを俺だって、最初、思ったよ。セフレだと思っていた俺は、最初にそのことを考えた。初めての行為に今は溺れているけれど、そのうち他を知りたくなるに違いないって。オレンジ味の飴ばっかりじゃ飽きてしまうから、色んな果物の味の飴があるように、ずっと、一生、ひとり、だなんてそんな高尚なこと、ありえない。
セフレがいて、彼氏がいて、それなりに経験をしてきた俺にはさ。真紀の決意は尊すぎて、目が眩む時がある。
「誰も知らず、たった一人の恋人はお前だけだと決めた男と、たくさんの相手がいた中から、たった一人、お前がいいと思った男、どっちのほうが、お前は安心するよ?」
「……」
「なぁ、天見、どう、思う」
たくさん経験をした上で、真紀を好きになった。真紀の純粋さも、真っ直ぐさも、眩しくて、綺麗で、触れて確かめてみたくなったんだ。どんなものなんだろうと、思わず手を伸ばした。
「セフレだなんだ、そういう関係の奴全員、切ったら、お前は俺に乗り換えるか?」
「……」
「もちろん、三里とも縁を切る」
手を伸ばしてみたら、そこにはとても優しくて温かくて満ち足りたものがあってさ、触れてしまった俺はどうしても欲しくなった。
「どう?」
今まで、触れたことのないものだったから、欲しかったんだ。
「誉さん!」
「……真、三國、呼び方」
息切らして、まだ仕事中なのに、何してんの? まさか俺のこと迎えに来てくれたとか? 鴨井がまた何かちょっかい出すのかもって慌ててくれた?
そうならすごく、嬉しい。
「さっき、天見さんが、鴨井さんとどこかに行くのが、見えて」
初めてだった。こんなにくすぐったい気持ちも、こんなに恋しさの募る想いも、初めてだったんだ。
「ただのタイヤの在庫管理。手伝ってただけ。冬支度だよ」
「……本当に?」
「本当だ。ごめん。俺、このあと塗装チェックが入ってるんだ」
色んな男と付き合ったけれど、こんな気持ちになったのは、本当に初めてだよ。
「また、あとでな」
泣いて縋ってでもその手を離したくないって思ったのは、ホント――。
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