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三十.
「俺のことも?」
自嘲気味に笑う洋平のその明らかに不機嫌そうな声音に、涼はわけがわからずムッとする。
「だから何の話をしてるんだ。忘れろと言ったのはこの顎髭のことであって、それ以上でもそれ以下でもない。だいたい未成年がこんな時間に何をしている」
腹立ちまぎれに涼が教師風を吹かせると、洋平は鼻白んだ。
「あいにくと未成年じゃないから、問題ないね」
「そんなわけないだろう」
さすがに現役の自校の教師を相手に誤魔化せるはずがないと呆れると、洋平はくすりと笑みを零す。
「そんなわけ、あるんだよ。見る? 身分証」
後ろポケットから財布を取り出しちらつかせる洋平に、涼はまさか、と瞠目した。
すると横から桧枝が興味深そうに割り込んでくる。
「どういうことだ? 新井クン、高二だったよな? 見せてみろよ」
「……どうぞ」
桧枝をちらりと見る洋平の目には、明らかに嫌悪感が滲んでいたが、胡散臭さを知っている涼は、仕方ないよなと酷いことを考えた。
洋平の指に挟まれたカードを覗き込んだ桧枝が、「へえ?」と感心している。
「赤坂、マジだわ。何? 病欠でもしたのか」
顔を寄せた桧枝を避けるように体を仰け反らせた洋平は、すぐに手に持っていた物を涼の方へ差し出した。
涼は疑心暗鬼にそれを手に取ると、緊張を押し隠すようにゆっくりと視線を落とした。
「――」
どうやらバイクの免許証らしい。公的な物ならば誤魔化せるはずもない。涼はそこに並んだ数字から逆算して、洋平の年齢を弾き出した。
「十……八……」
「そう。俺、十八だから」
涼は青天の霹靂とばかりに、その身分証を持ったまま固まってしまう。
「なんで……?」
思わず子供のように疑問が口から出てしまった涼に、洋平は小さく肩を竦めて説明した。
「そこのおっさんの言う通り。中三の二月に、俺事故ったから。けっこう酷くてリハビリ含め全治十ヶ月。親からその事あんまり周りに言うなって忠告されてるから、知ってるの身上書見れる範囲の人間しか知らないだろうね」
学園でそれを知っている教師も一部ということだろうか。それならば涼が知らないのも当然だ。
「――生徒会役員も……?」
涼が呟くようにそう言うと、何故か洋平が一瞬驚いたように息をのむ。そしてさっきまでの硬さが少しやわらいだ口調で続ける。
「あいつらは知ってる。生徒会に入った時点で書類書かされるから」
「……」
それでは、未成年がどうのと躊躇していた自分が馬鹿みたいにじゃないか、と涼は少しばかり釈然としない気持ちになった。
横では桧枝がさもおかしそうに涼をにやにやと眺めている。それを横目で睨みつけた後、涼はその身分証を洋平へ返した。
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