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雨の日イチャイチャ編 2 弾むデート
「レンさん、この前までアパレル系に勤めてる方とお付き合いしてなかったですっけ?」
「それはー、前の前」
「あ、そうだった」
そこで、真紀が渋い顔をする。まるで苦い草掻き集めて作った団子でも頬張ったみたいな、渋い、苦い顔。たぶんその頭の中では、俺にちょっかいをかけてきた、レンの元元彼で、デパートで働いてるイけてるリーマンの涼しげな笑顔、かな。
真面目で、ビシッと七と三に物事しっかり分けてそうな真紀は、たまに、ものすごい暴走をする。
その元元彼の時だって、普段のシチサン眼鏡、敬語攻め、らしからぬはっちゃけぶりで、電話越しに俺とのセックス公開なんてしたんだ。
「元彼はワインバーだっつうの」
「あぁ、そうでした」
数時間のドライブは雨で完全な密室だ。音楽はかけてるけど、あんま聞いてない。真紀と一緒に仕事のこと、車のこと、昨日並んでソファで見てた昔の映画のこと。その映画がさ、当時はすっげぇ映像で、本物のモンスターが襲来したみたいで、テレビの前、大興奮で見てたんだ。けど、今見ると、大昔の映画みたいに映像がざらついてて、うわ、こんなに古かったっけ? って。
そのことにすごく驚いたなぁって話しから、その子どもだった頃に夢中だったものに話題が移ってさ。
真紀は「悪がき探偵が行く!」っていう児童書が大好きだった。俺は、その時からプラモとかが好きだった。そんな会話に音楽は少し邪魔っけだった。
「次の方は美容師さん……」
「んー、まだ付き合うまではいってないみたいだけど、脈はかなり、みたいだな」
今の会話のテーマは「レンの付き合う男たち」かな。
「それは、頑張って交際までこぎつけてもらわないと」
「なんでだよ。なんか、レンが気になるわけ? ダーリン?」
「あるわけないじゃないですか。ハッ、ハニー」
すげぇ真面目。ダーリンって呼んだら、なんだいハニー? って返さないといけないって思っているのか、毎回律儀にハニーと照れながらも、逐一返事をしてくれた。
真っ赤になるのがさ、可愛いなぁって、抱かれる側だけど思うんだ。
「だって、レンさんに恋人がいたら、夜遊び、というか、その、新たな出会いとかが、やっぱり心配で」
「レンの?」
「違います! 貴方の、に決ってるじゃないですが!」
行きの運転は俺。帰りが真紀。ジャンケンとかで決めたわけじゃない。帰りのほうが疲れてるだろ? その疲れてる帰り道は自分が運転するからゆっくりうたた寝でもしていていいよっていうさ。呆れるほど俺は大事にされている。
真紀も営業だからけっこう運転上手いんだ。試乗車とかを乗りつけたり、お客様の車の出し入れ、それに店の閉店時の車移動に、新車展示の時の店内への乗り入れ。けっこうドライビングスキルは必要なわけで。
どんくさそうな真紀も運転は上手い。
「俺? なんで、俺、あー、なぁ、パーキング入ってもいい?」
「ええ、どうぞ。休憩は一時間に一回要します。それでですね、いつものバーでレンさんと飲む。そこではレンさんの交友関係や恋愛事情も知られていることがある。つまり、フリーだと知っていた男性が誘惑をしにくるかもしれない。誘惑をしに行ったら隣に綺麗な人がいた。なんて綺麗な人なんだ。恋人がいてもいい、ああどうか」
生真面目な真紀の頭の中には運転教本が丸ごと収まっているのかもしれない。一時間に一回の休憩を要します、なんて、キリリとした顔つきで言い放つ奴、そうはいない。
「っぷ、お前、想像力ありすぎ」
前に酒の席で話題になったんだ。運転が上手い奴は。
「笑い事じゃないですよ! アパレルの元元彼だって」
セックスが上手いんだってさ。
「貴方のこと……」
「……」
ほら、ちょうど、パーキングに到着だ。そんで、車を止めた瞬間、キスをした。少し驚いて眼鏡越しに眼を見開いて、それからふにゃりと笑ってる。ふにゃふにゃに腑抜けた可愛い笑顔。呆れるくらいに幸せそうな顔をされたら、照れる。
「じゃあ、早くレンに美容師落としてもらわないとだな」
「えぇ、本当に」
「そんで、俺もそこで友人価格で髪切ってもらって」
「え?」
「やらしい指使いに陥落、なんつってな」
「えぇ? え、ちょ、誉さんっ」
トイレ休憩って、運転席を飛び出した。雨は相変わらずしとしとだから、別に傘もいらないし、車から降りて傘を広げて歩いて、帰ってきたら、傘を閉じて、車に乗り込んで。その手間かけても濡れるんなら、あんまり変わらないだろ?
って、まぁ、パーキングに入ったのはトイレ休憩でも運転に疲れたわけでもない。音楽そっちのけでずっと賑やかに繋がる会話が嬉しくてくすぐったかったから、ただ、キスがしたかっただけ。そんで、キスしたら、蕩けそうなくらいに嬉しそうにされて、困っただけ。
だって、今日は七三じゃねぇんだもん。
「ちょっと! 誉さん! 傘をっ」
ほぼ毎晩、シャワーを浴びてから俺を抱く、髪をセットしていない普段の真紀だったから、可愛いヤキモチにキスをしたくなって、そんで、その笑顔の可愛さにめちゃくちゃ反撃食らっただけ。
美術館は本当に山の上だった。スマホであらかじめとって保存しておいたチケットを提示すると、すんなりと中に入れてもらえた。きっと晴れた日だったら、それは見事は景色がそこに広がるんだろう。
けれど、今日は雨で何もかもがぼんやりとした灰色になっている。
「素敵なところですね……」
平日の美術館、しかも山の上、それに雨。人はほとんどいなかった。まるで貸切だ。
「……いらっしゃいませ。ごゆっくりご観覧くださいませ……」
後ろできつく髪を束ねた女性がにこやかに出迎えてくれた。
「……すげぇ、静か」
「……えぇ」
今の特別展示はヨーロッパ諸国のモダンアート、らしい。曇りガラスの扉を開けると一瞬だけ目が眩むような光の通路があって、そこをすぎると、今度は逆に薄暗くなった。光のトンネルを通って、別世界にワープでもしたような心地になる。
足音は全て、毛足の長い絨毯に吸い取られてしまっている。ゆっくりと点在するモダンアートを眺めていた。
芸術、なんて詳しいわけじゃない。だから、どれも眺めるばかりで唸りながらあーだこーだと解説を読んで納得する程度のものだ。
「ぁ、ほら、誉さん。あの絵画すごい綺麗ですよ」
ガラスケースの向こう、ちんぷんかんぷんな芸術作品よりも、見やすいようにと明かりがぼんやりと灯るガラスケースの向こうに視線を向ける横顔のほうが見ていたくなる。
「うん」
「……誉、さん」
普段ビシッと決めてる七三眼鏡の見せる隙だらけの微笑みってさ。
「……綺麗、です」
「……」
「……すごく」
けっこうな破壊力なんだ。
ノックダウン、されるくらいには。
「……誉さん?」
攻撃力、ハンパないんだわ。
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