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五.

昼休み、放課後。時には朝の早い時間。  洋平は時間が空けば、美術室へと足を運んだ。  ただし、長居はしていない。  美術顧問の赤坂涼は、知れば知るほど面白い教師だった。  年は二十五、ここ地元で生まれ、大学は美術関係とはまったく畑違いの経済学部。そこでついでのように教員免許をとったらしいが、結局ここで美術講師をしている。とは、本人ではなく、周囲から集めた情報である。本人は何を聞いてもするりするりと話の矛先を躱し、澄ました顔で洋平を追い払う。  着任したばかりということもあるだろうが、面白いほどに個人の嗜好に関する話は出ない。それは洋平相手に限ったことではないようで、美術を選択する生徒に聞いてみても首を横へ振られるのだ。  好奇心旺盛な男子高校生から、質問責めにされなかったはずもない。それを毎回上手くいなして授業や部活をやっているらしい。お堅い態度は、十代の子供の反感を買うものだが、不思議なことに取っつきにくいというセリフは聞けても、嫌なヤツだという印象を持つ者はいなかった。そして、それは大人の間でも、共通の認識のようである。  洋平は自分の立場と性格を生かし、根掘り葉掘り涼のことを聞いて回った。それが噂に上らないはずもなく、ある日の放課後、来月行われるクラスマッチ運営の打ち合わせが一段落したところで、浅尾が洋平に水を向けた。 「通いつめてるらしいな」  事情が分かっていない色男の大河内が一人、首を傾げる。 「それほどでも?」  洋平は、机に散らばった書類を一旦脇へ寄せ、そこへ片腕を乗せると、小さく息をついた。派手に見える生徒会だが、細々とした雑事や決め事が多く、一つのイベントをやるまでの内々での打ち合わせだけでも結構な労力を使う。メインで動くのは会長の大河内と副の浅尾でだが、補佐をする藤田と洋平もそれなりに雑用が増えるのだ。 「よく言う。けっこうな噂だぞ? 『あの新井が誘いを断りまくってる』ってな」  浅尾が眼鏡を外し、眉間を揉んでいる。昨夜はあまり眠れなかったらしい。 「俺も見た見た。可愛い一年にすげなくしてるとこ」  横から茶化す藤田に、洋平が呆れた表情をしてみせる。 「暇人だな、お前ら。そんなに俺のことが気になる?」  わざと首を傾げれば、正面にいた浅尾が本気で顔を顰めた。 「俺が気になるのは、生徒会の人間が先生に迷惑をかけていないかどうかだ。教えてるわけでもないのに、無関係な生徒に懐かれて先生も困ってるんじゃないのか?」  至極まともな意見に、しかし洋平が素直に引き下がるわけもない。 「顔見て挨拶してるだけだぜ? 選択変更も視野に入れてるし」 「美術に興味があるなんて初めて聞いたぞ?」  そんなわけあるか、と浅尾がじろりとかけ直した眼鏡の奥から洋平を睨むが、当人は薄ら笑いを浮かべて「あるんだよ」とうそぶくばかり。そんな二人の様子を見守っていた大河内が、浅尾の横で口を開いた。 「新井のお目当ては赤坂先生本人なのか。なんでまた興味を持ったんだ?」  その言葉に、そこにいた浅尾も藤田も一斉に洋平を見つめた。

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