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お仕事チェンジ編 5 今生の別れ……ではない
「だ、大丈夫か? 三國」
「だ、大丈夫、ですっ、ふぐぐ」
ほらな、だから言ったろ? 土曜は大変なんだって。明日はもっとすごいんだからな。たった一週間で慣れる仕事じゃないんだ。さっむいし、きついし、終わる頃にはヘットヘトだった。今でこそ慣れたもんだけど。大昔はもう、この後飲みに行くなんて余裕があるわけもなくて。
「おー、頑張れ頑張れー」
「頑張りますよ! 俺にはクリスマスプレゼントが待ってるんです!」
「おー、そりゃ頑張らなくちゃなー」
真紀が元気に、鼻息も荒く「ういっす!」と気合いを入れて、タイヤを高々と持ち上げた。高々、じゃなくて良いんだけどさ。それをなぁんもわかってないまま適当なことばっか言ってチーフが笑ってる。もちろん、真紀が今、鼻息荒く話したクリスマスプレゼントが何かなんてことも知らず。
その頑張れる理由になっているクリスマスプレゼントが何を知っているのは、ここにいる俺だけだ。
「おーい、天見、こっち手伝えるかー?」
「ういーっす」
「よっこらしょー!」
でもそんなふうに頑張ってる真紀の声が聞こえる度に、なんかくすぐったくて、めちゃくちゃ忙しいのに、なんか、楽しかった。
業務交換、っていう、突拍子もない奇想天外企業改革。ザ、多能工、も今日で終わり。
「一週間と言う……っ、短い、間では、ございましたが、っ、大変お世話になりましたっ、っ」
あり得るなぁとは思ったけど。
「ここでっ、学んだことはっ、一生の宝物でずっ」
あいつならそういう展開もあるだろう、って思ったけど。
「この一週間で学んだことは、必ずっ、役立てまず! 本当に、ありがとうございまずだ!」
やっぱ、泣いた。
嘘みたいだけど、本当に泣いた。まるで今生の別れかのように、鼻ズッビズビにさせて泣いてる。
「っありがどうございまずだー!」
いや、お前、明日の休み明けも普通にここに出社だかんな? 別にこれで退職とかさ、一生の別れ、ってわけじゃないからね。そこの出入り口から数歩行った先のフロアで普通に働くからね。
「よく頑張ったなー、慣れない仕事しんどかっただろー?」
「いえ! チーフにはとてもお世話になりまずだ」
ました、がずっと、泣いてるせいで「まずだ」になってるくらいに大泣きしてる真紀にチーフが笑ってた。
今日で、業務スイッチは最終日。月曜の今日は、土日の忙しさが嘘のように平和で淡々と時間が過ぎていった。一週間前、水曜の時点じゃ、もうヘッロヘロだった真紀も仕事に少しずつ慣れて、一人で動き回り、周囲のサポートをこなせていた。
そんな平和な一日の終わり。今生の別れみたいになってるけど、ただの業務連絡のミーティングをしている最中。
「いやいや。こちらこそ大助かりだった。惜しい人材だぜ? もしも、こっちに来たら大歓迎だ。頑張って仕事してくれて嬉しかったよ」
「! ありがどうございまずだ!」
いや、だから今生の別れじゃ……ないんだけど。
でも、真紀っぽくてさ。そういうとこも好きだからさ。すぐそこ。出入り口のドアを開けて数歩進んだ先にお前は戻るだけなのに、少しだけ、ほんのちょっとだけ寂しいって思っちまった。
「大変な仕事だって思いました」
「真紀?」
普段は別々の車でそれぞれ出勤してる。
でも、今日はなんとなく一緒に出勤した。少し手前で真紀を下ろして出社して、帰りは少し離れたところで拾って。
「寝てたのかと思った。寝てて良いんだぜ? 疲れたろ? そう思って一緒に出社したんだし」
居眠りできるかなって思ってさ。
「……起きてました」
「お疲れ」
「毎日、あんなにたくさんすごいなって」
「それは……お前もじゃん。営業が楽なんてことないだろ」
どんな仕事だって真剣にやってりゃ大変だし、適当に腐ってやれば大変じゃない。
「あと、本当に手黒くなるんだなぁって」
「……」
「ここに自分の努力が詰まっていくんだなぁって」
そんなふうに思ってくれる真紀だから。
「一週間の業務交換、俺、率先して引き受けたのは誉さんの仕事を体感してみたかったんです」
「……」
「やってよかったです」
そう思ってくれる真紀だから。
「でもただのアシスタントですけどね。ここに知識と経験を重ねていく本物の整備士はかっこいいです」
だからこんなに好きなんだろうな。
「誉さんはかっこいい」
「……褒めすぎだっつうの」
「本当のことですから」
ちょうどそこでさ、神様が「ほらほら」って促すみたいに、信号が黄色に変わった。
「一週間、お疲れ」
ここの信号長いんだ。でかい交差点だからさ。
だから大丈夫、ゆっくり丁寧にキスをしても。少し疲れてるんだろう体をシートに沈み込ませるように助手席に座る真紀へ身体を傾けて、首を傾げて、キスを、舌を入れるキスをしても、まだ青にはならない交差点だから。
一緒に帰りたかったんだ。俺が。そしたら、ヘットヘトになってる真紀は運転しなくて良いし、何より、こうしてキスができるだろ?
だってこっからだから。
「一週間、お疲れ」
俺たちのクリスマスは、こっからだから、さ。
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