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ホワイトデーSS 3 距離感

「ほぉ……つまりは、あれか、可愛がられ慣れてなくて、どうしたらいいのか困ると……ほぉ」  なんか、レンのキャラそんなだったっけ? もっと、こうエロ可愛い系のネコちゃん、じゃなかったっけ? そんなフクロウみたいに「ほぉ、ほぉ」うなずくおっさん系ネコキャラだったっけ。 「はぁぁぁぁ? 何? 惚気聞かせたかったんかい!」  いや、ツッコミ? お笑い芸人的な?  ケッって、すさんだ舌打ちをして、ワインをぐびっと一気飲みした。今、付き合ってる彼氏がワインバーで働いてるんだっけか? 「別に惚気じゃねぇよ」  普通に、わからないんだ。可愛がられ慣れてないっつうか、もうそんなキャラでもないし。それが有りな歳でもない、だろ?  引かない? あれの時も思ったけどさ、そのあいつが出張から帰ってきた時、あいつが見たがってた下着つけたのだって、似合ってないだろ。あれは、さすがに引くかもしんねぇって思ったし。  だから、わかんなくなる。  そんで、自分が夢中になりすぎた時に、あいつが、もしも、パッと手を離したらって思うとさ。  おっかなびっくりになる。  欲しがりすぎて、うぜぇ、ってなったらって、ねだりたくなる手をどこまで強くしていいのか迷うんだ。 「……」  パシャリ。 「! レン? 何撮って」 「……」 「おい、何撮って」 「んー? いや、レアだったから」 「は?」 「ね、この顔、どんな顔に見える?」  そう言って、スマホの画面をこっちへ向けた。そこにいたのは数秒前の自分だ。今、レンが撮ったやつ。自分の手元を見つめながら、ぶつぶつ何かを呟いている。照度を落としてるゲイバーの中じゃ、口がほんの少しだけ動いているのがなんとなく見える程度。 「? 不安そう、な、顔」 「……うーん、なるほど」 「なんだよ」  レンは頬杖をつきながら、またワイングラスに唇を付けて、今度はほんの少しだけ、唇を濡らす程度に飲んだ。 「今の誉の方が好きだよ」 「?」 「前の、ネコネコしてた頃より」 「……」 「好、」  そこで、ずいっと目の前を遮る黒い影。と、思ったら、黒いのは影じゃなくて、真紀の髪とスーツだった。俺のほうが七で、レンのほうには三、の黒髪。 「ちょっと! 何をおふたりでいい雰囲気になってるんですかっ!」 「はぁ? なってねぇよ」 「なってた、なってたよー。今、好きって告白した。真紀ちゃん、お疲れー」 「はい! しかと耳にしました!」  はぁぁ? 何をレンの冗談に思いっきり乗っかってんだ。レンには彼氏いるっつうの。ワインバーで働いてる、イケメン彼氏がいるっつうの。そんで、俺には――。 「バカ! 俺にはお前がいるだろうがっ!」  自分で言って、自分で慌てた。ゲイバーだったけど、でも、何でかい声で、ラブ発言してんだよ。 「あ、ありがとうございます」 「!」  真紀も何照れ笑いとかして、丁寧にお辞儀してんだ。アホなバカップルみたいになってるだろ。  そして、それを楽しむように、レンが「おおおお」なんていいながら拍手なんてするから、本当にバカップルっぽくなっていた。  ぶっちゃけ、やっぱまだ戸惑う。  愛され慣れてないっていうか、さ。ここまで、真っ直ぐ好きっていう感情を向けられて、ずっと、この仕事に就いてからずっと、もう、色々ご無沙汰だったから。どこかまだおっかなびっくりだ。本当に丸裸になれてないっつうかさ。 「誉さーん、すみません。コンディショナーを取っていただいてもいいですかー?」  バスルームのほうから真紀の声がした。そういえば切れてたっけ。あぁ、と返事をして、バスルームに向かうと、真紀が裸でそこにいた。棚がさ、少し遠くて、一回出ないと手が届かないんだ。だから、泡だらけの時はちょっとだけ面倒でさ。まぁ、二人だから、忘れたら、もう一人が取ってやればいいんだけど。 「待ってて」 「はい」  風呂は、基本別々に入る。たまぁに、特別っつうか、ラブラブモードのまんま一緒に入るってこともあるけど、でも、普段はそれぞれ。  ふと、目が合った。  洗っている最中の真紀はしかめっ面で、濡れた身体は、営業マンらしからぬ逞しさで、そんで、滴る雫は――。 「一緒に入りましょうよ」  真紀は風呂に一緒に入りたがる。それこそ付き合いたてのラブラブバカップルさながらに。一緒に入って? 身体の洗いっこして? キスして? そんで、そのままイチャイチャモードに?  毎日それを繰り返す? 繰り返せる? 「誉さ、あたー! イタタタタ」 「ほら、早く、封開けたから、これ自分で詰め替えろよ」  黒髪の先にぽってりと留まっていた泡の雫が、いつまでも洗い流されないんなら自分からと落っこちた。ちょうどそれが真紀の瞼に着地したもんだから、全部流れ込んだんだろ。ぎゅっと目を瞑って大慌ててバスルームの中に戻っていった。  曇りガラスの向こうで「イタタタ」って小さい声で呟いてるのが聞こえた。 「……」  あいつの裸なんてもう何度も見てるのに。セックスしてんのに。それでも今、ドキドキする。  今は、だ。  人間慣れるだろ。毎日一緒に風呂に入ったりしてさ、今はいいよ、それで。イチャイチャバカップル交際一年未満でーす、みたいなノリでいけるよ。けど、毎日一緒にいたらさ。疲れて、浴槽の中大の字になってゆっくりしたい日だってあるだろ。  行って来ますのキスを最初はしてたけど、慌しい毎日、遅刻しそうな時にそんなことしてられないって、忙しいっつうのって、いつかキスは雑になって、なくてもよくなって、気がついたら、あははそんなことしてたこともあったっけ? って、風化する。  くっつけばくっつくほど。重なれば重なるほど。離れた時、距離があく。ぴったりくっついてたところから、手がぶつからないところまで離れた場合と、触れるか触れないかとのところからじゃ、距離が違う。  だから、一緒に入らないほうがいい。  毎日毎日一緒に風呂に入って、一緒のベッドで寝て、一緒の職場で、寒さなんて感じない密着度から、もう倦怠期もすぎるような冷えきったところまで離れるっつうのは。  今の俺は、それに耐えられない気がした。  もうないと思っていた、真っ直ぐぶつけられる、あの「好き」を味わってしまった今の、俺は、ひどく欲が強いから。 「ホワイトデー、ねぇ……」  バレインタインのチョコだってさ。真っ赤な顔をしてた。両想いで恋人同士で、同棲までしてるのに、あいつは真っ赤になって緊張さえしていた。けどさ、そんなチョコレートだって、数年後の俺たちにはもう、風化した恋愛イベントになってるかもしれない。そう思うと、ほら、風呂だって。 「……」  風呂だって、別々のほうがいいんだよ。

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