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三十五.

「何してる。座らないのか」 涼が何の気負いもなくそう洋平に問いかける。 それに洋平はほっとした。拒絶されているわけではない、と。 涼が通った場所をなぞるように洋平は歩く。 そして涼が腰をずらし空けた場所には座らず、立ったまま涼を見下ろした。 ソファは大人一人が優に寝そべる程の大きさはある。だが今の涼を目の前に、同じソファへ座った距離で、触りたくなる欲を抑えきれる自信が洋平にはなかった。遊び慣れているとはいえ、こんなに相手に気持ちを向けた事は過去に一度もない。それがどういう衝動を暴走させるかなど、洋平自身にもわからなかった。無理矢理迫るなどといったみっともない真似はしたくないのだ。 「答え、教えてくれるんだよね?」 洋平が座らずに立ったまま真剣な表情をしていることで、涼は意を決したように小さく息をつく。 「――聞くが、俺の何がいいんだ? 写真を見たからか? 顔か? 自慢じゃないが、この顔に寄ってくる奴は山ほど過去にいたんだ」 自分の事を俺と称する涼も新鮮だったが、その言葉にはやはり、と洋平も納得する。だから正直に答えた。 「写真がきっかけってのは間違いじゃないけど……。わかんねえよ。なんかあんたの事が気になって仕方ないんだ。これって惚れてるからだろう? 顔云々を言うなら、お互い様な気がするし」 涼はくすりと笑う。己の容貌を自覚しているのは自分ばかりではないのだ。ここに桧枝がいたら、きっと呆れ果てて肩を竦めることだろう。 「俺が、新井の顔に絆されたって?」 「……」 「確かにおまえはいい男だよ。今まで知っている中でも随一だ。だからって、顔だけでお前を見ているつもりはないな」 涼が肩をすくめて話す様子を、洋平はじっと見つめた。それがいささか居心地悪くなった涼がもぞりと尻を動かして不平を伝える。 「なんだ。そんなに見るなよ」 「――先生さあ……わかって言ってるの?」 しばし考えた洋平が、困ったように苦笑した。 「なにがだ?」 だが、肝心の涼は何のことかわからないと首を傾げている。 「俺、答えが欲しいって言ったけど……なんか、もうわかったっていうか」 本人でさえ迷っているというのに、なぜわかるというんだ、と涼は眉根を寄せた。 それが伝わったのか、洋平は小さく息を吐くと、にやりと笑った。 「先生、俺に絆されてるって自分で言ってるし。それも顔だけじゃないって熱烈に」 「……そういうことじゃーー」 「違うの?」 口籠る涼に、洋平が即座に切り返す。すると涼は視線を彷徨わせて指で唇を抑えた。 「ねえ、先生。もう、いいんじゃない? 俺――今日、帰らなくても、いい?」

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