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夏だ、海だ、青……編 6 はしゃげ、恋人たちよ

 クラゲが大量発生していて海水浴ができないレベルって言われてたけど、波打ち際にはクラゲは見かけなかった。  それでも俺たちは海水浴をどうにかして楽しんだ、みたいに思ってもらえた、らしい。  ――あら、随分と。  宿に戻ったところでちょうどフロントで受付をしてくれた女性スタッフと出くわした。ズボンの足元がびしょ濡れだった俺たちを見て、まるで水遊びをしてきた子どもに楽しかった? と優しく訊くように笑っていた。  途中から服を着てるとかどうでも良くなって、お互いに夢中になってた。  気がつけばズボンはびしょ濡れで。  けっこう海岸を散歩してたから、帰り道はびしょ濡れのまま、同じ海岸線を歩きながら少し恥ずかしかった。  それに、すごいところでセックスしたなって、ちょっとびっくりというか。  あんな誰でも覗けるようなところでしたなんて。  でも、なんか、よかった。  なんか、すごく満たされた。  ずっとここ最近、お互いに忙しくて。別に険悪だったわけじゃない、関係が冷めたわけでもない。むしろ忙しい時でもお互いにお互いのことを支え合ったりとか?  なんか、そういうのを感じたし。 「うわぁ、すごいですよ! 誉さん」 「わ、マジか」  部屋に露天風呂が付いた宿だったから、とりあえず海水でベタベタにあった足を洗ったんだ。  来る途中でタイヤがパンクした車を急遽その場で応急処置して、そのあと、うちの系列のディーラーがこの辺りにないか探して、連絡して、タイヤの付け替えをしてもらえるよう頼んだりしたから。この時期、きっとどこもかしこも忙しいだろ? うちのディーラーはできるだけ臨機応変に対応するようにって店長の方針でなってるけど、他はまた違うかもしれない。店長によってその店舗の雰囲気って違ってたりするから。だから融通を利かせてもらえないだろうかって電話したりして。  それでも午後の数時間なら海水浴を楽しめるかなって思ってたら。  クラゲの大量発生により海水浴禁止。  仕方がないと散歩して、岩場で、まぁ、その、色々と。  それから戻ってきたら、もう夕食に近い時間帯だった。  夕食は部屋食。  だから今度はいつ宿のスタッフが配膳をしに来てくれるのかわからない中、大急ぎで海水でベタベタになった身体をざざっと流した。 「こんなに!」  お造り三点盛りのはずだった。  別にクラゲの大量発生は宿のせいじゃないのに。 「三点盛りどころじゃないですね!」 「あぁ」 「てんこ盛り!」 「っぷ」  はしゃいだ小学生みたいになった真紀に笑っていると、配膳してくれたスタッフの女性も笑いながら、舟盛りの刺身の内容をスラスラと教えてくれる。  中には食べたことのない魚もあった。  こち、っていう魚らしい。  綺麗な字で綴られたメニュー一覧には「舟盛り」とだけあったから、それがどんな魚で、どう漢字で書くのかもわからなかったけれど。白身で少し肉厚で、ぷりぷりしていそうな刺身だった。 「いただきます!」 「いただきます」 「どうぞ、お召し上がりください」  女性は上品に微笑みながら、あとでご飯を持ってきますと、そっと襖を閉めた。 「これ、すごく美味しいです! こち、でしたっけ」 「あぁ」 「身がプリップリです!」 「へぇ」 「これ! わ、ブリ、が甘い! テレビでほらよくグルメとかで甘いとかいうじゃないですか!」 「あぁ」 「俺はあれ謎だったんですよね。刺身が甘くて、しょっぱいお醤油つけて、辛いワサビ乗せて、味が複雑すぎてわからないって」 「……」 「謎は解けました!」 「……」 「ブリのお刺身が甘い!」 「っぷ、あははははは」  大はしゃぎじゃん。 「誉さん?」 「なんでもないよ」  めちゃくちゃ大はしゃぎ。  あっちこっちって舟盛りに乗ってるお刺身を一枚ずつ食べては感想を、目を輝かせてる。  声でかいし。 「本当だ。身がぷりぷりだ」 「……」 「それに確かに甘い」 「……」 「へぇ、鮮度ってすごいな」 「……」 「な、真紀。……真紀?」 「…………可愛い」 「は?」  何か呟くから首を傾げた。 「可愛い!」 「は? おま、何言ってっ」 「お刺身を美味しそうに食べてるところも、食レポートしてるところも全部、ものすごく」  本当。 「可愛いです!」  大はしゃぎ。 「ぐは! そんなわけないだろって照れるところも可愛いです!」  まだ、それ、そんなわけないだろ、は言ってないっつうの。でも、言うところだったけど。  そんなわけないだろ。  俺のどこが可愛いんっだっつうの。欠片もそんなところない。砂粒一粒も可愛い要素なんてない。  見てみろよ。このごつい手。  力仕事してる筋肉質な身体。  ほっそい腰なんかじゃ、あの仕事はしてられない。  ほら、どこにも可愛いところなんて。 「すごく可愛いです!」  ないよ。可愛いところなんて、これっぽっちも。ちゃんと自覚してる。可愛くないし、綺麗でもないって。けど――。 「はいはい」 「誉さんっ」 「わかったって」 「あのですねっ、俺はっ、本当に」 「ほら……」  けどさ。 「? 誉さん?」 「ほら…………ぁ、あーん」 「!」  けど、俺もはしゃいでる。この旅行楽しみにしてたから。 「ああああああああんっ!」 「っぷ、声、でか」  だから、大はしゃぎで浮かれたカップルみたいなことだってしちゃってる。

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