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ホワイトデーSS 5 テレフォン・ショッキング

 アパレル男とは付き合ってどのくらいでレンは別れたんだっけ。最後は不機嫌な顔ばっかするから、つまらなくなって別れるって怒りながらレンが話してた。レンは明るくて、誰とでも親しくなれるから、すぐに今の彼氏が見つかったんだ。  俺らと、ほとんど同じ頃に付き合って別れて、別の男が見つかった。  俺らは今も変わらず一緒に暮らしてるけど――。 「ただいま……」 「おかえりなさい! 電話、繋がらないからどうしたのかと」 「……へ?」  うちに帰ると、めちゃくちゃ焦った顔の真紀がまるで大型犬のように飛びついてきた。 「電話! メールも返信ないし! どうしたかと!」 「あ! 醤油!」 「そこじゃないです!」  や、そんなに怒らなくても。  すげぇ大型犬みたい。ワン! って吠えるように即座にツッコミを入れられて、目を丸くしてしまった。  スマホ、やっぱ丸ごと水没は、ダメだったか。そりゃそうか。別にこれ防水のじゃないもんな。  電源は入る。画面もそのまま異常なし。文字化けも、なし。だけど――。 「今、かけてみるな」 「はい」 「……」 「もしもし」 「……」 「もしもし?」 「いや、真紀、もしもしは普通、電話出てからだろうが」  そこでハッとした顔とか、どんだけ天然だ。お前は。 「うーん」  これは、ダメになった、よな? 電話できない。もちろんメッセージのやりとりも。 「真紀、そっちにメッセージ届いた?」 「……いえ」 「うーん」  やりとりも、届いてない。こっちからは送れてるっぽいけど、確かに既読つかないな。なんか、どっかしらが不調なんだろう。こういうデジタル系は苦手なんだ。わけわかんねぇ。 「明日、替えに行きますか?」 「うーん」  ――マジで不具合発生したら連絡してよ。  悪い奴ってわけじゃないと思う。短い間だったけど、レンが付き合ってた男だし。軽いし、なんか遊んでそうな雰囲気はヒシヒシと、だったけど。レンは基本愛され側でいることが多いからあのアパレル男がレンを射止めたんだろう。レンはモテるから、わざわざゲスい男に引っかかることはない。そういう男運なら俺のほうが悪かった。だからこそ、慣れてないんだ。大事にされることも、好かれることも。 「浸水してしまったんなら、復旧は難しいかもしれないです」 「うーん。偽物のトレビの泉じゃダメかぁ」 「トレビ?」  俺がトレビの泉なんて言い出すから、ぽかんとしてた。一体どこに行ってきたんだ? って本当に不思議そうにしてる。 「さっきさぁ、レンの元彼に会ったんだよ」 「はい?」 「覚えてない? ほら、前にバーで一緒に、二回飲んだことがある」 「……」 「ちょうど、今日、ばったり会ったんだ」  真紀へ返信しようと思って、真紀のクソ真面目な文面眺めてて、全く気がついてなかったから、そのままドーンって激突した。そんで、売り場にあった小さなトレビの泉にスマホを落っことした。  すぐに拾い上げたけど、でも、もうきっとそこで不通になってたんだろう。たしかにそこから、このスマホはうんともすんとも言わなくなったと思う。  昔はさ、スマホでけっこうな人数とやりとりしてた。SNSとかもよくやってたし、とりあえず連絡先交換して、どこかでイベントとか楽しいことがあれば連絡取り合って、騒いで、遊んでた。特定の奴とかじゃなくて、広く浅く。楽しい事が最優先。だからスマホもずっと手に持ってないと、通知が半端ないくらいだったけど。  でも、段々とそういうのが落ち着いて、恋愛事からも遠くなって。それが寂しかったりもしてた。 「アパレルっつってたじゃん? どっかのショップかと思ったら、駅んとこの商業ビルだった」  真紀がいる今はもうSNSも、スマホで誰かと頻繁に連絡取り合うのも、いらないかなぁって。 「でさ、ぶつかった時にスマホ落っことして水没させちゃって、しばらく一緒に様子を見て、大丈夫っぽいって話してたんだけど」 「……」 「大丈夫、じゃなかったな」 「……」 「でも、なんか、友だちが携帯ショップで働いてて安く交換してくれるって言ってたんだ。マジかな」 「誉さん!」 「んー? あ、チャラそうだったけど、でもいい人だったよ。別に」 「そういう問題じゃ!」  ないって。なんか、真紀はまたいらない心配をしてるのかもしんないけど。何度も言うけど、俺、レンみたいなモテキャラじゃねぇから。 「問題もなにもねぇよ。向こうはただの親切心。それに俺みたいなのを抱きたいとか思うのお前くらいだって、ホント。だって、レンの彼氏だぜ? 俺なんかにその気になるわけねぇじゃん」  レンに未練なんて残ってない様子だった。あれだけ美人で、もう次の彼氏ができるようなそんなレン相手に、だぜ? 俺なんて、真紀と……別れたら。 「……って、あれ、なんだっけ。そうそうスマホをさ、安くって言ってくれた」  別れたら、もう次なんて、ねぇよ。 「どうすっかぁ。あと、醤油、ごめん」  もう、次なんて、ない。真紀と、別れたら。 「とりあえず晩飯も遅くなった。ホントごめん」 「……」 「真紀は? もう食った?」  キッチンに向かうと、もう料理はできてた。醤油の代わりに別の調味料でどうにかしてくれたんだろう。 「……誉さん」 「んー? あっためなおす?」 「電話、来てます」 「?」 「番号だけの」 「あ……」  たぶんそれって、アパレルの、だ。 「え? あれ? なんで? 電話繋がんの?」  けど、たしかに電話は繋がっていた。ブブブ、って鈍い振動音を立ててテーブルの上に放られていた水没してダメになったはずのスマホが着信を知らせる揺れている。 「もしもし? あ、さっきはどうも」 『スマホ、どうだった?』 「あーいや、あんま良くないかも。今は」 『けど電話はできてるみたい』 「さっきはダメだった」 『じゃあ、やっぱ、ダメそう? そしたら、機種交換する?』 「あー、けど、本当にっ、っ!」  本当にそんなんできるんです? って訊こうとした。でも、それは訊けなかった。 「っ」  真紀が後ろから抱き締めて、股間を、まだレンの元彼と話してる俺の、股間を撫でたから。

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