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三十四.
赤坂涼という男は几帳面そうに見えて、実はかなりずぼらな性格だ。
自分の部屋の中でなら平気で何ヶ月も同じ服を着続けるし、コーヒーを飲むためのカップも同じものを飲むのだからと気が向いた時にしか洗わない。テレビもあるだけでリモコンを失くしてしまってからはほとんどつける事はない。
ただ、ゴミを溜める事はない。虫が死ぬほど嫌いだからだ。だから部屋の中が雑然としているのは、画集や写真集、果ては漫画雑誌に経済誌などの大量の書物だ。
玄関から短い廊下を通り、ドアを開けた途端、洋平はそれらの光景を目にして足を止めた。
先に部屋へ入った涼は、もちろん自分の部屋なのでいつものように書物の山の避けられたスペースを通り、コートを脱ぎながらソファへ向かっている。
ぐるりと部屋を見渡した洋平は、ある事に気づいた。
「……先生、なんで本棚ないの?」
そう。これだけの書物があるにも関わらず、涼の部屋には収納するための棚が、ない。隅の方には段ボールが積み上げられ、一番上のものは開けられて、そこにまた本が積まれているのだ。
「別になくても困らないし」
ここへきて涼の新たな一面を見せられた洋平は、呆れながらも喜んでいる自分に気づき、溜め息をつく。
どうやら思っている以上にこの教師に入れ込んでいることをまた自覚させられてしまった。百年の恋が冷めるどころか、世話を焼きたいと思ってしまったのだ。面倒なことが嫌いな自分が、である。
洋平がそんなことを考えているとは思いもしない涼は、マフラーも外してソファへどさりと座った。そして心底疲れたように頭をソファへもたれさせると目を閉じる。その様子に洋平はじりっと焦りを感じた。部屋へ来ることを許されたのは、その程度には自分を受け入れているからだろうと思っていたのだが、実はそうでもないのかと。
「――先生……?」
部屋のドアの横で、不安を滲ませた声で洋平が涼を呼ぶ。
すると涼は、ふと顔を上げた。
そしてかけていた眼鏡を外し、鬱陶しそうに前髪をかき上げる。
そこに現れた涼の素顔に、洋平はどきりとする。元々整った顔をしているのはもちろん気づいていた。だが、想像していたよりもフィルターのかかっていない涼は、名前の通りに涼やかで、そして妙な色気のある顔をしていたのだ。
ごくりと思わず喉が鳴り、そんな自分に戸惑う。
容姿のことをあれこれ賞賛されるのは洋平も同じだったが、涼はまたタイプが違った。触れれば手折れそうな雰囲気があるのに、その眼差しにはそんな弱さなど微塵もない。そのアンバランスさが洋平を惹きつける。そして、恐らく誰もがそうなのだろうと洋平は思った。あらぬ輩が涼の周りに湧いてもおかしくない。だから普段は地味な格好で、目立たず、ひっそりと滅多に人の寄りつかない場所に避難しているのだ。
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