65 / 121
良い子でお留守番編 4 いいこでお留守番?
「うわああああ! はっず! めちゃくちゃ、はっず!」
ベッドに飛び込んで、早朝四時から溢れる照れ臭さに身悶える。
何してんだ、俺。
――ここ、キスマーク、付けて?
そう言って首筋をこれから仕事で、出張のために始発に乗らなくちゃいけない恋人に晒すとか。
「……」
思い出しただけで、気恥ずかしさに蒸発したくなる。っていうか、蒸発しそうなくらいに顔が熱くなる。その耳まで真っ赤になってるだろう顔を今しがたまで真紀がいた枕に押し付けて、目をぎゅっと瞑った。
たったの一週間だろ。
そう真紀に言い聞かせたくせに、出発間際、玄関先で見せられた切なげな表情に胸のところが締め付けられたんだ。ぎゅっとなって、溢れた恋しさに、なんか、やたらと甘いことを俺はほざいた。セックスのおねだりよりも、キスをせがむよりももっと快感は薄いはずなのに、俺がねだったあの行為は溶けそうなほどに甘い。
「もおおおおっ……はっず」
そんな文句を自分自身にぶつけたところで、顔面の火照りはちっとも消えてくれない。
「バカだろ、俺は」
起き上がって、またぶっ倒れるように転がって。抑え切れない衝動にまた起き上がって、寝転んで。
今頃、駅かな。
顔を埋めながら、真紀のか俺のかわからないほど溶け合った優しい洗い立ての洗剤の匂いに目を閉じた。
――少し、きつめに付いちゃったかも。ごめん。
いいよ。別に。お前のもんだっていう印をそこにも欲しがったのは俺なんだし。けど……少し、痛かったな。チリって、痛くて、ゾクゾクした。
「……一週間、か」
まだ朝の四時ちょいすぎ。寝たのは数時間。だから、もう少し寝ておこう。今日はたしか、キズの修繕業務だったから、寝不足は。
「たったの……一週……」
寝不足は厳禁だ。
過去に恋人がいた時、どのくらいの頻度であってたっけ? 週一? 週二?
一緒に暮したことはない。ただの一度もない。束縛は苦手なほうだった。束縛しているような雰囲気を醸し出して、セックスを、関係を盛り上げるのはしたことあるけど、本当に切ない気持ちになったことはない。
けど、たかが一週間くらいどうってことないだろ? 付き合う前、セフレってことになってた最初のほうは週一くらいじゃなかったっけ? そうそう、最初盛り上がって、会う度にセックスしたけど、そのあと、距離を置こうとして避けて、避けまくって、そんで……週一セフレ?
あれ? そしたら、無理矢理頑張って離れようとして、週一が限界、だった? そんなそんな、そんなベタ甘い恋愛するほうじゃないから。どっちかといえばドライでさっぱりした関係性を好んでただろ? けど、やっぱり週一がマックスに限界。
「…………」
それが事実らしい。
『なもんでよ。もうあと三日延長になったから』
「……はぁ」
電話の向こうに真紀もいるのかな。輪島チーフと話しながらそんなことを考えていた。展示会場がひとつ追加された。そんなわけで、同行班の帰社が三日ほどずれ込むことになった。
仕事だから仕方がない。新型車が想像以上に話題なのも仕方がない。うちの一押し車体なんだから注目を浴びるのはとてもすばらしいことだ。ほら、一昨日のモーターショーでもうちの車種が好評だったって、テレビのニュースでも取り上げられただろ?
けど、けどさ。
「お疲れ様です。はい。こっちは大丈夫です。……はい。はい。失礼します」
けど、まさかのそのまま延長戦とか。
「……」
「ぁ。天見、チーフはどうだった?」
「……延長になりました」
「ええええ? 何? なにかトラブル?」
サブチーフにしては珍しい大きな声だった。本当なら今日の夜帰ってくるはずだったのに。「ええええええっ!」って叫びたいのは俺のほうっすよ。今日、すごく待ってたのに。
「でも、まぁ仕方ないよなぁ」
「そ……っすね」
「さぁ、そしたら整備の仕事、頑張りますか」
ずっと作業だと肩に力が入ってるんだ。その力を外に逃がすようにサブチーフがグンと背伸びをしてストレッチをした。
――-今日帰れると思ったのですが、無理になってしまいました。
作業中はスマホはロッカーの中だ。一級整備士、そんでもってうちのトップであるチーフの不在の皺寄せが地味にじわりとやってきてて、終わった頃にはげっそりになる。でも、真紀からのメッセージひとつで少し疲れが消える。
ガチガチカッチカチの四角い敬語なのに柔らかく優しく、甘く聞こえるのはなんでなんだろう。ふわりと表情が和らいで、気持ちもほぐれるのは、やっぱ真紀のこと好きだから、なんだろう。
――誉さんに会えると思ってウキウキしてました。
ロッカーに額をコツンと当てて寄りかかりながらそれを読んでいた。
――ぶっちゃけ会いたいです。
うん。マジで。
そう返したら、すぐに返信がきた。
――お疲れ様です。
あ、なんだ、今、すぐに返信できる感じなのか? って、まぁそうだよな。展示はすでに終わってるんだ。近くのビジネスホテルに宿泊しているのなら、着替えてリラックスしている頃かもしれない、
――真紀、俺、今仕事上がったんだ。すぐに帰る。ね、十時ちょい前、もう一回電話してもいい?
――いいけど。
――けど?
ダメなわけ? 今日帰ってくると思ってた俺は、けっこう寂しい感じに切ないんだよ。だから。
――このあと、チーフに夕飯、誘われてるんです。
あ、思い出した。過去の男とのデート回数。
――じゃあ、帰ってきたら電話して? 俺も飯食うし。
答えは、「適当」だ。仕事が最優先。会いたい気持ちはとても薄弱で、週一なのかどうかなんてこと気にしたこともなかった。
――待ってる。
待つのも待たれるのも、面倒で、あんまり好きじゃなかったことを、ふと思い出した。
ともだちにシェアしよう!