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三十三.
「何となく」
きっぱりと言った洋平に、呆れを通り越して涼は笑ってしまった。
「何となくって……」
「俺を遠ざけたんだ。知っていたとしてもあんたはそうは言わなかったんじゃないかって」
まさに洋平の読み通りだが、涼は素直には頷かない。そもそもいつ知ったかなんて、重要なこととも思えず、涼は肩を竦めて誤魔化した。それに洋平は不服そうな表情をしたが、諦めたのか小さく溜め息をつく。
「それで、先生もう帰るだけ?」
「帰る。もう用もないし。――新井も、まっすぐ家に帰るんだな」
そう言い残し再び歩き出そうとした涼の腕を、洋平が掴んで引き止めた。
涼はどきりとして少しばかり高い位置にある、洋平の顔を見上げる。そこには、じっと涼を見つめる洋平の切れ長の目があった。
「……なんだ。送って欲しいのか?」
間近で見つめられて逸る心臓を涼は打ち消すように、視線を逸らした涼はことさら冷静に口を開く。
「先生――。答えは?」
その問いに、涼は思わず自分の腕を掴む男を見てしまった。そして、さっきまでとは違う真剣な洋平の表情に口ごもってしまう。
見つめ合う二人の間にある沈黙に、洋平が焦れたように掴んだ腕をさらに引き寄せた。
近くなる、視線。
美術準備室では、頑なにその距離を縮めなかった洋平が、今は涼に迫っている。
涼は鼓動が速くなるのを止められず、息が苦しくなった。
年下の、男。
彫像のような容姿を持って、いつもふてぶてしい態度を崩さないその男が、涼の気持ちを聞きたいと焦りさえ見える強引さで迫ってくる。
生徒、だ。教員である自分の職場にいる、若者。
そうとわかっていても、もう自分の心が洋平に囚われつつあることを涼はもう認めるしかなかった。
「――とりあえず、腕、離して」
「逃げない?」
疑わしそうな洋平に、涼は苦笑して首を横へ振る。
「答え、欲しいんだろう?」
その言葉に、洋平が一瞬緊張したのがわかった。そしてゆっくりと涼の腕を解放する。
洋平に掴まれていた腕が熱を持ったようで涼の心臓はそう簡単には治らなかったが、若干の距離が出きた事でようやくここが人の多い繁華街の近くであることを涼は思い出した。目立つ容姿をした洋平のせいか、ちらちらと行き交う通行人に見られている。
「とりあえず、場所を変えよう」
周囲を気にする涼に気づいた洋平が、ちらりとこちらを盗見しながら通り過ぎる人影を見て渋々頷く。
「――先生んち行こう」
「……何でうちなんだ」
こともなげに提案した洋平に、今度は涼が渋い顔をした。
「俺、どこ行っても見られる。もう慣れてるけどさ」
その返事に、涼はぐうっと押し黙る。確かに洋平ならばどこへ行っても人の目を引きそうである。その洋平が込み入った雰囲気で男と話し込んでいれば、余計に、だろう。
「――わかった……」
涼は仕方なく頷いた。
そのあと、二人がどういう方向へ向かうのかを頭の端ではわかっていて、それを無理矢理考えないようにしながらーー。
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