107 / 121
夏祭りだ!編 4 愛していたって、わからない
どんなに一緒に暮らしてたって、どんなに寝食を共にしていたって、別々の人間だ。相手の考えてることがそのまま電波に乗って俺の頭の中で再生されることもない。全てを理解できるわけじゃない。
そう、全てを理解できるなんてこと、ないんだ。
「……よし」
特に。
「今日はバッチリ決まった」
お前のそのシチサンヘアーに関しては。
謎が多すぎる。
いや、マジで。
「いい感じだっ!」
どの辺が?
「うんうん」
いやいや。
「今日はお祭りですので、髪型、しっかり決めないとっ!」
わからん。
「ですよね! ふふふ」
こっちに振り返って、今日はバッチリ決まったらしいシチサンヘアでドヤ顔してくるけど、俺には昨日のシチサンと今日のシチサンの違いが全くわからん。世界一難しい間違い探しだろ。
「さ! 今日は頑張りますよー!」
そして俺にはそのシチサンが上手くできたできないがわからないまま、嬉しそうにガッツポーズをする本日のシチサンを眺めていた。
「何も……誉まで、そんなに決めることないじゃないですか」
パシャリ。
「だって浴衣着るんだから、少しくらい髪セットしたほうがいいだろ」
パシャリ。
「でも」
「それに今日は作業服じゃないから、帽子被ってなくてくしゃくしゃになるから」
「それはそうですが」
パシャリ。
「何も、そんな」
パシャリ。
「俺と同じ髪型にしなくてもいいじゃないですか」
「………………」
パシャリ。
「…………はぁぁぁぁぁ? お前、まさか、その髪型」
やっぱり全てを理解するのは不可能だ。
「とりあえず! そのパシャパシャ俺撮るのをやめっつうの!」
「そうはいきません! 今日の様子を店舗ホームページに掲載するためなんです!」
「俺ばっか撮ってどうすんだ!」
「だって、かっこよくて、色っぽいんですよ」
っていうか、謎だ。
「誉の」
パシャリ。
「シチサンヘア」
そう、今日は髮、とりあえずセットしたんだ。帽子被らないから、ボサボサになってもダサいだろって思って、そろそろ髮切らないとなって思いつつもほったらかしにしてたせいで、少し長い髪を背後に流すようにセットした。
これっぽっちもシチサンにしたつもりはなかった。
ほら、よくあるだろ?
同じイケメン俳優がいたとして、それをテレビで見ながら、かっこいいよなぁって思う奴と、どうしてこの俳優がイケメンだと言われてるのかと首を傾げる奴。ブサカワ猫を見て、可愛いと思う奴と、ブサイクじゃんって思う奴。
つまり、言いたいのは見てるものは同じでも捉えたは人それぞれってこと。
今のがまさにそれ。
真紀には俺のこの髪型がシチサンに見えている。
俺はそんなつもりじゃなかった。
「……マジか」
思わず、昨日、二人で仲良く作った、共同制作の風船アーチエントランスを落として風船を割るところだった。
全然違うからな。
俺の髪型と、真紀の髪型。
っていうか、違う、よな? なんか急に不安になってきた。
「それにその浴衣、すごく似合ってます」
言いながら、またパシャリと俺を写真に収めた。
「えへへ」
真紀は嬉しそうに笑って、また一枚俺を写真に撮って。
「けど、あまり確かに撮らない方がいいかもです」
「? なんで」
「だって、こんなかっこいい天見さんをホームページに載せたら、男女問わずファン、できちゃいますもん」
なんだ、それ。
「そしたら妬いてしまうんで」
そんなわけあるか。
「あ、それから、もう少し襟はですね」
「?」
言いながら、真紀が俺の浴衣の襟を正す。少し乱れてたか? 首を傾げて、自分の襟元を、ちゃんと見えないけれど俯いて確認する。
「違います。ちょっと、色っぽくて困るし。みんなが誉を好きになっちゃいますから。無理ですけど」
「……」
「独り占めしたくなるくらい、素敵です」
そうして、襟をキュッと整えてくれた真紀は、今日の祭りのメイン企画者として託されたカメラへ視線を向けて、顔を綻ばせた。その手の中にはいくつ撮ったんだろう俺がきっと写ってる。
だってその視線が、くすぐったくなるくらいに優しかったから。
「ば、バカなこと言ってんな、ほら」
俺なんか眺めて何が楽しいんだかって、くすぐったくてたまらなくなったから。
「真紀、営業部長が呼んでるぞ」
「あ、はい! あぁ、そうだ、今日、お客様の一人がお孫さんを連れてきてくださるって言ってたんです。もういらっしゃったのかな。お菓子の詰め合わせを!」
どんだけなんだろうな。
「ほらカメラ、俺が適当に全員撮っておくから。今日はお前の方が忙しいだろ?」
どんだけ、真紀に俺は好かれてるんだろうな。
「あああ! すみません。申し訳ないです」
「いーから」
今日は真紀たち営業部の方が断然忙しいだろう。商談のきっかけを少しでも作らないといけないんだからさ。その分、整備部が縁の下の力持ち、じゃないけど、準備しておかないと。
「で、では! 行ってきます!」
「おー、頑張れ」
そして、カタンカタンと楽しげな下駄の音をさせながら、真紀が営業部長のところへと向かった。その先には初老の男性がお孫さん、なんだろうな、女の子を連れていて。
「……」
真紀はその子の視線の高さになるようにと、しゃがみ込んでモデルばりの高身長の背中をまん丸くさせながらにっこりと笑った。
「……」
まぁ、別々の人間だから全部を理解なんてできるわけないけど。でも――。
――パシャリ。
でも、ちょっとわかる、こともある、かな。
「男女問わず、ファンできんのそっちだろ……」
そして、小さな女の子にお菓子の詰め合わせを手渡ししながら、あいつがクシャッと笑った瞬間、シャッターを切る音が俺の手の中からした。
ともだちにシェアしよう!