11 / 46
十.
洋平の目の前で、その下級生は両手を体の横でぎゅっと拳を固めて立っているが、その視線はまるで避けるように横へ流されている。
「あ、あの、僕……」
その顔は曇り空の下でもわかるほどに真っ赤だ。だが、洋平には見慣れたものでもあり、最初にひと言声をかけただけで、後は黙って相手の言葉を待つだけである。本気と分かる気持ちを茶化すことも、受け止めることも洋平はしない。
それが唯一相手に対する洋平なりの思いやりとも言えた。
黙って自分を見つめる洋平に、下級生はとうとう視線を合わせないまま、意を決して告白する。
「す、好きです! つ、付き合って頂けないでしょうかっ!?」
洋平は一瞬、不思議な物でも見るかのようにその下級生をじっと見つめた。好きな相手を前に顔を真っ赤にし、目も合わせず、なのに付き合いたいという。恐らく万が一でも可能性があるかもという、ほんの少しの期待だけで。
だからと言ってその気持ちを汲む訳にもいかない。この下級生に興味の一つもないというのに。
「悪いけど、断る」
すっぱりと静かに口にしたその陽平の言葉に、細い肩がビクリと震える。
泣くかと思われた下級生は、その時初めて視線を陽平と合わせた。
「だ、誰かと付き合ってるんですかっ?」
陽平は驚いて目を見開いた。
入学当初ならまだしも、今の陽平に相手がいるのかと聞く人間はいても、付き合ってる相手がいるのかと聞く者はいない。それなのにそう訊かれたのは、陽平の派手な遊びが最近、なりを潜めているからに違いなかった。だからこその、この一年の告白なのかもしれない。
洋平はしばし押し黙った。
恋人はいない。いないが、興味を引かれた人間はいる。その相手の興味を引くために時間を割いてるから、遊ぶ時間がない。それだけといえばそれだけなのだが、洋平はそこではたと気づいた。
今までにこんな事はなかったな、と。
似たようなシチュエーションは確かにあった。相手を落とすために小まめに顔を見せたり、ちょっとしたプレゼントをしたり。だがそれは、相手が洋平に興味を持っている事を確信していたからだ。洋平はただ、相手の自尊心やら気持ちの折り合いをつける手助けのために動いていたに過ぎない。
洋平の脳裏に、雑然とした美術室にたたずむ白衣の男の姿が思い浮かんだ。
そうか。俺はもしかして自分で思うよりも、赤坂涼という教師に興味があるのかもしれない。
少なくともあの教師はまだ、洋平に興味を持ってはいない。だからこそ、顔を見るたびに自分の名前を問うのだ。
しかし、気を引こうとするその行為が、洋平にとってどんな意味があるのか。それはまだ、本人にもよく分かってはいなかった。
ともだちにシェアしよう!