108 / 121

夏祭りだ!編 5 祭りの後

「はぁ……けっこう盛り上がりましたね」 「んー……そうだな」  二人分、カランコロンって呑気な下駄の音が日中の暑さを残したアスファルトをノックするみたいに、住宅街の歩道に響いてる。 「なんだか、途中で誉はナンパされてましたし」 「アホ、徒歩十分のところにあるヒヨコ第二保育園年長さんだぞ」 「旦那さんになってくださいって言われてまんざらでもなかった」 「年長さん相手に真面目な顔で妬くなっつうの」  それ言ったら、そっちだって、来年、喜寿を迎えるマダムに若い頃の主人にそっくりって言われてただろうが。そのシチサンが懐かしいわっつって。 「でも、誉の浴衣姿は危険でした」 「っぷは、危険て……」  そっちだろって笑った。真紀の浴衣姿はザ好青年って感じの爽やかな紺色に縦ストライプが細く入っている。涼しげな雨を連想できそうなその浴衣に明るいグレーの帯がまた爽やかで、誠実そうな印象を与えてくれていた。 「白いのにしても……それはそれで、精錬な中にもほのかな色気が漂う感じですし……でも、そのダークグレーのも、大人の色気を漂わせてるわけで」 「どっちでも漂ってないっつうの。色気」 「漂ってます! ムンムンです!」  ムンムンって……なんて笑った。  ボーナス決算セールを前にした営業所夏祭りは大盛況で終わった。入念に洗って綺麗にしたタイヤを使った転がし大会に、王道のビンゴゲーム、女性スタッフが店番をしてくれてたけど、そこに営業部の釣り名人が加わって、本格的指導の元で行われたヨーヨー釣りは小さな子に大好評だった。営業部所々に展示した新車にもかなりみんな足を止めてくれてたし。営業部長もうちの整備部チームもご満悦って感じ。  数人くらいは本気で新車購入を検討してくれそうな雰囲気があった。  俺たちが昨日暑い中作り上げたアーチ型エントランスにくっつけていた風船も最終的にはご近所のちびっ子たちへ配って完売。  そんな、暑いけど、営業所の夏ボーナスに関しても熱くなりそうな祭りを終えて、みんなで打ち上げに営業所近くの小さな寿司屋から助六寿司ももらって、アルコールフリーのビールで乾杯して。  打ち上げ一次会はそこで終了。  うちの営業所は車通勤の人がほぼだったりするから、とりあえず一旦解散。あとは行きたい人だけ二次会で本格的に飲むんだろ。  俺らも暑かったからビールは飲みたいけど二次会は遠慮しておくことにした。祭り主催の真紀がみんなの浴衣を今度は返却したりしないいけないからっていう理由で。営業部長は、そこまで頑張らなくても大丈夫だと言ってくれてたけど。  こういう幹事とか主催とか面倒だろって思いがちだけど、案外そんなこと、ないかもな。 「別に色気は漂ってないっつうの……でも、まぁ」  おかげで浴衣を着たままのんびり帰るなんてこともできるし。  まぁ、ちょっと荷物は多いけど。全員分の浴衣を持って帰らないといけないわけだから。  暑いし。  まぁまぁ、疲れたし。  それでものんびり帰るのは、真紀とだったら何をしてても楽しいから。  ヘトヘトなのも心地良いと思えてしまったりするから。 「真紀にだけ色っぽく見えたらいーけどな」 「!」  真紀が全員分の浴衣を持って。  俺が行きに着ていた俺たちの服と、靴、それから帰り道の途中で酔ったスーパーで一応買っておいたビールを持ってる。  ぶらりぶらりと歩きながら。散歩をするように歩いてる。 「っ、た」 「誉?」 「いや、なんでもない」  多分、草履で靴擦れ。靴履いてないけど。指の間の皮が多分少しズル剥けしたか、水脹れができてる感じ。普段、草履なんて履かないのに、今日一日中ほとんどこれだったからさ。 「大変ですか? 肩捕まってください」 「へーきだって」 「痛そうです。おんぶを」 「イヤイヤしなくていいから。っていうかそれなら肩つかまる。それにもうすぐそこじゃん」  俺の返答に少し不服そうな顔をして、痛いと思わず呟いた俺の足元をじっと見つめる。  ズキズキしてる。でも、このくらい大したことないだろ。 「っていうか、真紀は? 平気なの?」 「えぇ、特には」 「すげ、頑丈」 「誉は繊細ですから」  何……言ってんだって。 「誉ほど繊細で綺麗な人、いないですよ」  笑うとこ?  けど、言ってる本人は冗談混じりのテンションでも声色でもなく。まるで当たり前のことのように、普通にそれが当然のように、そんなことを言っている。 「帰ったら洗って消毒しましょう。膿んだら大変だ」  毎日油まみれ。めちゃくちゃ忙しい時期にもなれば爪の中は真っ黒になってくる。それが働いてるってことだし。だから、靴擦れくらいで大袈裟、なんだけどさ。 「本当に歩くの辛かったら言ってくださいね」 「……あぁ」  マジで、もしも「痛い」「歩けない」と呟いたら、それでは、とすぐにおんぶしてくれるんだろうな。  だから、思うよ。 「ありがとな」  お前にだけ。  真紀にだけ、色っぽく思ってもらえたらいい。  お前だけに。 「どういたしまして。当たり前のことです。貴方のこと」  欲しいと思ってもらえたら。 「とても大事ですから」  もうそれでいいよ。

ともだちにシェアしよう!