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二十六.

その日はすぐやってきた。 クラスマッチが終わり、夏休みへ入る直前。 課外授業とは縁のない美術を担当してはいるが、細々とした雑事や弱小ではあるが部活の課題を出して、夏休み中は日を選んで教室を生徒のために解放する。その許可を得るための書類へ記入している時だった。 涼の耳に、軽快なノック聞こえてくる。 「……」 考え事に集中していたからか、長期休暇前だから気が抜けていたのか、静まりかえった空間に響く足音を聞き逃してしまったようだった。 「――どうぞ」 誰、と訊かなくても分かっている相手だ。 そしておそらく、相手も涼が自分のことに気づいていると知っているのだろう。 「失礼します」 今までになく丁寧な口調でドアを開けた洋平に、涼は、一瞬目を奪われた。 降り続いていた雨も、今ではそれが恋しいほどに照りつける太陽の光。 画材や貴重な資料を守るために、準備室のカーテンは引かれっぱなしである。それでも届くぼんやりとした光も好きだが、作業をするには暗すぎるために、部屋の電気はつけてあった。 無言で自分を見つめる洋平の顔には、真意を窺わせる表情はない。 写真を返すと彼は言ったが、今の洋平の手にそれらしき物は握られていなかった。 では、ここへ何をしに来たのだと、涼は視線で洋平を見つめ返す。 そこに横たわる沈黙は、まるで二人の関係そのものだ。 意思の疎通ができず、何を望んでいるのか、何を望まれているのか、お互い自身にもよく分かっていない。 だが、そう考えていたのは、どうやら涼だけだった。 「先生、俺さ、あんたに惚れてる」 唐突に告げられた洋平の言葉に、涼は目を見開いた。 「最初は興味本位だったのは認める。けど、今は本気――。だからさ、考えてみてくれる? 俺とのこと」 揶揄っているわけではないのは、その表情からもわかる。 だからといって、どう答えるべきなのか。涼は途方に暮れていた。 「……考える、って」 とにかく何か言わなければとおうむ返しのように涼が口にしたそれに、洋平が少し首を傾げる。 「ん、付き合って欲しい。ってことなんだけど」 「――生徒と付き合えるわけ、ないだろう」 頭の中が整理できずに、涼は反射的に常識を口にした。だが洋平は、そんなこと、と鼻で笑う。 「そんな答えが聞きたいんじゃない。先生、わかるだろう? 生徒だとか教師だとか、そんなこと俺が気にすると思う?」 わかる。わかるが、涼はどう答えるべきなのか。ましてや自分の中にあるのがどんな答えなのか、まったく見当がついていなかった。

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