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夏祭りだ!編 1 鼻血、ぶー。
昨今、若者の間で車離れが進んでいるらしい。
リモートワークの普及による通勤という行為が減少。車通勤をする人もそれに比例して減少。まぁ、ものづくりに携わる仕事をしている人間には「リモートワーク」なんて関係ない話だけど。
それから若者にとって「車」はステータスではなくなり、今や交通手段の一つでしかなく、維持費の負担が重荷としかならないそうで。確かに駐車場代、車検代、日々の燃料費とかかってくる金額は若いサラリーマンにとっては負担だ。そんな中、駐車場で行っているカーシェアリングなるサービスで充分だと思う人もいるだろう。確かに、この前、真紀と出かけた時にはカーシェアリングのステッカーが貼られた車をよく見かけたっけ。あと、もちろんレンタカーもよく見かけた。そういう感じで車を財産やステータスとしてではなくツールとして扱う人が増えてきた。
車一台買うのすらしんどいっていうのは日本経済的にどーなんだ、とも思うけど。
まぁ、今、一番思うのは。
「えー……そんなわけで今年のボーナス商戦で、うちの営業所は全員浴衣での夏祭りを開催する」
うちの会社の営業の仕方って、どーなんだ、だけど。
「理由は簡単だ。今期前半、目標の新社売り上げ台数に届かなかったこと。新規顧客の獲得も伸び悩んでいる。この夏祭りで少しでも巻き返しを図りたい」
従業員全員が浴衣になって新車買うお客さんが増えるなんてこと、ないだろ。ホストの夏祭イベントでドンペリ入れてもらうのとはわけが違うって話で。
「ほのひっへんにかんしまひては、我々営業課のふはいないへっはもほほいます」
もう……何言ってんのかわかんねぇし。
っていうか、今時、鼻にティッシュって……お前は小学生かよ。
「失礼しました」
徐に鼻を片手で覆い隠し、その全てが「はひふけほ」になる原因の鼻栓ティッシュを引き抜くと、上手にそれを誰の目にも見えないようにティッシュに包み、胸ポケットへ颯爽としまった。
手品か。
っていうか、その仕草だけ見たら、エリート営業マンっぽいんだけどさ。
ティッシュだし。
それ。
「少々、鼻を角にぶつけてしまいまして」
鼻血ティッシュだし。
「もう気持ちが落ち着いてきたので大丈夫です」
シチサンだし。
なんだ気持ちが落ち着いてきたのでって。もうその時点で鼻をぶつけたからじゃないって言ってるようなもんだぞ。そんで、何を想像して鼻血出したんだか。
小学生か。
「えー、それでは今年の夏祭りに関しまして詳細をお伝えいたします」
そのシチサンをくしゃくしゃにしたらすげぇイケメンだし。もう職場の奴全員気にならないっつうか慣れちゃったけど、相当笑える髪型だぞ。その横一直線に分けられた髪型は。
「それでは資料の方、一ページ目をご覧くださいっ!」
そして、そんなだけど、そんなとこも愛しくてたまらないとか思うくらいに、俺にとっては、まぁ愛しのって……やつ、だ
「では、朝の営業所ミーティングを終了する。営業部はこのまま会議室に残ってくれ。今回の夏祭りで売り出したい新車のラインナップを伝えるぞ」
営業部長がそう言うと、小綺麗なスーツ姿の奴らだけ全員前へと席を詰めて、その場に居残った。
整備部のツナギ組は座って話を聞いているのが苦手な奴らも多く、朝一のミーティングに縮こまった身体を引っ張り伸ばすようにストレッチをしながら立ち上がった。
「浴衣ねぇ……」
チーフはふぅと、溜め息を一つ零した。
「全員分レンタルするって言ってましたね」
「まぁ……いいけどな」
浴衣を持ってる奴の方が珍しいだろ。だから全員その日だけのレンタルで済ますことになってるらしい、けど。
「何か……」
「いや、そしたらその日はあんまり工具持てねぇなぁって思ってな」
「っぷ、チーフ、その日も整備するつもりだったんですか?」
「会社来て工具触らないと落ち着かないんでな。まぁ、朝のうちにやるさ」
チーフはそう言いながら、また困った顔をして少し伸びてきている坊主頭を自分の無骨な手で撫でた。
整備士一筋。俺が尊敬している整備士の一人だ。ただ言われた通りに直すだけじゃない。細やかな目配り、気遣い、この無骨な外見とは違って、丁寧な仕事をする人。
こんな整備士になりたいって思ってる。
その反面、まぁ、色々と悩むこともあったけど。手のごつさとか、まぁ、色々。
「ま、売り上げ獲得して、冬のボーナス確保しねぇとな」
「ですね」
「それでは、営業部として……」
あいつのハキハキとした声が今立ち去ったミーティングルームから聞こえてきた。
「今の夏の……」
やっぱスーツ姿、フツーにかっこいいよな。
シチサンで、メガネでダサくて、何を想像したのか知らないけど、浴衣に気が動転して鼻血なんて出すエロ本見つけてはしゃぐ小学生みたいな奴で。
けど。
「ここで我々はっ!」
けど、愛しくてたまんないなぁ、なんて。
「おーい。天見?」
そう思うんだ。
「いえ……なんでも」
「どうした? 何笑ってんだ?」
つい口元が緩むくらい。
「なんでもないですよ」
愛しい奴なんだ。
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