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お仕事チェンジ編  8 分身の術?

 企業とは、たまに、突拍子もない経営戦略を打ち出してくる。奇想天外な企業改革にこの繁忙期の最中振り回されるこっちの身にもなって欲しいと、そう思ったんだけどな。 「あ、天見さーん、この車なんすけど、タイヤのこと俺が説明してきます」  そう、奇想天外な企業改革、ってわけではなかったらしい。 「おぅ」  整備の新人は繁忙期の営業で色々学んだのが自信に繋がったらしく、自分からも整備としての知識を携えて顧客に商談をしに行けるようになった。  そして、営業から整備へ一週間、派遣されたことによって、営業には――。 「あ、あのー、えっと、すみませーん、車検のことでご相談がぁ」  整備場の出入り口の所に営業の新人がひょこっと顔を出していた。うちの新人、新田と一緒に入った新卒。新田はなんと言うか元気はつらつ系で、営業の新人は。 「どうした? 船木」 「あ、あま、天見さんっ」 「あぁ、車検のこと?」 「はいっ、あの! どこか削れるところはないかとご相談にっ」 「んー、どれ? 見せてみ?」  可愛い系、かな。いや、全然、キュート系の可愛いとかじゃなくて、でかいワンコをワシャワシャと撫で回したくなる、みたいな可愛さ。 「いやぁ、これもう走行距離結構いってるからここで、メンテしっかりしたほうがいいぞ。もう走行、十万キロ突破してんじゃん」 「そうなんすね! なるほど! 俺、なんか話し込んじゃってて」  ドジ、というか、天然、というか。  営業トークして今期の一押し新車をお勧めし忘れたまま、自分の身の上話をしまくってたり。営業とお客さんが挨拶がてらの立ち話をしているど真ん中を突っ切って歩いてメチャクチャ怒られてたり。この前、くしゃみをした拍子になぁんにもない廊下でつまずいて転んでた。と、まぁ、ドジな新人で。 「じゃあ、新車のことを相談してきますっ」  そう意気揚々とフロアに戻ろうとしたところだった。 「あのお客様はそのままでいいんだ」 「ほへ? 三國さん?」 「すみません。天見さん、この方の車検なんですが、このワイパーだけ無料交換にします。劣化が激しそうなところだけチェックもらえますか? またそれでお見積もりを作るので」 「あぁ、りょーかい」  真紀が来た。 「え、けど、三國さん、もう車が古いから、新車をお勧めしようと思ってたんすよ」 「……いや、いいんだ。あの方のあの車はお父様からいただいた大事な車だから、ギリギリまで乗りたいと仰ってた」 「えー、けど」  なんか、しっかり先輩してんじゃん。 「それより、船木、チェック漏れしてる」 「へ? マジすかっ!」  ここに異動で来た時はまだまだ全然だったくせに。チェックシートの漏れすごかったくせに。 「マジすか、じゃないだろう? お前はそもそも言葉使いがラフすぎるんだ。もっとしっかり」  こっちで仕事した一週間は「ういっすー」とか返事してたくせに。 「それからその髪ももう少しだな」  いや、そこは普通だろ。お前こそ、もう少しだな、ラフにしたほうがいいぞ。ビッシリシチサンって、今時いないぞ。  なんて心ん中でだけ後輩の新人に小言を続ける真紀にツッコミを入れてた。 「ほら、三國は他のことでこっちに来たんだろ? チーフのところじゃねぇの? さっき、お前がどうのって話してたぞ」  やっぱりそうだったようで。真紀は慌てて整備の奥で難しい仕事をしているチーフの元へと駆け寄った。ついこの間までここでツナギ着て仕事をしてた真紀がなんか馴染んでて、今こうしてスーツ姿で同じ場所を歩いてるのを見ると、変な感じがした。普段、仕事で営業としてこっちに来るなんてことたくさんあったはずなのに。なんか、同じ職場、同じ場所で働くっていうのが楽しかったのかもな。  少し……寂しかったりして。 「俺、失敗続きで……」 「船木?」 「また三國さんに叱られました。あんなふうになりたいんです。率先して仕事をなんでもこなせて」  へぇ、あいつ尊敬されてんのな。よかったじゃん。お前みたいになりたいって思ってもらえるなんて。 「同期の新田はしっかりこっちの営業で頑張ってたのに」 「まぁ、車を売るだけが商売じゃないっつうかさ。継続的メンテで長く一台に乗っていただくっていうのも」 「……」 「まぁ、俺ら整備に任せろよ」 「天見さん! ありがとうございます! 俺っ」 「ういっすうううううう!」  あいつ、何してんだ。 「すご! 三國さん!」  営業新人が真紀を見ながら簡単の声を上げた。 「うおおおお!」 「やっぱ、すごいっす!」  いや、なんか、尊敬されてるっていうか、あいつの弟子っぽいな。これ。 「俺も頑張ってきます!」  なんかそういう頑張り方だと斜め感がすごくなるぞ、船木。 「三國さん目指して!」  いや、そこは、できたら他の営業を目指したほうが。タイヤを二つ掲げて整備を闊歩しながら、何か叫んでる営業マンになってもダメだろう。 「よーし!」  いや、だから、そうじゃなくて。  その翌日だった。  まぁ、お仕事スイッチ、ザ多能工は結果として、どちらの知識もあると色々便利で業務がスムーズ、というのがわかった。わかったけど、もう一つ、副産物が。 「天見さん! チェックシートをお願いします!」 「……」 「お願いしまっす!」  なんか分身? というか第二の真紀ができてた。 「チェックシートぅおおおおお!」  シチサンが、もう一人……タイヤを掲げる営業マンに憧れと尊敬の眼差しを向ける、メガネなしのシチサンが、ここに出来上がっていた。

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