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電話しつつ……編 1 高貴なシチサン

 まるで王子様だ。  どこか……東洋の、わかんねぇけど、秘境とかにあるような小さな国からお忍びで日本にやってきた王子様。艶めく黒髪をなびかせて、高貴な身分をわずかばかりの変装で隠そうと眼鏡をかけて、でも、滲み出る気品にそこら辺のリーマンじゃありえないような色気――みたいな。  雑多で暑苦しい駅前のごった返した人の群れの中、そこだけ切り取ったように違う空気を纏うその男にしばらく見惚れてた。  あれが……俺の男、ってさ。  一年前の俺がもしもここにいたら信じないかもな。  俺みたいな錆びれたネコ専があんな男と? ありえないだろっつって。 「あ! 誉さん!」 「!」  見惚れていたら向こうが俺に気がついて手をブンブンと振る。  長い手足をばたつかせて、ほら、隣で誰かと待ち合わせだろう女がお前に気がついて、見上げて。 「おーい! 誉さーん!」  おい、こら、見惚れてんぞ。隣の女が。すらりとした、結構な美人。それがじっと、そして頬をうっすらと赤くしながら、お前のことを見てるけど?  なぁ、隣だよ、隣。  ほら、めちゃくちゃお前のことを。 「誉さん!」 「……おう」  すげぇ見つめてるのに、これっぽっちも、本当に全くそっちの視線なんて気がついてないお前は、俺だけを見て、そして俺の名前を呼んだ。返事をすると、とてつもなく嬉しそうに微笑んで。 「もー、なんで、声をかけてくれないんですか」 「んー?」  見惚れてたんだよ。 「離れたところに立ったまま、呼んでもちっとも返事をしてくれないし。俺、落とし穴でもあるのかと。ほら、昨日見てた芸能人びっくりさせちゃいまショーで落とし穴びっくり作戦見てたじゃないですか。だから、それをふと思い出しちゃって。いや、実は一回くらいああいうびっくりさせるというか、ドッキリさせるようなの体験してみたいなぁなんてこっそり思ってたのものですから。実現したのかと。でも! ここ! 考えたらレンガですもんね! 落とし穴は流石にありえない!」 「…………っぷ」  どこぞの王子かと見惚れてたんだよ。 「な、なんで笑うんですか」 「いやー、別に」 「? ご飯粒でもついてましたか? 俺」 「いやー」  高貴な王子みたいだなぁっつって見惚れてた。 「ご飯粒……」  チラリと隣を見ると、スーツの裾に米がついてやしないかと腕を捻っては怪訝な顔で、その米を探す男がいた。  こんな男が俺のもん、って、なんかすげぇなぁって思って見惚れてただけなんだけど。 「なぁ、今日は髪型変えたんだな」 「あぁ、これはここに来る途中で突風にやられたんです。ほら」  真紀はルーズに乱れた髪を骨っぽい手で撫でつけた。 「ね? これで大丈夫!」  あぁ、そうそう、これが、こっちが俺の男だよ。 「でしょ? 誉さん」 「……あぁ、そうだな。ばっちりだ」  俺にそう言われて、すげぇ嬉しそうに顔をクシャッとさせて笑った。 「ったく、ホント、お前は俺しか眼中にねぇのな」  俺なんかのどこがいいんだか。そんなことを、もう何度も何度も、多分百回くらいは思ったけど。 「もちろんです!」 「っぷ」  その百回思ったことを口に出して言ったとしたら、甘ったるい愛の言葉をその元気な声でハキハキと百回以上俺に告げるんだろう俺の愛しい男。  まるで王子のようなルックスをしているくせに、ありえないびっちりシチサンヘアー必須な愛しくて仕方のないお前とさ。 「んで? 同じ部屋に住んでるのに、わざわざ別々に家を出て待ち合わせまでしてどこにエスコートしてくれんの?」 「そんなの! ディナーに決まってるじゃないですか!」  ちょうど、一年前の今日、出会ったんだ。眉間に傷のある、綺麗で、クソ色っぽいこの男と。 「っていうか、お前、俺の後に部屋出たくせにどうして俺より早く待ち合わせの場所にいんの? 俺、バス使ったんだけど。お前、バス乗ってなかったじゃん」 「そんなの」  バス乗ってなかったのに、そのバスでここまでやってきた俺よりも早くに駅に着くって、何? そのスーツのポケットってもしかして秘密の未来道具でも入ってんのか? 「走ったに決まってるじゃないですか!」 「マジで?」 「マジです!」  それで髪がボサボサって、お前、どんだけだよ。 「あれ、したかったんです?」 「?」 「待った? ううん、全然、っていうの」  よくある定番のお決まりのセリフ。 「って、お前、俺がそれをいうタイミングゼロで自分から俺に声かけたじゃん」 「だって見つけちゃったんですもん。誉さんのこと」  そのセリフに胸がさ、キャラじゃないんだけどときめいた。  だって見つけちゃったって、まるで一年前に俺と出会った「偶然」を指しているみたいでくすぐったい。 「じゃあ、ほら、真紀」 「?」 「あー、コホン」  一つ咳払いをして、呼吸を整えて。 「そのー……待ったか?」 「! いいえ! ちっとも全然、全くです!」 「っぷ、お前、セリフくどい」 「まぁいいじゃないですか! ほら、そしたら行きましょう! 誉さん!」 「……あぁ」  ちょうど一年前、俺はここで出会ったんだ。 「お腹空きましたねぇ」 「お前、俺が部屋出る時アンパン食べてただろ」 「あれはダッシュで駅に来るまでに消化しました!」 「どんだけだ」  一生していたい甘い恋と、出会ったんだ。

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