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媚薬編 2 戦慄! イケメンゾンビがやってくる!
「……はぁ」
自分たちの部屋の前で、なんで俺が息を呑まないといけなんだよ。
今日はものすごい勢いで帰っていったな。まぁ、会社的にはノー残業のほうが経費は浮くから大歓迎なわけで、仕事を時間内に終わらせて定時帰宅社員にブーイングはない。
けど、それにしても早かったな。
準備がありますので先に帰っています、って、俺が準備があるっつうのはわかるけど、お前に何の準備があるんだっつうの。
「……ったく」
一つ、深呼吸を置いて、恐る恐る玄関の扉を開けた。
「た、ただいまぁ」
襲い掛かって来たりして。
前に見たゾンビ映画みたいにさ。恋人が待つ部屋に帰ると、自慢の美人な恋人がのろのろと歩いてきて、「へ―イ、どうしたんだいベイビー」の「ベイ」ぐらいのタイミングでがぶりと食われて、はい終了、みたいな、主人公はこの人なのかなと思わせといて、実は最初にゾンビにされる生贄的キャラクターでした、みたいに。
のろり。
のろりと。
「真、真紀」
ゾンビにされ……。
「お、おい、真紀?」
本当にゾンビみたいにリビングからよろけながらやってきた真紀に慌てて駆け寄った。手を伸ばすと、ふらりと膝から崩れ落ちかけた真紀をすんでで抱き止めると、そのまま覆いかぶさってきた。
これがゾンビ映画なら、ここでがぶり。
はい、終了。で、俺もゾンビになってあとは、真の主人公にぶっ倒されるか、もしくはモブ化するだけ。
「真……」
「誉、さ……」
けど、このゾンビはそこらでうろうろするタイプのと全然違ってた。クソイケメンの、ものすっごい色気をばらまくゾンビ男になり果てていた。
「おま……大丈夫かよ」
「へ……き、です」
本当かよ。すっごいんだけど。
「先に帰って、夕飯とか用意しとこうと思ったんです。お風呂も沸かして、誉さんが帰ってきたらすぐに入れるようにって……思った、ん、です、けど」
暑いのかネクタイを緩めて、いつもならぴっちりがっつり分けているシチサンヘアをかき乱してる。
「そ、れで、先に料理をしてる時に、ちょっとどんなものなのか気になって。まずいのかな、とか、色々」
「はぁ」
「それで……その匂いを……」
匂いを嗅ごうと思って。
「嗅いだら」
イケメンゾンビになったと。
「忘れてたんです。俺、薬とかあんまり飲まないのですごくよく効くんです。風邪もほとんど引かないもので。風邪薬飲むと元気になりすぎちゃって」
そういうもんだっけ? あれって元気にするんじゃなくて、熱を下げたり頭痛を緩和したり、鼻水止めたりするんじゃなかったっけ?
「ど、しよ……ご飯食べたいですよね? お仕事、お疲れ、さま……です」
言いながらのしかめっ面がクソセクシーだった。肌蹴たシャツの襟元から見える汗を滲ませた肌とかやばいくらい。
そんで、いつもどおり律儀なくらいに俺の世話を焼く真紀なのに、その視線は本能剝きだして、俺には晩飯食べたいだろ? って訊くくせに、自分は、俺のことを食べたそうで。
「平気かよ。汗すげぇけど」
ほら、手を伸ばすと遮られた。
「今、近寄らないでください」
ゾクゾクする。俺のことが欲しいって訴えかける視線が。
「襲い掛かりたいのを、こらえてるんです」
「……ぁ」
「はぁ、あつ……」
本当に真紀だけ真夏の中にでもいるみたいに汗だくだった。口元を手の甲で雑に拭う仕草とか雄感がすごくて見てるだけで、さ。
けど、いつもの真紀じゃないみたいで。
「! 誉さん! だから、今、触られるとっ」
「なぁ」
その手を掴んだ。
すっげぇ熱くて、ちょっと心配になるくらい。本当は風邪でも引いてんじゃねぇ? ってくらい。
「なぁ、なんで媚薬なんて興味持ったんだよ」
刺激的な夜を、っつうやつ? マンネリだった、とか?
「俺とすんのに、そんなのいるのかよ」
なんかさ、すごいゾクゾクするけど、こんなのいつもの真紀じゃないみたいで、なんか寂しい、じゃん。
「媚薬飲まないと、無理なのかよ」
「ちがっ! それは違います!」
両肩をがっしりと鷲掴みにされると、真紀の体温が掌から俺に沁み込んでくる。
「違い、ます」
「じゃあ、なんで」
「俺は……童貞なので」
「…………は?」
「百戦錬磨ではない、ので」
何を――。
「! それって」
レンの今の彼氏、のこと?
レンにしては珍しく年上の彼氏で。めちゃくちゃレンがはしゃいでて、それをその彼氏が包容力抜群の笑顔で微笑ましく眺めてる感じ。そういうのレンには結構珍しいタイプだから余計に嬉しそうな表情が際立ってた。その彼氏のことをレンが百戦錬磨って言ってた、けど。
「は? おま、それ気にしてっ」
「他の人と、は、したことない、ので……その技術不足、だろうって」
それでスパイスだ、燃える夜をだ、いつもと違った雰囲気をって、媚薬飲みたがったのか?
「もう……やっぱ、バカだろ」
ぎゅっと抱きしめると、熱くてこっちまで汗ばんでくる。
「バーカ」
「……誉、さん」
「気にするとこ、じゃないっつうの」
そっと唇にキスしただけで飛び上がってた。そんな触れたら火傷しそうなくらいに身体を火照らせて、苦しいはずなのい俺の晩飯の心配をして、お疲れ様って労わったりなんかして。
「キッチン?」
「?」
「媚薬」
「あ……」
「俺も飲む」
「ぇ? あ、あのっ、なんっ」
だって。
「するならさ、一緒にしようぜ。かたっぽだけじゃつまんねぇじゃん」
「……」
「二人でするもんだろ?」
片っぽだけが火照ってたって駄目じゃん。
「飲ませて?」
媚薬の入った小瓶を手渡すと、舌を出す。
「あ、の」
「けど、俺がどんなに乱れても呆れるなよ?」
「! そ、そんなのありえません!」
「じゃあ、ほら」
そして、滴り落ちた媚薬の雫は喉が渇くくらいやたらと甘くて、キスが欲しくてたまらなくなった。
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