10 / 46
九.
定期テスト一週間前から、職員室及び各学科準備室は生徒の立ち入りが禁止される。ほとんどの部活動も休みとなり、いつもはざわめきの絶えない校庭や校舎も、降り続く雨の音に沈んでいた。
細く柔らかいシャープペンシルの先が、ノートの上を擦る度に削られていく。
微かな息遣いとその音だけが、ガラス一枚隔てた外の雨よりも大きく、部屋に響いていた。
「数学、六十八ページの問三」
「Vイコール二分の三プラスルート五、Uイコール二分の三マイナスルート五」
「サンキュー浅尾。合ってた」
藤田の問いかけに、チラリとノートの前ページをめくり浅尾が答える。二人とも顔は下を向いたままだったが、藤田はほっと息をついて固まった背中を反らせ、伸びをした。
テスト明けにあるクラスマッチ実行委員会について、ちょっとした打ち合わせをしたのだ。それほど時間もかからず、ならばついでにテスト勉強していくか、と大河内が提案。それに他の三人も賛同し、今に至る。
「んー、今何時だ?」
大河内がテキストを目で追いながら呟くと、浅尾が「六時だ」と、腕時計をチラリと見てすぐに答えた。それを聞いた洋平は勢いよくノートと問題集を閉じる。
「帰ろうぜ。腹減った」
隣で頭の後ろで手を組んでた藤田も、若干顔を輝かせて頷き、いそいそとテキスト類を片付け始めた。
浅尾と大河内は顔を見合わせて苦笑すると、小さく溜息をつく。このメンバーが揃うと、終了は大抵洋平のひと言で、藤田はいつもそれに乗っかるのだ。
一番に生徒会室を出た藤田の後に洋平が続き、少し遅れて戸締まりを確認していた浅尾と大河内が出る。
昇降玄関から、束の間に晴れた空を見上げ、各々が傘を手にして正門へ向かう。するとちょうどB棟の前にさしかかろうとした時、洋平を呼び止める声がし、四人全員が足を止めた。
振り返った視線の先には、シャツのラインで一年だと分かる小柄な少年が、少しおどおどとした様子で立っていた。
それを見て生徒会役員全員が、いつものやつか、と納得する。
ようは告白だ。洋平は学園内に留まらず、よく声を掛けられる派手目のイケメンで、本人も自覚している。遊び人であることも隠してはいないので、それでもいいという人間が多い中、たまにこうして真面目そうな相手に告白されることもあった。
そしてそういう相手を、洋平は受け入れることはない。
そこまで知っている生徒会の面々が、あからさまではないものの、気の毒そうにその一年を見つめた。だがすぐに邪魔になるだろうからと、三人がその場から離れていく。
残された洋平と、少し離れた場所にいる一年が向かい合った。
「何?」
分かってはいても、やはり一応は用件を訊ねる。
その声音は、冷たくも優しくもなく、友達に対するのと何ら変わりない、いい意味でざっくばらんなものだった。
ともだちにシェアしよう!