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ホワイトデーSS 4 友だちの友だちは皆、トモダチ

 同棲は、もちろん職場の誰にも言っていない。それでなくてもあいつは嘘が上手じゃないから、徹底するくらいじゃないとさ。すでに職場で営業の三國と整備の天見はいいコンビだーなんて認識されてるくらいだ。  だから、行き帰りはバラバラにしている。  一緒に住んでると全ての行動がわかるから、こういう時、別行動してると楽だ。  こういう内緒の買い物とかの時。あいつにホワイトデーに何が欲しいなんて聞いたって、「貴方です」としか答えないし。貴方です、とか、くどき文句にしてはクサすぎることを笑って誤魔化すこともなく平然と言ってのけるんだもんな。言われたほうはリアクションに困るっつうの。  で、ホワイトデーのプレゼントは結局、欲しいものをリクエストもらえずじまい。それなら王道が一番だろ。あいつ営業マンだし。これならいくら持っててもかさばらないし。 「ネクタイをお探しですか?」 「あー、はい」  ネクタイならさ。 「寒色系のほうがいいんですけど」 「そうですね……お客様でしたら」 「あ、俺じゃないんです」  慌てて否定した。俺の顔を見て選んだら多少なりとも派手になるだろ。髪形だってサラリーマンとは思えないラフさだし。や、シチサンのあいつはやたらとぴっしりしすぎだけどさ。 「もっと真面目そうで、職場で使えそうな感じで」 「それではお色は渋めのほうが宜しいかと」 「顔は地味なようでけっこう整ってて」  地味なんだから、そうでないんだか。少しわかりにくいかもしれない説明に店員は小さく頷いて、視線を整然と並ぶネクタイへと移す。いくつかある中から選んだのは紺色のシンプルなドット柄。 「これなどいかがでしょう」  それは、真面目で、真っ直ぐで、素直なあいつにとても良く似合う紺色のネクタイだった。 「やべ」  店員に早く聞けばよかった。なんだかかんだで迷っているうちに一時間は経ってるし。いつの間にかあいつからメッセージ来てたし。  駅から直結の商業施設、上階にある紳士服売り場からエスカレーターを駆け下りてるところだった。正面エントランス、今、もう迫り着ているホワイトデーのプレゼント商戦のため青ベースの風船と花で彩られたそこを通って、コインパーキングへと。恋愛イベントだからなのか、トレビの泉のハーフサイズモニュメントが飾られている。もちろんコインは誰も投げ込んでいない。でも、恋が実っておめでとう的な? 恋が実りますように、的な? なんでもいいんだろうメッセージを花の形にカットされた紙に書いて、水の中に浮かべるイベントをやっていた。  ただの紙だけど、水に浮かべると、けっこう綺麗だなぁなんて、眺めてる場合じゃなかった。  ――今、まだ買い物してらっしゃいますか? もし、できるなら、お醤油を買ってきてくださると助かります。  真紀からそんなメッセージが来てたことに今気がついた。  買い物に行ってくるっつったけど、まさか、真紀の奴、買い物って、スーパーだと思ってる? ちげぇよ。スーパーじゃなくて、お前用のプレゼントを買いに行ってくるってことだよ。  その丁寧な文章と色気のない勘違いと所帯じみた頼みごとが、なんか、可愛くて、スマホを見つめながらクスッと笑ってしまう。 「醤油……ね」  なんでもいい? そう返事をしようとした時だった。歩きスマホはやめましょう、ってホントだなと言いたくなるくらい、思いっきり、前から来る誰かに肩が激突した。どーんって、すごい勢いで。ぶつかって、そんで、手に持っていたスマホが。 「あっ!」  という間もなく、トレビの泉へと。 「あああああああ!」  投げ込んじまった。 「だ、大丈夫ですか?」  慌てて拾ったけど、まぁすっぽりと水没すること多分二秒くらい? 「申し訳ありません、あの」 「あー、いえ、俺が余所見してたんで」  店員、かな。