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第57話 案外

「熱はないんですか?」 「……ない」 「さっき、インフルかもって、言われましたけど」 「……ない」 「実技試験はどうだったんです?」 「たぶん、だいじょ……いや、微妙、かも」 「は、あぁぁぁぁぁ?」  びっくりした。二人っきりの車内、音楽も流さない静かな中で、いきなり真紀が叫んだりするから、驚いて、ビクッと飛び上がった。 「だって」 「だってじゃないでしょ! 何やってんですか! 貴方が! 整備士の仕事をすごく好きで! 頑張ってるのを知ってるから! あの時だって、そのあとだって、待ってたのにっ」  真紀らしからぬでかい声に俺は気圧されて、ちょっと助手席の窓に寄りかかるくらい。 「何やってんすか!」  口調、変わってる。 「ったく」  シチサン眼鏡なのに、中身が、セックスしてる時の真紀だ。 「イイコで待ってたのに」  荒々しくて、ガツガツしてる。 「イイコって……真紀」 「俺が、別れたいって言われて、別れると思いました?」 「……だって」  ガツガツしてるけど、でも、俺の中をトロトロになるくらい甘やかしてくれて、優しく、溶かしてくれる。 「試験直前に貴方の邪魔なんてしません。俺のことが貴方の仕事の邪魔になるのなら、邪魔にならないようにします。でも……」  セックスする時、俺がイった後、待ってと懇願しても、俺の中を掻き乱すのをやめない真紀は、案外、自分勝手だったっけ。 「でも、俺は別れるつもりなんてないですよ。ただ、自分の気持ち以上に貴方のことが大事なんです」 「……けどっ」 「試験の邪魔だったんでしょう? だから、邪魔しないでイイコにしてました。それなら貴方が別れる理由はない」  真紀の運転する車がウインカーを出し左に寄せられる。そして、ハザードランプが点滅して、路肩に止まった。  やだ。ここで、こんな所で車停めるなよ。 「なのに、貴方が自分で試験ダメになんてしたら、俺、怒りますよ?」 「っ」 「せっかく、イイコに、してたのに」  ここじゃ、ヤダ。 「な、んだよっ、だって」  真紀が助手席の窓ガラスに手を突いて支えにしながら、身を乗り出した。覆い被さるように、近くに真紀の顔があって、吐息が触れたら。 「俺はっ」 「もう、いいですか?」 「っ」  ここで、発情する。 「イイコに、待ってなくて、いい?」  なのに、ここじゃセックスできないから、早く、走れよ。どこでもいいから。 「い、いよ……待て、しなくて、いい」  早く、どこかで、セックスしたい。 「あっン……ぁ、真紀っ」 「なんですか?」 「あ、あっ」  イイコでずっと待ってた仕返しみたいに、焦らされた、再発進した車は丁寧に安全運転で右に曲がり、直進して、駅前の混雑した道を通り、今度は左へ。真紀の自宅に向かってるのがわかった。わかったけれど、法定速度をほんの少しだってはみ出ることなく進む車がもどかしくて、一人助手席で身を丸めてしまうくらい火照ってしかたなかった。  セックスしたくて。  真紀に抱かれたくて。  真紀にめちゃくちゃにされたくて。  一人身悶えてるのに、真紀は涼しげな顔で運転していた。 「ン、あっ、真紀っ」 「下着の中、ベトベト……」  真紀のうちに着いて、部屋入った瞬間、奪うようにキスされたから。キスされただけで身体がのぼせたみたいに熱くなって、そこがジワリと濡れたのを感じた。 「ぁ、やぁっ……ン」  具合が悪いからと急いで帰らされた俺は作業着のまんま。真紀の顔を見た瞬間から、もう溢れて無理だったから、なんもかんもそのままにして、今、ここにいる。手だって汚れてる。実技で分解、解析、再組み立てをした手のままだから。 「貴方のこれ」 「んっ」  ツナギのジッパーを下まで下ろされて、下着の中を無遠慮にまさぐる上品な指に自分から先走りでベトベトに濡れたペニスを押し付けた。  触って欲しくて仕方ない。扱いて、イかせてもらいたくて、その手に握られたくて、たまらない。 「可愛い……」 「ん、バカっ」  お願いだから、俺のそれ、握って。 「ン、真紀」  真紀の大きな掌の中でイかせて。根元んとこ、亀頭のとこを掌で擦って、鈴口を親指で割り開いて、いじめて。 「お願い」 「……やらしい」 「あ、ぁ、あっ」  きつく握って。真紀にイかされたい。 「ぁっン、真紀っ」  真紀の掌でイきたい。 「あ、あ、ああああっ」  数回、きつく扱かれただけで、玄関先に白い雫が飛んだ。 「あっ……」 「射精するの、早い」 「ン、だって」 「してなかった?」  してないに決まってるだろ。別れようって言ったけど、俺はずっと、真紀のことを好きなまんまだったんだから。いつか、過去の男みたいに、思い出の中に埋もれてくれたらいいって願えば願うほど、浮き上がって、際立って、真紀のことしか考えられなかった。  真紀が俺を見て、ふわりと笑った。涼しげな口元を綻ばせて、笑って。 「ン、あっ、真紀っ、ぁっン」  その唇で乳首を食んだ。 「あっ待っ……ン」  乳首を舌で濡らされて、噛まれて、齧られて、吸われた。ちゅ、なんて音を玄関に響かせながら、愛撫されてたまらなくやらしいことをしてるって興奮にまた感度が増す。 「ここも、やらしい」 「っンっ」  乳首を咥えながら、俺を見上げてそう笑う真紀がやらしいから。 「あっン、ン、あっ、乳首っ……ぁっ」  そんな男が俺の乳首を吸ってるのが、たまらないから。 「ンっ、あン、待っ、ぁ、またっ、イっ」 「……」 「あ、ぁ、イっ、んんんんんんっ」  きつく、唇に食いつかれた瞬間、包んでくれた真紀の掌の中でまたイっていた。扱きもせずに、ただ包まれながら、甘噛みされた乳首の快感だけで、射精していた。 「あっ……ウソ……」  連続でイかされて、何も考えられなくなる。真紀しか。  その真紀を抱き締めてしがみつくと、邪魔になったのか、眼鏡を外し、靴棚の上にそれを置いた。 「……ぁ」  そして見える、真紀の傷痕。三里とのことで残った真紀の、傷。 「……誉さん」  その傷にそっと口付けたんだ。 「この傷を見る度、思ってたんです」  真紀の傷にキスをした。

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