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第9話

「ジンは志望校とか決まった?」  屈託のない、という言葉がこれほど似合う人間は珍しいのではないだろうか。  その日も柚木はいつものように笑顔で話しかけてきた。 「まぁな。お前は?」  陣内は曖昧に言葉を濁す。  元来、陣内はあまり勉強が得意という訳ではないし、勉強をするのは好きかと聞かれると、返答に困る。家もとりたてて、貧乏という訳ではなかったが、学力、学費とともに大学へ行けても、そんなに選択肢がないというのが現実だった。  それに対して、柚木は両親共に研究者で頭の作りも、育った家の環境も申し分ない男だった。 「柚木?」  なかなか喋り出さない柚木。  陣内が彼の顔を見ると、彼は何かを考えているようだった。今でも、あの時の柚木の顔が暗く翳っていっていたのが思い出すが、それほど、柚木が笑顔の絶えない男だったからだろう。  それはひどく印象的だった。 「ああ、ごめん。少し真顔になってた」  少しだけ茶化して、柚木は元の柚木のように笑う。  陣内は明るい笑顔だとは思うが、どこか無理をしている気がしていた。 「違っていたら、アレだけど、もっと楽に生きて良いんじゃないか?」 「え?」 「お前は俺より頭、良いから色々あると思うけど」  これは全部、後で分かった話なのだが……  柚木は本当に成績も良く、人物と共に良かった。  ただ、それは柚木が努力した結果であり、我慢し続けた結果だったのだ。  大人達の期待を無意識に背負い、友人や先輩後輩関係においてもいじめられたり、はみ出したりしないように歩調を絶妙に合わせた結果。  それにどれだけ彼が苦しんだのか……。 「ジンだけだった。楽に生きて良いって言ってくれたのは……」  多分、それだけじゃない。色々、聞こうとしなかったのも、一番、自分を包んでくれる言葉を口にしたのも。  柚木和真の存在を肯定したのも陣内だけだったのかも知れない。

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