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夏祭りだ!編 3 もてあそばれる男
確かに最近の若者の車離れはあるよな、と思う。
新車の売り上げ台数は、俺がここに入った時と比べても減ったと思う。俺が入った当時、もちろん、ど新人だったから、よく新車の外観チェックと洗車をやってたっけ。冬場なんて地獄だったのを覚えてる。日々工具を触って、埃にまみれる手はその埃のおかげでガッサガサ。その上、工業用の石鹸で一日に何度も手を洗うもんだから、その度に油分はゴッソリ持ってかれて。そこに洗車業務も入るんだ。指なんて瀕死状態。真冬ともなれば指先の皮膚が割れて痛くてたまらないなんてこともあったけど。その当時ほど、今の新人は新車の洗浄も外観のチェックもしていない。
つまり新車の売り上げが伸び悩んでいるってことで。
だから、確かにここでの夏祭りは顧客に新車を見てもらう良い機会にしたいとこ、って感じだろ。
「おお……お……お……あああ!」
営業部としてもここは頑張り時で。
「あ、あ、あっ」
整備部としては、そんな営業部のフォローをできるだけしたいと思ってる……わけで。
「あああああ!」
わけ、なんだけど。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「……なぁ、お前、風船に遊ばれてるぞ」
「だ、だって、飛んで。扇風機の風で」
そんな祭りの前日、俺と真紀は祭り会場となる自社駐車場に設置予定のエントランスをピットの裏で地道に作っている最中だった。
毎年こういうお祭りは開催してる。けど、今回、本当に新車の売り上げに危機感を感じたのか、営業部長の気合いの入り方が半端じゃなくて、アーチ型をしたエントランス用ゲートがデカすぎて、休憩室では作業ができなかった。
そのため、この屋外で今年はやることになった。
場所がピットの裏手、でかい木のおかげでまぁまぁ日陰になっていて、尚且つ、ご近所からは見えない場所。隣には比較的でかい倉庫があって、そこにはタイヤの在庫が主に置いてある。そこに屋外用の扇風機を置いて涼みつつ、蚊取り線香焚きながら、二人で作業中。で、その大型扇風機からの強風にことあるごとに風船が飛んで行こうとする。
新人がやれば良いんだろうけどさ。
真夏にこっそりと風船をしこたま膨らます係と、そのしこたま出来上がった風船をアーチ型ゲートにくっつける係なんて、さ。
いや、この場合、風船をしこたま膨らます係と、その風船を扇風機に飛ばされ遊ばれながら追いかける係、かな。
「ったく、ぶきっちょ」
「!」
「こうして、こうやってくっつけるんだって……って、顔、真っ赤、のぼせた? 」
新人任せでいいんだろうけど、さ。
「お前、室内にいること多いからこの暑さはキツイか。俺はほぼ毎日これだから、慣れて、」
「いえ、なんだか、誉の、ぶきっちょ、って言い方が可愛くて」
「!」
「へへ」
「……アホ」
真紀とやるの楽しいなぁって。
「ゆ、浴衣っ、後で夕方持ってきてもらえるんだろ? それも検品しとかないと」
「! 一緒にやってくれるんですか?」
「あー、まぁ」
「あっ、ありがとうございます」
真紀が率先して下準備をしてるって聞いた。この前のミーティングの時も中心になって指揮してたし。
「お忙しいのに」
「別に、いーよ」
本当は少し忙しいけど、ここで忙しくならないように少し昼休み削って、仕事進めたりしておいたんだ。そんなの真紀にバレたら、身体が資本の仕事なのに何をしてるんですか! なんて目くじら立てて、休憩ちゃんと取ってるかチェックしまくるだろうから、内緒でさ。
整備業務は一つも手抜きできないから、そこは早められないし。だから、少しでも前倒しして仕事して。
この準備の方を俺が手伝えるようにって。
「へへ」
そしたら、手少し空いてるから整備部からは俺が出ますよって言えるだろ?
「嬉しいな……」
「真紀?」
「ほら、俺たち、同じ職場だけど内容が全く違ってて、日々一緒に仕事ってできないでしょう? 前に多能工ってことで整備部で研修させていただけた時もすごく嬉しくて」
「……」
「だから、今回こうして一緒に仕事できるの、楽しくて」
ホントさ……。
「でも俺が不器用なのであまり一緒、とは言えない状況ですが……きっとこういうの営業で他の方の方が早く終わらせられるとは思いますので」
「……ばーか」
「誉、」
「職場では苗字だっつうの」
「!」
愛しくて、たまに、たまんなくなる。
「キ、キキキキ」
「あはは」
だから、つい、キスした。もちろん触れるだけの可愛いやつ。
でも、まぁ、大丈夫だろ。
ここ周囲にも見えないような場所だし。もちろん職場の奴らはそれぞれの仕事で手一杯だしさ。
「ほら、早くやろうぜ。まだ半分もくっつけられてねぇじゃん」
俺もだよ。
俺も、真紀と一緒にやるの嬉しくて、たまんないよ。
そんでもってさ。
「はい! 頑張ります! って、あわわわ」
本当は、真紀のぶきっちょに感謝してたりする。
おかげで長く一緒にいられるから、なんて。
「す、すみませんっ。暑いですよね! 誉、じゃなくて天見さんが熱中症になっちゃう。顔、真っ赤だ」
「!」
違うし。
別に暑くて真っ赤なんじゃない。日々、外と変わらない場所で仕事してんだ。慣れっこだっつうの。もしも俺が真っ赤になってるとしたら。
「頑張って、くっつけねば!」
お前のせいだっつうの。
そう、内心思いながら、この暑さで汗だってかいてるはずなのに、いっこうに崩れる気配のないシチサンヘヤに笑ってた。
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