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良い子でお留守番編 2 残念がる男

「あ、あの、レンさん、ちょっと宜しいですか?」 「はい? 何、改まって、真紀君」  レンが首を傾げると、今、イメチェンを計っているらしく長く伸ばしている前髪がサラリと揺れた。「秋だからね」なんだそうだ。少し眺めの髪、憂いの表情、っていうので、絶賛年下の彼氏を夢中にさせたいらしい。今の彼氏、五つ下のピチピチ二十歳。イケメン、らしい。だから、しっとり大人の雰囲気を醸し出すんだそうだ。  休日、レンのその年下彼氏は仕事らしく暇だからって、バーに誘われた。二十歳彼氏の惚気を聞かせてやろうって思った矢先、シチサンにバリバリに固めた真面目モードの真紀が神妙な面持ちでレンを呼んだ。  俺はそんな真紀の隣でいつもどおりハイボールを飲んでる。  このおつまみのチーズ、美味いな。あとで、マスターになんてチーズなのか訊いてみよう。酸味が強いのがけっこうクセになる感じだ。 「その……」 「なぁにぃ?」 「その! 誉さんは前からあんな感じにエロかったんですかっ?」 「ぶっ、ゲホッ、げほっ」 「そのっ、エロいと思うんです。なんというか、色気がだだ漏れしていて、何か、ちょっと、こちらの頭がおかしくなったんじゃないかと思うほど、その衝動が抑えられないというか、収まらないというか。つまり、四六時中考えてしまって。なので、よく彼は彼で、生きてられたなと」  何、言い出すのかと思った。あー、くそ鼻痛い。鼻にハイボールがむせた拍子に入っただろうが。  すっげぇ真剣な顔してるから、ホント、何かと思ったのに。なんだそれ。アホだろ。 「バカなの? ねぇ、誉の恋人って、バカなの」 「バカになっちゃいそうなんです!」 「や、すでにバカなんじゃないのって話してんの」 「そうではなくてですね!」  お綺麗どころのレンがここまでイラっとした顔をするっていうのは珍しい。よっぽど嫌いな相手にしつこく言い寄られるか、もしくは、本当に素のまんまでもいられるくらい気楽な相手か、しかない。  誘われるのを上手にかわして、いつだって、ふわりとしてた雰囲気を持ってるのに。 「アホ……もう、真紀、何言い出してんだよ」 「誉さんが悪いんでしょう?」 「なんで、俺なんだよ」 「っぷ」  笑ったのはレンだった。笑って、一つ呼吸を置いて、溜め息を落っことしたグラスをまた煽る。 「色気ねぇ……若い頃はモテてたよー、すっごおおおく」 「ちょ、レン、あんま大袈裟に言うなよ。信じるだろ」  慌てて打ち消したけど、でも、まぁ、それなりに派手に遊んでたのは本当のことでさ。その過去が真紀にどう見えるのかは、俺にはどうにもできないこと、なんだけど。 「モテてたけど、でも、こんなに嬉しそうにしてるとこは、見たことない、かな」 「!」 「ホントだよ? こんなふうにデレデレしまくってるとこ、初めて見たもん。エイッ」  またレンが得意のピーナッツの殻投げをひとつだけした。 「あ、ちなみに、色気なら、僕のほうがすごいから」  そして、笑って、また新しいピーナッツの殻を投げつけるべく、一つ、その中性的な指先で摘むと、楽しげに口の中へと放り込んだ。 「やっぱり、相当モテてたんですねぇ」 「んー……」  少し寒くなってきたな。酔ってても風の冷たさに肩が縮こまる。真紀の長い指で撫でて、ブラッシングみたいにすいてもらうと気持ちイイから、切りに行くのをためらってる髪が風で揺れてちょっとだけ邪魔くさい。 「そうね……モテてた、かもね」  前にもそんな話したっけ。俺は真紀が初めての相手じゃない。たくさん経験をして、セックスを覚えた。けど、真紀は俺が初めてで、キスもセックスも全部、俺として覚えた行為で、俺の、しか知らない。それにちょっとビビって、ちょうど現れた、過去の人にビビった足は後ずさりを始めた。  今では、あんま思わない……ようにはしてる。その、真紀が浮気をするとか、しないとか。そういう感じのことは、考えたって、切なくなるだけだからさ。 「でもさっ、真紀」  顔を上げると、真紀の指がわかっていたように、目もとにかかって邪魔くさかった前髪を後ろへと流してくれた。 「真……」 「残念」 「え?」 「貴方ともう一度したいって、今更思っても、もうそれは叶わないんですね」  この指はたまらなく好き。 「どんなにしたくても、もう恋人のいる、貴方とは一生できない。そんな残念がる男がたくさんいる」  しゃぶりつきたくなるくらい、好き。 「だから、残念でしたっ」 「!」 「もう、貴方とは、誰もできない」  たとえ、この味を知っていても――なんて、甘く囁かれて、この好物の指先に唇を撫でられたら、もう、たまらない。 「あっ、あぁっン」  前にヤキモチをやいた真紀と玄関でセックスしたことがある。情欲にかられて真紀がその情欲任せに俺を激しく抱いたことがあったけど。 「ああっ、ン、イくっ、真紀っ」 「いいよ。誉がイくとこ、見せて」 「あ、あぁ、あああああああっ」  今日は違う。 「あっ…………ン」  騎乗位で、自分から跨って、真紀のズボンの前を寛げ、今朝の名残のある孔にもう滲んでた真紀の先走りをつけて、ほぼほぐさずに突き刺した。挿して、貫いて、腰を浮かせて、また深くまで飲み込んで。今すぐにでもイっちゃいそうなくらい初っ端から激しいセックスをした。自分のペニスを衝動まかせに握って、扱いて、孔で真紀をしゃぶりながら、握っていた掌にドクドクって。  俺が真紀を襲ってセックスした。 「あ、ぁっン、もっと、真紀、真紀もっ、イって」 「んっ」 「あぁぁン、そこ、好きっ」  腰をつかまれ、前立腺を突かれながら、快感を夢中になって味わってる。 「ン、真紀、ここもいじって」  その手を掴んで引っ張って連れてったのは、乳首。ここも欲しい。いじめて、やらしい粒になるまで可愛がって欲しい。 「いいよ。いくらでも」 「あ、あ、ぁ、気持ちイイっ、ン」  突き上げられる度に甘く切なくて、逞しい腹筋に爪を立てて啼いた。 「やっぱり、すごい、色っぽい」 「あンっ、もっと、そこ突いて。真紀の太いので」 「こんな人」 「っン、ぁ、イくっ、これ、ダメ」  バカ、だな、ホント。  俺はこれっぽっちもモテないって。モテたところで、もう関係ない。それに、誰も知らないから。こんなに欲しがりで、こんなに腰振って悦がって、喘ぐ俺なんて。 「あ……ン、好き」  真紀しか、知らないんだから。

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