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お仕事チェンジ編  2 スイッチ、オン

 ヤバイ。なんだあれ。ああいうことか。なるほど。よく真紀が言っていた。「そそる」っていうやつを今、すごく実感。 「ふぐぐぐぐぐ……ふぐー!」  実感したと……思ったんだけど。 「ふっぐ」  フグ、食べたくて駄々こねてるみたいになってんぞ。 「ふぐぐぐー」  タイヤ相手に。 「ったく……」 「ほまっ、天見さん!」  真紀がどうにか整備士連中と同じようにタイヤを片手に二つずつ同時に運べないかと悪戦苦闘してた。  それ重たいだろ。しかもでかい車のじゃん。軽のならまだしも、そのサイズのタイヤの重さは流石に慣れてないと腰をやっちまう。  声をかけると、タイヤと格闘中だった真紀が顔を上げた。  いつもはびっしりきっかり七と三に分けてある髪が乱れるくらいに必死になってた。 「貸せよ。それどこの車に付けんの?」 「あ、チーフの」  真紀は整備士の資格を持っているわけじゃない。だからできることなんて限られていて、基本、雑用ばっか。タイヤ運び。整備項目票の確認作業に、洗車。この時期だ。洗車はきついんだ。洗剤で手の水分ごっそり持ってかれるし。タイヤ運びだって、営業もするけど、だいたいお客の車から運ぶくらい。ここでの作業とはちょっと違ってる。加えて、この時期じゃ、一個ずつなんて持って運ぶなんてやってられない。整備場の中はコードもあっちこっちから伸びてたりするから、代車も場合によっては使いにくく、手運びが一番楽なんだ。 「俺が持ってくよ。お前、洗車あるんだろ」 「あ。はいっ! ありがとうございます!」  寒いし、冷たいし、ヘトヘトになる。そういう仕事だ。 「……はぁぁぁぁ」  風呂から上がり、ベッドに行くと、うつ伏せになった真紀が枕に向かって、最大級の溜め息を零してた。  疲れただろうな。俺でもヘトヘトだ。 「お疲れ」 「……誉さん」  整備と営業の仕事スイッチ初日、運の悪いことに、ここ一番に忙しい一日だった。チラッと見た限りじゃ、営業の方も手一杯だったっぽい。特に夕方はフロアにあるテーブル全てがお客で埋まっていた。だから新田もしんどかっただろう。あっちだとお茶汲みとかしてんのかもな。あいつ、そういうのマナー知らないだろうから大変だっただろう。  真紀だって今日一日だけで洗車何台やった?  整備士になりたいと覚悟してる新人だって、あの台数の洗車を一人でやるのは根をあげるだろう。この時期だ、洗車だけに整備士を二人割くのは難しく、真紀が一手にそれを引き受けないといけなかった。 「俺は……全然でしたね」 「そんなことないだろ」 「タイヤ二つ持てないし」 「あはは、あれはまぁ慣れりゃできるようになる。俺も新人の頃はしんどかった。あれ、コツがあるんだよ。持ち方の」 「コツ?」 「そ」  そのコツを教えてやると真紀がぽかんとしながら聞いていた。でも基本的に筋肉ねぇとできないことばっか。おかげで可愛い系ネコ路線はそうそうにリタイヤしないといけなくなった。 「腰も痛くなるし」 「チーフとお揃いじゃん」 「チーフご苦労様です……」  あの人はひどい腰痛持ちだから。  そしてまた真紀が溜め息を一つ吐いた。 「真紀、寝る前に手貸して」 「えっ?」 「バ、バカ、ちげーよ! そこで真っ赤になんなよ! 手、荒れただろ?」  何と勘違いしてんだ。  真っ赤になって、手を貸して、のワードから何を想像したんだか。  工業専用の石けんでの手洗いに、洗車、それからこまめなアルコール消毒。そのままにしてたら二週間を待たずに手はひどいことになる。 「これ、保湿クリーム。すげぇ効くやつだから」  指ですくい取り、少しやりすぎなくらいに手に塗り込んでいく。最初、この量は多くない? って思うだろ? けどマッサージし始めると、あっという間に染み込んでくんだ。そんで、ほんの少しだけ指先があったかくなるような気がする。  まずは手の甲。それから指の股んとこ。このクリーム伸びもいいから。  次が指。全体的に指に塗ってくんだけど、指先は特に念入りに。爪のとこ、それから、先端。よくひび割れるから。真紀の長い指に丁寧にクリームを塗り込んでいく。長くて骨っぽくて、色気のある指先に。いつも俺の中をこの指で――。 「……誉さんの匂いだ」 「これ?」 「はい。優しくて、少し甘くて、俺この匂い好きです。そっか、このクリームの匂いなんだ」  風呂上りだけじゃない、こまめにしょっちゅう塗ってるから。そうか、この匂いいっつもしてるのか。 「誉さんの匂いって覚えてます」 「っ……んっ」 「良い匂い」  結構真紀は匂いフェチだよな。香水もそうだけど。  そういうとこ、すげぇ、好み。なんていうか、雄って感じがして。 「あっちょっ、今日は、やめとけよ。お前、一日、こっちの仕事してしんどかった、だろっあっ……ンン」  服の中に潜り込んできた指先に乳首を摘まれて、キュンと股間が反応した。 「やです」 「あっ……んっ……あ、ンっ」  スイッチ入る。 「マッサージされて興奮しました」 「手、だろっ」 「貴方の手、エロいんですよ」 「は? あっちょっ」 「それに貴方も興奮してる」 「! こ、これはっ! あ、ン」  声色が一瞬で変わる。真紀の手に握られて、腰が勝手に甘えたいと揺れて、真紀の掌にすでに固くなったそれを擦り付けてる。 「疲れてる、だろっ」 「はい。ヘトヘトです。だから、疲れマラっていうやつで」 「バッ」  どうしてそういう単語は知ってんだよ。 「それに、今日一日仕事しながら思ってたんです」 「あっ……」  服を捲られて、乳首を甘噛みされたら、もう。 「あぁ、誉さんのあの色っぽい身体はこの仕事をしてるからなのかって」  何を馬鹿なこと言ってんだって言おうとしてたのに。 「あっンっ、あっ……真紀っ」  この力仕事で否応無しに付いた筋肉に真紀が愛おしげにキスなんかするから。 「ン……真紀」  スイッチが入っちまった。 「真紀っ」  声色が甘く変わっちまった。

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