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三.
ちょっとした用事で、めったに近寄らない職員室へ行った。
その時に何故あの写真を持っていたかというと、その本に挟まれていたのをすっかり忘れていたからだった。
特に恥じ入るつもりもないが、それでも周囲に見せて回るほど大らかな性格でもない。そもそも持ち歩く物でもなかったのだが、本に挟んだのは自分ではなく、悪趣味な友人である。
赤坂涼 は、生徒の過去の作品や、持ち込んだ美術関連の資料で溢れた、雑多な雰囲気の美術準備室で、途方に暮れていた。
友人に人形のようだと茶化される顔と、肌の白さを隠す長めの髪型は、ずいぶんと役に立っている。
学生時代はこの顔のせいで苦労ばかりだったのだ。腐れ縁の友人に遊ばれていたのも原因の一つ。なので、その友人とは極力関わらないようにしてはいるものの、腐った縁とは言い得て妙で、偶然街中で、仕事先で、事ある毎に出くわしてしまう。あまりにそれが重なった時は、友人にストーカーの汚名を着せたこともあったほどだった。
平均的身長で、成長期は遅かったものの徐々に筋肉もついき、学生時代ほどの折れそうな雰囲気はないはず。にも関わらず、成人してからもあれこれと厄介事に巻き込まれるのは、やはり自分の顔のせいかと認めざるを得なかった。
そういった経緯もあり髪を伸ばし始めたのだが、たまにそれをかいくぐり近づいてくる者がいる。
それが今、目の前にいる、派手な背格好の生徒だった。
「それで?」
百八十前後の高身長に加え、明るい柔らかそうな髪が無造作にあちこちに跳ねてはいるが、それはいかにもラフさを装い整えられたものだとわかる。真っ直ぐな鼻筋は高く、日本人にしてはハッキリとした顔立ちの生徒は、シャツの胸ポケットのラインから二年生と分かった。だが、見るからに男女にモテそうなその生徒に、涼は残念ながらまったく見覚えがない。
「君が僕の落とし物を拾ってくれたことには感謝するが、渡さないというのなら何故ここへ?」
軽いノックの後に顔を出した生徒は、その写真を指で挟んで顔の横へ掲げて見せておいて、それをすぐに後ろポケットへ入れたのだ。
涼は、何をしに来たのか分からない、という困惑顔を作り、その生徒を見つめた。
彼の視線に潜む光は、過去に涼が幾度となく見てきたものだった。だからこそ、教師が生徒にとるに相応しい態度をことさらつくろうしかない。
教育の場で生徒との間に厄介事を抱えるつもりはないのだ。もちろん種を蒔いたのが自分であるという事実は、この際無視して。
「先生のこと知りたくなったんで、まずは挨拶でもと思ったんです」
彼は不敵な微笑を浮かべ、まるで殊勝な生徒であるようなセリフを、その形の良い口から吐いてみせる。
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