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良い子でお留守番編 9 エロが溢れてる

 足元がふわふわする。酒飲んだみたいに、覚束ない。 「どこか、痛いですか?」 「んー?」  湯船の中、腹の辺りをさすっていると、十日も離れていた分を取り戻すみたいに、ぴったりと肌をくっつけた真紀が心配そうに伺ってきた。背もたれ代わりに寄りかかっていた俺は、ふわりとした声で、ふわりと返事をする。  十日ぶりのセックスはたまらなく気持ち良くて、たまらなく幸福で、好きが溢れてた。まだ、中で真紀が暴れてるみたいに感じて、余韻まで気持ちイイ。 「なぁ、真紀」 「? はい」  ――向こうは向こうで、楽しんでるかもだぜ? 「真紀は、楽しかった?」 「?」 「出張」  ――ないですよ。  俺はそう即答した。俺は寂しくて、恋しくて仕方がなかった。でも誰でもいいわけじゃない。この恋しさを満たしてくれる相手は誰かじゃダメなんだ。真紀でなくちゃ。真紀は? その、楽しくしてた? 「楽しかったですよ」 「……」 「誉さんが興味津々になるかもって、説明熱心に聞きすぎて、会場で褒められちゃいました。輪島チーフいわく、しびれるフォルムだそうです。誉さんもそう言ってた。曲線がって」 「……」 「それにチーフから、ふふふふ」 「な、なんだよ」  何、そんな笑ってんだ。怖いんだけど。 「知ってました? 輪島チーフ、技術屋なのに、デジタル機器は全然ダメなんですねぇ」 「?」  そこで真紀が珍しく、絶対的に整ったバランスの表情を崩し、ニヤリと笑った。なんだよ。なんで、そんな楽しそうなんだ。 「ずっと同じガラケーなんだそうです」 「ふ、ふーん」  少し嫌な予感がした。 「見ちゃいました」  いや、大分……けっこう、嫌な感じがする。 「誉さんの入社したての頃」 「! ちょっ! はっ、はぁぁぁぁ」  入社したての頃って、それって、すげぇ今よりもずっと華奢でネコしてた頃のじゃんか。そんなの。 「おまっ、なんでっ!」 「だから輪島チーフが面白半分で見せてくれたんです。入社したてで、他の同期と一緒に撮ったのがあるって」 「んなっ!」 「可愛かったなぁ」  そりゃ、そうだろ。あの頃はモテてた。指先も黒くなってなかったし、重いものを運ぶこともほとんどなかったから、筋肉もあまりなくほっそりとしてたんだ。 「か……可愛かったかよ」  拗ねているとわかるように背中を丸めた。 「どんな貴方も可愛いですよ」 「……あっそ」  もうあの頃ほど細くない身体を、丸めた背中から抱えられて、胸のところがきゅっと縮こまる。 「俺の知らない貴方のことを知れて楽しい部分もあった十日でした」  営業の自分には知りえない、日頃の俺の仕事風景、過去の姿、それに、電話越しに見せつけられた、自慰をしながら夢中になって恋人の名前を呼ぶ声、表情。 「でも、やっぱり一緒にいたいです」 「……真紀」 「……ただいま。誉さん」  楽しかったんなら、よかった。俺は、真紀の全部が好きだけど。 「おかえり、真紀」  笑った顔はやっぱりすごく大好きだから、いつだって、笑っていて欲しいんだ。後ろから抱き締める真紀がキスマークを上書きしたばかりの首筋に顔を埋める。俺は濡れてほどけた黒髪を掌で撫でながら、その頭のてっぺんにキスをした。のぼせてしまいそうなあったかい腕の中で目を閉じながら、俺も、一緒にいたいって思ってた。 「ちょ、ちょちょちょ、ちょ、誉さん!」 「ちょ、バカ、真紀! ここ職場!」 「何してるんですか! 貴方、どういうことですか!」 「何がだよ!」  顔、こえぇよ。眉間の傷に貫禄がつくから、その顔やめろよ。すごまれるようなこと、俺は何もしてないぞ。  むしろ、あれだけセックスした翌日でもしっかり仕事をしたんだ。翌日休みでゆっくりした上で、帰ってきた俺をまた抱きかかえて、十日分溜め込んだもん、ぜーんぶ、人の中に置いてすっきり爽快顔の奴に怒られるようなことは何ひとつしてない。むしろ、褒めろ。ベタ褒めしろ。 「色気ダダ漏れってなんですか!」 「はぁ?」  タイヤの管理保管庫で在庫のチェックをしてたら、イノシシのごとく突進してきたシチサン眼鏡。びっくりして後ずさりするよりも早くとっ掴まって詰め寄られて、今、この状況。 「あまりにエロくて性欲制御不能になるかと思ったから、急いで帰ったって」 「は? なんだ、それ。一体」 「おーい! タイヤ運んできてやったぞー!」  げ。 「何してるんですか! あの人相手に、だけじゃなく、ふつううううに、エロい雰囲気でツナギ着て作業してたって!」 「し、知らねぇよ!」  駐車場の片隅からブンブンと手を振っている褐色肌に短髪男。あいつ、一体に何を言ったんだ。 「俺のいない間に、本当に! もう! 貴方は危ないな!」 「んばっ! バカか! ないっつうの! だから、お前くらいだってっ」  見ただろうが。俺がそれなりに男途切れなかったのはあの細い五年前の俺だっつうの。指先なんてめちゃくちゃ綺麗だったんだぞ。今は。 「可愛かったです……」  いきなり声のトーン下げるな。怖いから。 「五年前も、今もずっと可愛いです」 「はっ、どこが」 「あんな、やらしい紐状の下着を着用して、ツナギだけ、中、裸ではにかむとか」 「ちょおおおおお!」  もう絶対にしない。あれ、普通はドン引きされる案件だ。真紀だけだって、あれにそんなに喜ぶの。 「絶対に誰にも言うなよ」 「はい? 言うわけないじゃないですか! あんなに可愛い姿。危ない」 「……アホ」 「……最高でした」  やっぱ、アホだ。真剣に、真面目に、シチサン眼鏡でエロ語るなよ。 「またしてください」 「やです」 「またしてくれるなら、なんでもします!」 「……マジで?」  じゃあ、そうだな。うーん、何がいいだろう。とりあえず、ほら、もう少しで、俺たち二人でする「初」がまたひとつやってくる。 「はい! なんなりと!」  十二月、サンタクロースがやってくる。クリスマスに、お正月、このシチサン眼鏡に何をねだろうかな。とびきり甘いごちそうをねだるのもいいな。あと、ゾクゾクする刺激的なお楽しみ、とか? 「相変わらず、あっついねぇ、お前らは」  鴨井が呆れて肩を竦める。  でも、仕方ないだろ。だって、俺らは愛が溢れて、ほら、愛が、たくさんダダ漏れしてる。

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