ホワイトデー売り場の。一瞬の水没だったけど、電源は落ちて、ない。けど、動作、だよな。 「スマホ、大丈夫でしたか?」 「んー、どうだろ。えっと」  とりあえず、なんでもいい。どれかアプリを起動させてみたら。 「電源は……って、あ、あれ? 君」 「電源は入って……って、あ、あれ? えっと」  向こうは前かがみで覗き込むように。俺は前のめりでスマホを握り締めて見上げるように。バチッと目が合った。  知ってる、顔、だった。 「「レンの」」  そう、レンの元彼。そんで向こうにしてみたら、元彼の友だち。わかりにくいけど、レン繋がりの、そういう感じ。 「うわぁ、すごい偶然だねぇ」  レンの今の彼氏の前の男だ。ちょうど俺が真紀と付き合うってなった頃、同時期に、レンが付き合い始めた男。そっか、アパレル系つってたけど、まさか駅ビルの中の店とは思わなかった。  二回? かな。レンがバーに連れてきてて、一緒に飲んだことがあるけど。それだけ。そん時はもっとこう、髪型をラフにしてて、こんなかしこまったスーツじゃなかった。 「二回? 三回? だっけ。会ったの」 「……多分、二回」  レンの元彼はちょうど休憩に行こうと担当している売り場を離れるところだった。俺がスマホがん見してて、そんで、ぶつかって、スマホが水の中にぼちゃん。水没不具合は時間差があって発生することもあるからって、コーヒー一杯をお礼の代わりにっつって言われたけど。従業員用のとこに俺が入っていいわけ?   知り合いがスマホの販売スタッフやってるから、もし不具合出たら、安く交換してあげるっていうのに、乗っかったけど、従業員用の休憩所があまりにも閑散としてて居心地が悪い。売り場が華やかな分、余計に廃れて見える。 「スマホ、どう?」 「あー、たぶん、平気っぽい」 「そ?」  着信履歴もアドレス帳も無事っぽい。メール系も大丈夫。アプリは……別にどっちでも。 「まだ、あの時の彼と付き合ってる?」 「?」  尋ねられてスマホから視線を上げると、思っていた以上に、レンの元彼アパレルがすぐ近くにいた。一緒にスマホ画面を覗き込んでいたらしい。 「付き合ってるけど?」 「履歴に、真紀って、たくさんあった」  人のスマホん中覗くなよ。 「……長いね」  がっつりプライベートだっつうの。 「そ? 別に?」  レンが好きそうな感じ。顔が良くて、少し悪そうで、そんでいて、なんか、エロいっつうか。そういうことに慣れてるっつうか。 「……」  黙ると、やたらと静かだった。売り場がホワイトデーだ、春の新色だって賑わってるとは思えないほど、やたらと静かで、人がいないからなのか、とても寒い。 「レンとはさぁ、まぁ、合わなかったっつうか。レンってさ、綺麗形だけど、少し世話焼きなとこない? あと、ちょっと、よくしゃべるから、最初は楽しいんだけどさ。途中から、仕事で疲れてる時とか、ちょっとね……」  最初はよかった。でも、その最初はよかったことが途中からどんどんイヤになる。そして、イヤだなと思ったところから、雪だるま式にそれが大きくなっていく。そんなのはよくあることで、別れる理由の大半はそんなもんが原因だろ。 「次はもう少し、控えめなほうがいいなぁって」 「……」 「ね、それ、マジで不具合発生したら連絡してよ」 「え、けど」 「もしかしたら、文字化けとか細かく見たら出るかもしんないし。そしたら、本当に交換するから。連絡先、教えて?」  そういうところもすごく慣れている。真紀なら、真っ直ぐに、礼儀正しく、名刺交換なのかと思うほどかしこまったことをしていると思う。 「別に他意はないよ。本当に。元彼の友だちは皆」  真紀とは全然違ってる。 「皆、友だちってやつ」  そして、以前の俺はよくこんな奴とつるんでたなぁって思い出させた。

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