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お仕事チェンジ編 1 ういっす
企業とは、たまに、突拍子もない経営戦略を打ち出してくる。
何がどうして、そういう考えに至ったんだと、マジで思うような奇想天外な企業改革をおっぱじめたりする。
いや、ホント、マジで。
店の定休日明け、突然のことだった。
「今日から一週間整備部でお世話になります! 三國真紀です!」
知ってるっつうの。整備部全員、普通にわかってるっつうの。
会社が急に思い立った、奇想天外企業改革。ザ、多能工。
いやいや、意味わかんねーから。営業部から一名、整備部から一名、交換留学のごとく、一週間の業務交換が行われることになった。しかも、なぜかこのクソ忙しい十二月のかき入れ時に。ここでいくらかの売り上げが見込めないとダメなんじゃねぇの? そこで、整備の資格もない営業をこっちに寄越して、整備だって販売並みに忙しいつうのに、新人を営業に送ってってさ。多能工のタイミングを考えろよ。
「頑張ります!」
「おー、いいねーやる気だねー! 服も気合入ってんねー!」
「ういっす!」
不慣れな返事の仕方に笑う整備部の中、なんでか本気で意気揚々と拳を握る、ど天然、シチサン。
「何? パジャマ?」
「まさか! ちゃんと買いました」
あのシチサン、ついこの間、このためにと通販で買った、「これでどんな力仕事もバッチリこなしちゃおう!」っていうキャッチコピーを信用して買ったジャージの上下に胸を張ってやがる。そのどんな力仕事ってところにさ、おばちゃんが草むしりしてる写真と、おじちゃんが採れたての大根を掲げてる写真が写ってただろ? つまり、農業とか運動とかそういう方のだから。こういうのじゃないから。どんな仕事もっていうのは。
「あはははは」
ダメだ。すげぇどや顔してやがる。
「聞いた話じゃ、お前、真っ先に立候補したんだってなぁ」
「ういっす!」
「頑張れよー。応援してっからぁ。腰悪くするなよー」
「ういっすー!」
その返事の仕方やめてくれ。本当、ただのチャラ男みたいになってるから。シチサンだけど。
「そんじゃあ、まずこっち来てなー」
「はいっ、ぁ、ういっす!」
だから、別に普通に「はい」でいいから。このど天然。
ジャージ姿にびっちりシチサンにメガネの天然。クソダサいを通り過ぎて、よくわからない。もう俺にはお前のその斜めが過ぎる天然思考が理解できない。
「おーい。天見、急遽なんだがこの型番のタイヤの在庫問い合わせてくれー」
「ういっす、ぁ……」
これか。
あの返事の仕方はつまり、これ、俺の真似、ね。
「はーい、今、やります」
あえて言い直して、タイヤの在庫を問い合わせにデスクのある事務所へと向かった。
――お前、あれ、やんの? 多能工の?
――はい! 立候補しました! 来週からお世話になりまっす!
なんかやる気満々だったっけ。
一緒に飯を食ってる時に、ほっぺた真っ赤にしながら来週からお願いします。先輩! とか言い出した。もうその日の朝、スイッチすることは聞いてて、整備部は頭抱えてた。国家資格のいる仕事だ。そう簡単に覚えられるわけでもない。だから急に一人何の知識も経験もない奴をポーンと寄越されたって困るだけ。逆にこっちだってセールストークが上手な奴なんて一人もいやしないわけだから、行ったところで邪魔になるのは目に見えてる。
けれども社命だもんなぁと溜め息を零してた。
結果として、その社命を一心に受けることになったのは新人の新田だった。今年入った新人で、まだ全然、ひよっこだ。
まぁ、つまり業務に差し支えない程度で、社命には逆らわずに済む人員選びをみんな考えたっつうのに。真紀はそんな空気は一切読まずに真っ先に手を挙げた。
さすがだ。このど天然。
営業から差し出された人員、真紀の担当していた顧客に関してだけは真紀が引き受ける。ただ、それだけでは足りなくなりそうなら営業にも入った新人をそのフォローでつけると言っていたけど。
大丈夫なのかねと一抹どころじゃない不安はある。でもまぁ……。
「おーし、これで少しは整備野郎に見えるだろ」
な……。
「おー。タッパあるから似合うねー」
「ぅ、ういっすぅ」
なん……。
「うんうん。いいよー。このままお前、整備部入れやぁ」
「うっいっす!」
なんなんだ。
「ツナギ姿さまになってんじゃねぇか」
な、まじで、何それ。なんでツナギ着てんだ。本当にそんなの。
「おーい、天見、タイヤの在庫どうだったー? ……天見? どうした?」
なんでいきなりツナギ姿になってんだ。
「あ、誉さん、どうですか? 少しは整備士に見えますか?」
なんだそれ。
「あの……誉さん?」
ものすごい萌えポイント高いだろうが。本当。それ。
「誉さん?」
クソ、めちゃくちゃ。
「ほまっ! 誉さん!」
くらりとした瞬間、思い切り整備場の柱におでこをぶつけるくらいには、この突拍子もない経営戦略に今、感謝しちまっただろ。
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